恋……?
「送っちゃったぁぁ……!」
家に帰ってきた私は、部屋の中をグルグルと歩き回って葛藤した末——最上君に送ってしまったメッセージを盛大に後悔していた。
なにが、『彼女とかいる?』よ!
こ、これじゃまるで……。
いやいや、違う! そんなことあるわけないから! よりによってあんな……酔った女の子を連れて帰っちゃうような人が好きとか!
こ、これはあくまで……そう! あの喫茶店にいた女の人への気遣い!
もし最上君があの人と付き合ってたりしたら、これ以上私が会いに行くのは迷惑……だから。
…………。
何だか、胸がキューって苦しくなる。
これ、もう何回目……?
最上君の家でご飯を食べた後くらいから、ちょっと手が当たったり近くにいたりするだけで変に緊張して、ドキッとしたり……胸が痛くなったり……。
別に、それなら今日だけじゃない。
勢いで絆創膏を貼っちゃったときとか、素の私の方がいいとか言われたときもそう……こういう感じはあった。
けど、それも最上君の家を出ればすぐに落ち着いて……だから今日も、皿洗いをしてすぐに帰れば問題なし。
そのはずだったのに……。
さっきから、最上君の笑った顔とか洗い物のときに隣からくる匂いとか……そんなのばっかりチラついて、全く収まる気がしない。
そもそも匂いとか……今まではちょっといい匂いだな~とか、そのくらいにしか思わなかったのに。
……私、どうしちゃったんだろ。
初めての感情に頭が追い付かなくて、枕に顔をうずめながら思わず『うぅ~』と呻き声を漏らした。
ピロリン——
すると、枕元に置いていたスマホが鳴った。
……電話?
も、もしかして……!
電話なんてしたこともないのに、なぜか最上君のことが一番に浮かんだ。
さっきまでずっと彼のことを考えてた上に、あんなメッセージを送った後だからか、過敏になっているのかもしれない。
何か聞かれるかな? ど、どう言い訳しよう。
なんて不安なくせに、なんとなく嬉しい気がして……心の準備もそこそこに、スマホを手に取ってしまう。
——心臓がバクバクと高鳴る中、おそるおそる画面を見てみる。
けれど、そこに彼の名前はなかった。
「はぁ……」
安心したような、ガッカリしたような……体から一気に力が抜けて、大きなため息が漏れてしまう。
でも……丁度いいかも。
画面に表示された名前から一つ思いついて、私は通話アイコンを押した。
「あ、もしもし~? のありん起きてた?」
「起きてるけど、こんな時間に何?」
「それがさぁ……明後日のバイトなんだけど急用で入れなくなっちゃって。ごめんなんだけど、のありん代わってくれない?」
明後日。ほんとは最上君に会いに行こうと思ってたけど……今のままだと無理そうだし、だからと言って家にもいたくない。
「まぁ、いいけど」
「やたぁ! のありんマジ神! 愛してる!」
「気持ち悪い」
「ムゥ……じゃあもういい、バイバイ」
「あ! ちょっ……ちょっと待って美月!」
「だって気持ち悪いんでしょ?」
「あ、謝るから……まだ切らないで」
「おぉ……なんか可愛いから許す! それで、何の用かな~?」
「え、えっと……聞いてほしいことがあって」
——それから私は、悩みの種を打ち明けた。
このまま一人で抱えてずっとモヤモヤするのも嫌だし、恋愛慣れしている美月なら……この気持ちに心辺りがあるかもしれないから。
最悪の出会いから始まって、会いに行くようになって、なんかドキドキして……。
ま、まぁ……自分の事として話すのは恥ずかしかったから、あくまで友達の話ってことにしたけど。
私が一通り話し終えると、美月はため息混じりに口を開いた。
「なんか微妙に話が見えづらいんだけど……要するに、これって恋なのかしら!? 的なこと?」
「そう……かも。で、でも! それっておかしくない!?」
「あ~……なんか分かった気がする」
「わ、分かった!? なら一人で納得してないで教えてよ」
「まぁまぁ! まだちょっと確かめたいことあるから、そのあとでねん」
