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乃亜とモカ

 「あぁ~、キミたちが沙羅の言ってた子たちか!」

 乃亜が受付でチケットを提示すると、店員は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに得心がいったような声を上げた。

 平然としている乃亜に対し、悠は首を傾げる。

 「沙羅……?」

 「白石 沙羅! キミ、最上君でしょ?」

 「えっ? そ、そうですけど……沙羅さんのお知り合いですか?」

 知人の名前に、悠は目を丸くした。

 「沙羅とは高校の同級生で、その縁あってチケットあげてたんだけど、知り合いの女の子に譲った~って聞いてさ」

 そう言いながら、乃亜の方に視線を向ける。

 悠はバイトでの沙羅の発言を思い出し、何となく状況を理解した。

 「これ、沙羅さんからだったのか」

 「こ、この前たまたま会って……」

 

☆☆ ☆

 

 デパートにて。

 悠が乃亜と鉢合わせる前のこと。

 「犬……ですか?」

 「うん! 私の家で飼ってる犬がいるんだけどね、その写真見せる度に悠君はしゃいでるし、絶対好きだと思う!」

 「か、かわいい……」

 「うん、分かる」

 乃亜はデートの参考にと、偶然出くわした沙羅に悠の好きなものについて訊いていた。

 どうやら、悠は犬が好きということらしい。

 「でも、それだけじゃどうすればいいか……」

 犬好きというだけでは直接デートにつなげるのが難しく、乃亜はうんうんと唸り始めるが、結局お手上げとなってしまう。

 他に何が好きなのか、尋ねようとした時——

 「ふっふっふっ」

 沙羅は滑稽な作り笑いを浮かべながら手提げバッグから二枚の髪を取り出し、それを乃亜に差し出して得意げに言った。

 「これ、な~んだ」

 「え……っと。ど、ドッグカフェ……?」

 乃亜は目を凝らし、チケットのようにも見える紙面の文字を読み上げる。

 「そう! 今月私の店の近くにオープンするみたいなんだけど、そのオーナーが私の友達なの。それでね? 一日割引券をもらったまではいいんだけど……私は他のわんちゃんに浮気するわけにもいかないし、誰か欲しい人いないかな~なんて!」

 「ほ、欲しい! ……あっ、ごめんなさい……」

 まさに渡りに船で思わず手を伸ばす乃亜だが、申し訳なさからすぐに手を引っ込めた。

 沙羅はそんな乃亜に優しく微笑みかけると、その手にチケットを握らせた。

 「はい、よく出来ました!」

 「え……? い、いいんですか?」

 「悠君って思ったより鈍いから、そのくらい素直な方がいいと思うの」

 「……素直?」

 「まぁとにかく頑張って! お姉さん喫茶店から応援してるから!」

 難しい表情を浮かべる乃亜を背に、沙羅はにこやかに手を振りながら去っていった。


★★ ★


 「それでは、二名様ご案内でーす!」

 悠と乃亜は注意事項などの一通りの説明を受け、いよいよホールへと案内される。

 既に先客が何人かいて、各々思い思いにスタッフ(犬)とじゃれ合っているようだった。

 そんな光景に自分を重ね、期待を膨らませる悠。

 ワンッ!

 ワフッ!

