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チェキ撮影

 美月に案内された席に腰かける二人。

 アンティーク調のテーブルとイスが店内のクラシカルな趣を一層際立たせ、コンセプトの一貫性を感じさせる。うん、実に素晴らしい。

 ——と、悠は雑念を絶つのに必死であった。

 「お前、さっきから変だぞ」

 それでも、やはり悠の挙動には落ち着きがなく、今もしきりにキョロキョロしているところを綾人に指摘されてしまう。

 しかし、綾人の物言いにはどこかわざとらしさが滲んでいた。

 「ま、まだ慣れなくてな、あはは……」

 対する悠のごまかしも大概であった。

 「とにかく、何か頼もうぜ」

 「そ、そうだな」

 そう返す悠だが、食欲どころではない。

 綾人から受け取ったメニュー表を開いてみると、バラエティ豊かな料理がズラッと並んでいたが、悠はあまり考えることなくパパっと注文を決めてしまった。

 「決まったか?」

 「ああ」

 綾人も頼むものを決めたようで、店内をグルっと見渡し始めた。

 テーブル毎に呼び出し鈴が置いてあるわけではないため、注文する際には店内に点々と配置されているメイドに直接知らせる必要がある。

 出来るだけ推しのメイドと話が出来るようにということらしい。

 当然、綾人も美月を探しているのだろう。

 「えーっと……いた!」

 見つけたようで、綾人は手を上げて知らせる。

 ——コツコツと、等間隔……いや、少し不揃いな足音が近づいてくる。

 そして、足音が止んだ。

 「お、お帰りなさいませ……ごご、ご主人様」

 乃亜と目が合わないようにと顔を伏せていた悠だったが、震え混じりで上ずったような——聞き馴染のある声に視線を上げてしまう。

 可愛い衣装に身を包んだ声の主は、顔を真っ赤に染めていた。

 一見しっかりと立っているようだが、よく見ると膝のあたりがプルプルと小刻みに震えていた。

 (あやとぉぉぉ!!)

 正面に向き直ると綾人がドヤ顔でサムズアップしてきて、悠はテーブルの下でグッと握りこぶしを作って堪えた。

 「ご、ご注文はお決まり、でしょうか……」

 「はい、えっと——」

 綾人の注文に続き、悠もなよなよとした声で注文する。

 その後に乃亜が注文を読み上げて確認しようとしていると——綾人が『あ、すいません』と遮った。

 「これもいいですか?」

 そう言って、何やら財布から取り出した二枚の紙切れを乃亜に見せた。

 「ご、ご指名はありますか……?」

 一瞬、乃亜の表情が強張ったようだったが、綾人はそれを気にも留めず、メニュー表の横に置かれていた別の冊子を手に取って開いた。

 手慣れた様子でペラペラとめくっていき、目的のページで手を止めた。

 「この子と」

 綾人が見ているのは曜日ごとのメイドリストのようで、一人目に自身の彼女である美月のプロフィールを指さした。

 「あと、この子で!」

 「……!?」

 二人目——自分のプロフィール指さされ、乃亜は分かりやすく狼狽えていた。

 「え、えっと……ご注文を確認いたします」

 何とか表情を引き締めて、注文を読み上げていく乃亜。

 料理名を読み上げて終わり……と思いきや、少し言い淀んでから震える声で追加した。

 「——どちらもチェキ撮影のセット……ですね?」

 「はい!」

 (はぁ!?)

 頼んでもいない注文にそんな声が漏れそうになる悠だったが、墓穴を掘りかねないため寸前で吞み込んだ。

 ——新人バイトのような足取りで乃亜が去っていく。

 それを横目で追いながら、悠は綾人の足を軽く蹴った。

 「いでっ! いや、無料クーポンあったら仕方なくね!?」

 「せめて事前に聞けよ」

 「んなこと言って、実は星月と写真取れるから照れてるんだろ」

 「だから、俺は別に星月さんに興味ないって普段から言ってるだろ?」

 「それもさっきまでは信じてたんだけどな~」

 「……さっき?」

 「入り口で星月のこと見かけた時だよ。今までのお前なら、どこで誰が何してようと関係ないって顔してただろ? それが急にあんなキョドられたら、ついに悠も~とか思うって」