「た、確かめたいこと……?」
「うん。じゃあまず、のあっ……じゃなくて、その友達の子はどうしてその彼に会いに行ってるの?」
「……分かんない……らしい」
昨日までは、最上君がどんな人なのかを確かめるためって言えたはずなのに……昼から考えがまとまらなくて、結局分からないまま。
——けど、そうだ。
もし最上君に彼女がいて、あの家に行けなくなるかもって考えたら妙に寂しい気がして……それも今の方がずっと強くて。
「なるほどね。……もしかしてその子、拾われてきた時にでも彼に何か言われたんじゃない? 例えば、自分を大事に~とか何とか」
「……っ!? な、何で分かるの!?」
「言われたんだ」
「あっ、うん……そ、その子がね」
うんうんと、納得したような声が聞こえてくる。
「やっぱ、そうだよねぇ」
「……何か分かったの?」
「多分ね。今から説明するけど、いい? 最後までちゃんと聞くんだぞ?」
「う、うん」
美月の改まったような口調に、再び鼓動が速くなる。
知りたいような、知りたくないような……返却されたテストの答案用紙を開くみたいな、そんな感じ。
「まず不思議なんだけど。普通会いに行ったりするかな? それどころか……状況的には通報から入ってもおかしくないと思うけど」
「……確かに」
起きたら知らない男の人の家に居て、酔ってて危なかったから連れてきたって言われて……確かにその段階では、すぐに帰って通報しようかとも思った。
なのに、いつからかその気もなくなってて——
「それでも敢えて会いに行っちゃうとか、彼のことが気になって気になって仕方なかったんだろうねぇ~?」
「そ、そんなこと!」
「おやおや~?」
「だ、だって……襲われたかもしれない相手の事なんて……」
「そう! それだよ!」
「わっ!? な、何?」
唐突に張り上げられた声にびっくりしていると、美月が『あぁごめん』と言ってコホンと咳払いをした。
「その子、最初から大して……というか多分全く彼の事疑ってないんだと思うよ」
「……え?」
「いやまぁ分かるよ? きっかけがきっかけだけに、そんな事カッコ悪くて言えるはずもないよねぇ……」
「いや、でもほら! 本当に襲ってないか——」
「だから、どうせへんてこな口実でも付けて会いに行ってるんでしょ」
へ、へんてこ!?
「それで結局、今もその延長戦。最悪な出会い方を理由にして、好きにっなっちゃってるのを認めたくないだけじゃん?」
「その……えっと」
実は初めから最上君のことが気になってて、そのための口実を……って、つまりはただのこじつけってこと?
「……そんなことないもん」
確かに、優しいな~とか料理上手いな~とか……最近、少しずつ彼に対する印象が変わってきているのは否定しない。
でも、それだって疑いが薄れてきたからってだけ……のはず。
「今更そう簡単に割り切れる話でもないと思うし、あとはじっくり考えてみるしかないかな~。はい、以上! こんなのでよかった?」
「う、うん……ありがと」
「いえいえ~! あ、何か進展あったら教えてね!」
私が答える前に、美月は明日バイトだからと言って通話を切ってしまった。
……疲れた。
美月からの言葉がやけにグサグサと刺さってきて、疲れ果ててしまった私は再び枕に顔を埋めた。
……好きなのを認めたくないだけ、か。
か、仮にだよ? 仮に私が最上君のことを全く疑ってないとしても、さすがに最上君のこと知らな過ぎじゃない……?
笑った顔とか、今日初めて見たし。
……最上君、寝ちゃったのかな?
ふと顔を上げて、スマホを開いてみる。
「……!」
——すると、一通メッセージが届いていた。
つ、通話中にきたのかな……。
震える指でスマホを操作する。
『いや、いないけど』
ほんのりと、顔が火照っていく感じがする。
「……そ、そうだ」
少しの間ボーっとトーク画面を眺め——ハッとした。
『彼女いると行きづらくなるから、今更だけど確認』 と、聞かれてもない言い訳を急いで送信して、私は目を閉じた。