 柴犬、サモエド、チワワ、パグ——

 大中小問わず種々雑多な可愛らしいスタッフたちが、しっぽを振って二人を歓迎してくれているようだった。

 「天国だ……」

 大げさに感嘆のコメントを発する悠に、乃亜は頬を緩めた。

 早速悠は中腰になり、目の前にいる柴犬を呼びながら手を差し出してみる。

 「おいで~」

 「ワフッ!」

 すると柴犬は勢いよく走り出し、悠の元へ——と思われたが、悠の横をあっという間に通り過ぎ、その後ろに立っていた乃亜へと駆け寄った。

 「え、えぇ!?」

 乃亜が尻もちをついた隙に、柴犬がその頬をペロペロと舐めていた。

 「ちょ、ちょっと……やっ! く、くすぐったいてば~」

 最初は驚いた様子の乃亜だったが、満更でもなさそうな様子で柴犬とじゃれ合っていた。

 すると——

 「なんだ?」

 「どこ行っちゃうの~?」

 何やら周囲が騒がしいので店内を見渡してみると、たくさんの犬が四方八方から悠の方へと押し寄せてきていた。

 「おお……!」

 嬉々として両手を広げる悠。

 しかし、その期待はまたもや裏切られることとなる。

 「ワン、ワン——」

 「ちょ、嘘でしょ!?」

 犬たちは皆、ドタドタと悠の横を通り過ぎると、やはり後ろの乃亜の元へと一直線だ。

 振り返ると、そこにあるのはもはや毛玉で、乃亜の姿は埋もれてしまってほとんど見えなかった。

 「も、最上くーん!」

 毛玉の中から助けを求めるような声が聞こえたため、悠は肩を落としながらトボトボと乃亜の方へ向かっていった。

 ——それからしばらくして、犬たちによる乃亜スクランブルは収束した。

 悠と乃亜は横並びに腰かけ、今も乃亜の元にはチワワが一匹残っているのに対し、悠の元を訪れてくれる犬はゼロのままだった。

 「星月さんはここでもアイドルみたいだな」

 「アイドルとかやめて」

 「冗談だよ」

 乃亜は膝の上にちょこんと乗せたチワワを撫でながら、ジトっとした目で睨んでくる。

 すると今度はいたずらっぽい笑みを浮かべ、チワワに語りかけだした。

 「そういう最上君は全然懐かれないねぇ? どうしてだと思う~?」

 「うっ……」

 傷口を抉られ、首を垂れる悠。

 楽しそうにからかってくる乃亜の横で、悠はふとホールを見渡してみた。

 ——スタッフ一同、漏れなくお客さんをもてなしているようで、傷心中の悠のところへ来てくれそうな犬はいなさそうだ。

 残念だが、今日のところは毛玉天国は諦めて、犬とじゃれ合う乃亜でも見て癒されよう。

 そう諦めかけた時——

 「あれ、何であんなところに……?」

 少し離れたホールの隅っこで、ポツンと寂しそうに寝ている一匹のポメラニアンを視界に捉えた。

 何となく気になって、悠は立ち上がる。

 そのまま近寄ってみると、ポメラニアンは目をパチッと開いて頭を上げた。

 「あ……ごめん。起こしちゃったね」

 怖がらせないよう、少し距離を取って様子を見る。

逃げる様子はないため、手を差し出してみるが——ぷいっとそっぽを向かれてしまった。

 (この感じ、誰かさんにそっくりだな……)

 何となく見覚えのある素っ気ない態度に苦笑していると、近くにいた店員が悠の元へやってきた。

 「その子、いつもそんな感じなんですよ。噛みついたり怯えたりはしないんですけど、中々懐いてくれなくて」

 「そ、そうなんですね……。ちなみに名前はなんて言うんですか?」

 「えっと、モカちゃんですね」

 (心做しか名前の響きまで似てる気がする……)

 ふと乃亜の方に視線を向けると、彼女は再びたくさんの犬に囲まれて忙しそうにしていた。モテる人間の宿命と言うべきか、まだ当分は相手をしてもらえなさそうだ。

 「あの……余計なことはしませんので、ちょっと様子見ててもいいですか?」

 「え? まぁ構いませんけど……他の子とは遊ばなくていいんですか?」

 「悲しいことに、全く懐かれませんので……」

 「あ、あはは……そうですか。じゃあ、モカちゃんのことお願いします」

 儚げな悠の表情に戸惑いながら、店員はそそくさと去っていった。

 様子見……と言っても、何か特別なことをするわけではない。言葉の通り、少し距離を置いて眺めているだけ。何か意味があるのかと聞かれれば何もないのだが、一人寂しそうに寝ている姿が何となく放っておけなかったというだけ。