 そんなことはないと言い返したかったが、悠は言葉に詰まってしまう。

 乃亜のことが気になるか云々は置いといて、確かにこれまでの悠であれば関わりのない人間がどこでどんなバイトをしていようと、その人の勝手だろうとしか思わなかった。

 それが例え、星月 乃亜でも同じはずだった。

 「まぁ、理由としては半分嘘だけどな」

 「……というと?」

 「よく分からんけど、みーちゃんにこうしろって言われたんだよ」

 「み……? ああ、桜井さんが?」

 「そうそう、面白そうだったから乗ったけどな」

 「お前なぁ……」

 その後は綾人に乃亜のことについて色々聞かれ、それを無難に受け流しているうちに料理が到着した。

 ないと言われても内心恐れていた『萌え萌えキュン』は本当になかった。

『代わりに俺がやってやろうか』という綾人のアホな申し出を一刀両断し、意外にも本格的だった料理を楽しんだ。

 本来であれば、あとは会計を済ませて終了のはずだったが……。

 「やほ~、ご主人様~!」

 「…………」

 綾人が手を挙げて食事が済んだことを伝えると、先ほど指名したメイドが——一人は元気いっぱいに、もう一人は意気消沈といった様子でやってきた。

 美月の手にはカメラが握られている。

 「もがみん初めてだろうし、まず私たちから撮るね~! ポーズどうしよっか?」

 「そうだなぁ……悠も真似しやすいだろうし、前回のでいんじゃね?」

 「おっけ~、のありんカメラよろしく!」

 美月は乃亜にカメラを渡すと、ピョンピョンっと跳ねるように綾人の横に移動して中腰の姿勢をとった。

 ——そして、片方ずつの手を合わせてハートを作った。

 (おい、これのどこが真似しやすいって……?)

 迫りくる自分の番を想像して憂鬱になっている悠の横で、カメラを構える乃亜の手も震えていた。

 「……はい、チーズ」

 乃亜の掛け声に合わせて、二人は満面の笑みを浮かべる。

 シャッターを切るとカメラからフィルムが出てきて、徐々に浮かび上がってくる二人の笑顔は、チェキ特有の暖かみを受けて優しい印象に仕上がっていた。

 最近ではデータ化もできるらしく、綾人は早速スマホに保存しているようだった。

 「はい、じゃあカメラ貸~して!」

 「す、すぐ撮ってよ?」

 「ちゃんとポーズ取ってくれたらね?」

 「うぅ……」

 カメラを美月に手渡し、乃亜も悠と並んで中腰になる。

 悠の頭と同じ高さに合わせると、ハートの半分を作った左手を『んっ』と差し出してきた。

 「し、仕事だから……」

 「ああ……」

 悠も右手で対称の形を作って、乃亜の手に合わせる。

 「いいねいいね~、あとちょーっと顔近づけようか~?」

 「……こんくらいか?」

 美月の指示を受け、悠は少し顔を中央に寄せる。

 しかし反対に、乃亜は同極の磁石のように離れてしまった。

 「ちち、近過ぎない……!?」

 「仕方ないだろ……?」

 「……い、今だけだからね」

 「当たり前だ……」

 乃亜がゆっくりと悠の方へと顔を寄せ——顔が触れるスレスレのところで止めると、美月から掛け声がかかる。

 「はい、1+1は~?」

 「「にぃ~……」」

 ——シャッターが鳴った。

 乃亜は飛び跳ねるように悠から距離を取って、息を止めていた悠は大きく息を吐く。

 フィルムに写真が浮かび上がるまでの間、そんな気まずげな二人の様子を綾人と美月は楽しそうに眺めていた。

 ちなみに写真はというと——

 「ありゃりゃ」

 「ブッ! これはこれでありじゃね?」

 ——当然ながら二人の笑顔はぎこちなく、それが逆に面白いくらいだった。


 


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