やらかしメイド
季節は梅雨に入り、一日中雨が降りしきることも珍しくない今日この頃。
そんな中、晴天に恵まれた今日。大学での講義を終えた悠と綾人は、お昼ついでにある店へとやってきていた。
「おい待て、ここって……」
「ん? どうかしたか?」
——しかし、悠は店の看板を見るなり棒立ちとなってしまう。
「お前……カフェって言ってなかったか?」
「よく見ると喫茶店だったな」
「この際それはどうでもいいんだよ!」
今日の目的は食事、というよりも他にあった。
綾人が以前に話していた女の子——カフェでバイトしているという彼女と付き合うことになったらしく、その紹介のために悠を店へと連れてきたのだった。
——店の看板には"喫茶"という文字がある。
確かに、カフェという綾人の説明と食い違いがあるようだが……そんなことは今の悠にとっては些細な問題だった。
「"メイド"喫茶じゃねーか!」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないが!?」
「あ~、悪い悪い。でも結構いいもんだぞ? メイド服の女子がもてなしてくれるなんて、普段ならあり得ないんだからな」
「そりゃそうだけど……そうじゃなくてだな」
キュルリンとしたメイド服に身を包んだスタッフが愛嬌たっぷりに奉仕をしてくれて、提供する料理に『おいしくな~れ』のおまじないをかけてくれる場所。
それが、メイド喫茶に対する悠のイメージだった。
「その……話し方とかノリとか、全然知らないんだが」
「ブッ!」
「おい、なに笑ってんだ」
「い、いやすまん! 悠が萌え萌えキュンとかノリノリでやってんの想像したらツボって……!」
「人を勝手にメルヘン化すんな」
腹を抱えて笑う綾人を、悠は不服気に睨んだ。
少しして綾人は満足したのか、ふぅと一息吐いてから話し始める。
「ダイジョブだって、お前が心配してるようなのはこの店にはないから」
「……そうなのか?」
「確かに、お帰りなさいませ~とか、ご主人様~とかはあるけど、雰囲気も落ち着いてるし、言っちゃえばスタッフがメイド服ってだけの普通の喫茶店だ」
「なるほどな……」
「ほら、入るぞ。彼女にも時間伝えてるし」
「お、おう」
悠は一応納得して、綾人に続いて入店する。
入ってみると——確かに、内観はよくある喫茶店といった趣だ。想像していたような明るい装飾もなく、むしろシックな印象すら受ける。
な? と得意げに尋ねてくる綾人に、悠は小さく頷く。
初めて都会を訪れた少年のように、悠が目を丸くしながらグルっと店内を見渡していると、目の前から一人の女性が現れる。
ひざ丈ほどの、可愛くも品のあるメイド服を身にまとう彼女。その一挙手一投足は落ち着いていて、店内の雰囲気にもなじんでいる。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
スタッフと思しきその女性は二人の前で足を止め、微笑みながらそう言って丁寧にお辞儀をした。
すると、何やらキョロキョロと周りを気にしだして——周囲に誰もいないことを確認すると、グイっと二人に詰め寄った。
「待ってたよ」
「おっす、おつかれ」
「それで……こっちが?」
「そう、親友」
ヒソヒソと、悠に聞こえるくらいの声で話す綾人と女性スタッフ。
その態度から、悠も察する。
「初めまして、最上 悠です」
そう紹介すると、彼女は悠の方を向いてニコッと笑った。
「はじめまして~、あーちゃんの彼女の桜井 美月だよ! よろしくね、もがみん!」
(も、もがみん……?)
あだ名はともかく、二人を出迎えてくれたこの女性こそが綾人の彼女のようだ。
——ふわっと巻かれた桃色の髪が特徴的で、綾人から聞いていた通り顔立ちはかなり整っている。少し小柄であることも相まって、カワイイ系美人という感じだ。
(それでこの人懐っこさなら……綾人が好きになるのも無理ないな)
初対面の自分に可愛らしく微笑みかけてくれる美月に、綾人の元カノと初めて話した時もこんなだったなと思い出して悠は苦笑した。
各々が自己紹介を終えると、美月は再び二人から距離を取った。
——そして、初来店の悠に向けて店内の利用方法について説明をしていく。
メイドへのお触り禁止。
メイドとのチェキ撮影が可能。
などなど、他にもいくつか留意点はあるが、どれも常識の範囲内。普通にしていればまず問題はなさそうだ。
普通の喫茶店と大きく異なるところもないようで、悠も一安心する。
「——と、以上になります。何かご質問などございますか?」
「いえ、大丈夫です」
「では、お席に——」
と、一同が歩き出そうとした時だった。
ガシャン!
店内にガラスが割れるような音が響き渡り、三人は一様に肩を跳ねさせて音の方向へと視線を向けた。
——そこには、三人をみつめながら立ち尽くす可憐なメイドの姿があった。
下にはガラスの破片が散らばっていて、彼女の靴が水に浸ってしまっていることから、彼女がグラスを落としてしまったのだと分かる。
「な、なんで……」
微かに、そんな声が聞こえた気がする。
慌てて他のスタッフが駆け寄ったことで彼女はハッと我に返ったようで、一緒になって片づけを始めた。
そんな慌ただしい光景に首を傾げながら、綾人が口を開いた。
「あれ……星月じゃね? なぁ、悠」
「………」
「おい、大丈夫か?」
「……え? あ、ああ……っぽいな」
こんな場所に、あんな姿で……。
夢か現か。
混乱のあまりに目を白黒させる悠だが、何か悟られてしまってはまずいと、ギリギリのところで正気を保った。
「ねぇね」
そんな一部始終を見守っていた美月が、ニンマリとした笑みを浮かべながら綾人の肩をたたいた。
——綾人が少し身を屈めると、美月が何かを耳打ちしだした。