 要するにあの時と同じ、ただのお節介というわけだ。

 ——ただ座って、じっと見つめる。

 そんな悠の様子が気になるのか、たまに目を開けては悠を見つめ返す。そしてまた眠る。

 この繰り返しで、何の進展もないまま入店から一時間半が過ぎようという頃合い。

 突然、モカが体を起こした。

 前足をグイっと突き出して可愛らしく伸びをすると、ちょこちょこと歩き出した。

 寝床を変えるのだろうかと見守ってみるが、モカの進行方向は明らかに悠が座っている場所で、そのまま悠の元へやってくると、胡坐を組んでいる脚の上で丸まって再び眠ってしまった。

 「お、おぉ……まじか!」

 相当な気分屋なのか、それとも懐かれたのか。試しに背中の辺りを撫でてみるが、逃げ出したりする気配もなくスヤスヤと眠り続けていた。

 「……か、可愛すぎる」

 モフモフと毛玉のような見た目も、脚にかかる小さな重みも、何だかんだで甘えてくるところなんかも、とにかく可愛くて仕方なかった。

 「やっぱ……似てるよな」

 「何が?」

 「おわっ! い、いつの間に……!?」

 背後からの声に肩を跳ねさせて振り返ると、乃亜が前屈みになりながらモカを覗き込んでいた。モカも悠の声で目を覚ましてしまったようだ。

 「この子が何に似てるの?」

 「こ、こっちのことだから気にしないでくれ」

 「ふぅん」

 乃亜は興味なさそうな声をこぼしながら悠の正面に座ると、コテっと可愛らしく小首を傾げるモカを見つめ、瞳を輝かせる。

 「かわい~! ほらほら、こっちおいで~!」

 両手を広げ、笑顔満開の乃亜。

 その無防備さたるや、相手が人間……それこそ男であれば確実にノックアウトできそうな破壊力であるが、どうやらモカには今一つらしい。

 先ほどの悠と同様、乃亜はそっぽを向かれてしまう。

 「えぇ~、なんでよ!」

 ガッカリしたように眉尻を下げる乃亜に、悠は意趣返しとばかりに得意げにモカに語りかけた。

 「モカは俺がいいんだよな~」

 他の犬に相手にされなかったこともあり、モカが可愛くて仕方ない悠は、猫なで声で名前を呼びながら、わしゃわしゃとモカを撫でまわしていた。

 そんな悠の姿を、乃亜は不機嫌そうに頬を膨らませながら見つめていた。

 「ど、どうかした?」

 「ん……別に?」

 ぷいっと、今度は乃亜にそっぽを向かれてしまった。

 その後しばらく悠はモカと遊び、入店から三時間が経過したところで二人は切り上げることにした。時間料金はチケットのおかげで無料であるが、二人ともご褒美用の有料おやつを買っていたため、各々支払いを済ませた。

 「そうだ、キミ!」

 「はい?」

 二人が店を出る直前、入店の際に対応してくれた店員が焦った様子で悠を呼び止めた。

悠が足を止めて後ろを振り返ると、彼女がパタパタと駆け寄って来て耳打ちしてくる。

 「彼女さんのことも可愛がってあげな?」

 店員はそう囁きながら、乃亜に目配せする。

 その途端、悠の顔は耳まで真っ赤に染まっていった。

 「い、いや! 別に俺らはそんなんじゃ——」

 「ありがとうございました~、またのご来店をお待ちしております!」

 反論の余地も与えずに彼女はサッと踵を返し、わざとらしい営業スマイルを貼り付けて頭を下げる。

 悠はその言葉の意味を一人悶々と考えながら、どこかへ向かって歩き出した乃亜に付いていった。

 彼女かどうかはさておき……彼女さんの事『も』ってことは、恐らくさっきモカとじゃれついていた状況に関係しているんだろう。そして、あの店員の口調は軽快な割になぜだか冗談で言っているような印象は受けなかった。

 そうなると、もしかして——

 モカとじゃれ合っている時、乃亜に向けられた膨れっ面をを思い出した。

 (まさかと思うが、あれそういう意味だったのか……? てっきりからかい過ぎたのが気に入らないんだとばかり思ってたけど。……いや、さすがに考えすぎだよな)

 そんな自問自答を繰り返しながら歩いていると、服の裾をキュッと引かれ悠は足を止めた。

 「こ、この後って時間ある?」


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