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アイドル

 「ん? 悠、指どしたん?」

 「ああ、包丁で少し切っただけだ」

 激動の一日が過ぎ去り、その翌日。講義を受けるために大学の指定教室へと来ていた悠は、隣に座る友人の和倉綾人わくら あやとと談笑していた。

 その途中、悠の左手人差し指に巻かれた絆創膏に気づいた綾人が不思議そうに尋ねてきた。

 「へぇ~、あの主婦レベルカンストの悠が……。珍しいこともあるもんだな」

 「そんなレベル、上げたつもりもないんだが」

 「少なくとも俺の母ちゃんよりは高い」

 「知らねぇよ……そんなの」

 うんうんと勝手に納得した様子の綾人に、悠は肩を竦める。

 「これで愛嬌の一つでもあれば、俺が女なら絶対好きになってるけどなぁ~」

 綾人は横目でチラッと悠を覗きながら、分かりやすい棒読みで言った。しかし、それは冗談というよりも皮肉に近いものだった。

 「はいはい、すいませんね」

 「そういうとこだぞ」

 それも、二人の間ではとっくに慣れ親しんだやりとりだ。

 「俺らもう二年生で、来年からは就活なんかで忙しくなんだし、今のうちに大学生らしく遊んどくべきだと思うぜ?」

 「つまり、彼女を作れと」

 「当ったり~」

 「何度も聞くけど、そんなにいいものか……?」

 「何度でも言ってやる。いいもんだ」

 悠とは対照的に、明るく女子ウケしそうなルックスの綾人はよくモテる。

 綾人が去年付き合っていたという彼女と別れるまで、常日頃から甘々な惚気に付き合わされてきた悠は、その度に同じことを聞いていた。

 今も今とて、綾人は元カノのことを思い出してはしみじみと語っている。

 (こいつ、未練ないとか言ってたくせに……なんでこんな饒舌なんだよ)

 まるで舞台俳優のような語り口の綾人に内心呆れながら、悠は半ば聞き流している。

 ——すると、廊下からガヤガヤとした話し声が近づいてきた。

 不揃いな足音が近づくにつれて大きくなっていく声は、男女グループのもの。それも四、五人という規模ではない。

 「相変わらず、朝からよくやるよ」

 「もう慣れっこだけどな」

 わらわらと教室に入ってきた十人ほどの男女……と言っても、女子は中心にいる一人のみで、それを逃がさんとばかりに男子が囲んでいる。

 パッと見、芸能人を囲むマスコミのようだ。

 実際、中心にいる少女は男子たちから嵐のような質問攻めにあっている。しかし、大変であるはずの彼女——星月 乃亜は可憐に微笑んで丁寧に対応しているようだった。

 この異様な光景こそが、まさしく経済学部が賑やかと言われる所以である。

 「星月ってめちゃくちゃモテんのに、一回も告白OKしたことないって噂だろ? 勢いだけでどうにかなるわけねぇのにな」

 「…………」

 「悠? どうかしたか?」

 「あ、いや……何でもない」

 昨日、一昨日と、家に帰りたくなさそうにしていた乃亜のことが脳裏に浮かび、悠は遠目にジッと乃亜のことを見つめていた。

 公園でやけ酒をするような事情ともなれば、恐らく一日やそこらで解決するような問題ではないと、そう思ったのだが——一見して彼女の表情は明るい。

 (アイドルみたいだな……)

 男子たちに囲まれている姿もさながら、繕っているのだとしてもあまりに自然な笑顔であるため、思わずそう言いたくなる。

 その後、しばらく綾人と雑談していると、教授が入って来て講義が始まった。

 特段やる気のない悠は、頬杖を突きながらあくびを漏らす。退屈な内容に瞼が閉じそうになるが、さすがに居眠りするわけにはいかない。

 ——せめて気を紛らそうと、悠はチラッと横に視線を向けた。

 その先には、真面目にノートを取っている乃亜がいた。

 ほとんどの人が悠同様にダル気な素振りを見せる中、彼女のピンと伸びた背筋は特に目を引くし、凛とした横顔は作り物めいて綺麗だ。

 美人で愛想がよくて真面目で……。

 大学で耳にする乃亜の噂としては大体がこんなもので、今日も彼女の振る舞いは抜け目がない。

だからこそ先日のことが依然として不可解で、悠は少し訝むように乃亜を見つめる。

 ——そんな時。

 乃亜がふとペンを止めて、横目で悠へと視線を返してきた。

 二人の目線が交わり、悠は急いで視線を逸らそうとするも、それより先に乃亜がハッとして前方へと向き直った。

 (そうだ……まだ疑われてるんだった)

 そんな相手をジロジロ見てしまっては余計に疑いの目が強くなりそうだと、悠は自省して大人しく講義を受けるのだった。


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