姉の尋問
『今から行っていい?』
悠が部屋の片づけをしていると、乃亜からメッセージが届いた。
直前のタイミングであるのはいつものことだが、今日は珍しく悠が夕飯を済ませた後であった。
悠は『大丈夫』と返信し、掃除を中断する。
——間もなくしてインターホンが鳴らされたため、悠は玄関へと向かう。
「は……い?」
ドアを開くと、そこにあったのは見慣れた乃亜の姿——と、もう一人。見知らぬ超絶美人だった。
艶やかで落ち着いた色味の茶髪に、凛として綺麗な顔立ち。さらに、ビジネスカジュアルな装いがモデル顔負けのボディラインを強調していて、まだあどけなさの残る乃亜とは異なり、大人の女性の魅力を詰め込んだような見た目をしている。
悠があんぐりと口を開けたまま見ていると、彼女はニコッと柔らかい笑みを浮かべた。
「こんな時間に突然すみません。初めまして、星月 彩乃といいます。何でも妹がいつもお世話になっているとかで、今日は挨拶に上がりました」
そう社交辞令のように言って頭を下げる彩乃だが……言葉とは裏腹に、その声音はどこか冷たいものに感じる。
(それもそうか……)
彩乃の口ぶりからして、おおよその事情は既に乃亜から聞いているのだろう。そして、そうなれば……挨拶というのは表向きでしかないはずだ。
彩乃の背に隠れて俯く乃亜を一瞥し、悠は気を引き締めた。
「お姉さんでしたか。初めまして、最上 悠といいます。こちらこそいつもお世話になってます」
「あら、ご丁寧にどうも」
同じく社交辞令で返す悠に、彩乃は微笑みかける。
「それと——」
と思えば、まるで何かが憑依したように、スンと笑みを解いた。
全てを見透かしてきそうな鋭利な視線に、悠は緊張を高める。
「姉……いえ、この子の保護者として、お伺いしなければいけないことがあります」
身の毛がよだつような威圧感に、悠は息を呑んだ。
——冷や汗が、脇腹を伝っていく。
乃亜が全てを正直に話したのか。それを悠は知らないが、彩乃の態度からして印象が良くないのは明らかだ。
公園で酔い潰れていた妹さんを介抱した……と、そんな話を聞けば警戒するのも無理はない。
姉として一番効くのは妹の言葉だろうが、仮に乃亜がどれだけ体良く悠のことを話してくれていたとしても、それが悠の本質とは限らない。
だからと言って、悠がどう弁明しようと善意と納得してもらうことは難しいだろう。
……どれだけ考えても、話して有利になるようなことはまずない。
最悪の場合、通報もあり得るかもしれない。
しかし、ここで拒むのは返って逆効果。
それに、何より——
「分かりました……。どうぞ、上がってください」
——自分で蒔いた種だ。
元よりこういうリスクがあることを承知でやったことなのだから、逃げるわけにはいかない。あの時の自分の判断が正しかったとは言えないが、後悔はしていない。
何を言われようと、堂々としていればいい。
そう決心し、悠は二人を玄関に通した。
そのまま居室へと案内すると、彩乃に付きっきりだった乃亜がなぜか悠の隣に来て——二人は並んで座り、彩乃と対峙する。
彩乃はそんな様子を見て、鼻で笑った。
「進んで来るだけあって、本当に懐かれてらっしゃるんですね」
「そんなことは、ないと思いますけどね」
「まぁ……おかげで乃亜ちゃんの反応も分かりやすいからいいですけど」
彩乃は俯いたままの乃亜をジッと見つめながら、顎に手を当てる。
そして、少し考えるようにしてから口を開いた。
「まず率直に……なぜ乃亜ちゃんを家に連れ帰るようなことをされたんですか?」
「ほし……の、乃亜さんにも同じ説明をしましたが、あんな時間に人気のない場所で寝ていたら危ないと思ったからです」
当時の状況を思い出しながら、悠は正直に伝える。
「なるほど。でもそれは、"危ない"と思った理由であっても、あなたが乃亜ちゃんを連れ帰る理由にはならないと思いますが」
確かにそうだ。
一般的な話。人間は打算的な生き物で、その行動には何かしらの見返りを求める傾向にある。それこそ、今回のように自分の身を滅ぼしかねないリスクがあれば尚更、相応の見返りがなければ動機としては不十分。
そう——情欲を満たすためでもない限り。
「おっしゃる通りかもしれません。……でも、淫らな意図がなかったことだけは断言します」
「そうは言っても、信じるに足る証拠がないってことは分かってますよね?」
「……もちろんです」
当然、彩乃の想定にだって確証があるわけではない。
しかし、世の中全てのことを立証できるものではない。だからこそ、時には一般論や過去の事例に頼らざるを得ないことだってあるのだ。
そしてこの場合、前後の事実関係から悠に勝ち目はない。
せめて最低限合理的な理由を答えることが出来れば、覆せる可能性もなくはないだろうが……悠の中で唯一浮かんだ理由は、嘘偽りはなくとも合理的とまでは言えないものだった。
悠が苦々しい表情で次の言葉を探していると——
「でもまぁ……いっか」
——彩乃がため息混じりにそう言った。
顔を上げると、さきほどまでの高圧的で畏まった態度とは打って変わり、彩乃はどこか気の抜けた様相を呈していた。




