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長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語のおわりはハッピーエンドで
9/60

第3話 うさんくさい伯爵様 その1




 朝食のあと、王宮に行くヴィルタークを見送った。


「いいな……」


 空に舞い上がり小さくなっていく竜を見つめてつぶやく。馬よりも、空をかける竜のほうが断然移動は早いし、聖女の身体にくっついた二つはあとで取りもどすとして、残り四つを回収するのも飛竜に乗れれば、かなりはかどるだろう。


「聖竜騎士は男の子のあこがれの的ですから」


 そのつぶやきを聞いたクラーラが微笑む。団員の印である濃紺の制服を着ることが、男の子の将来の夢なのだと。


「たしかに竜に乗ってみたいな」

「シロ様がお願いなされれば、旦那様は乗せてくださると思いますよ」

「今度頼んでみようかな?」


 実際問題、気になる場所があった。この王都の近くだ。史朗の中に唯一残った叡智の冠が、ささやいている。残りの紋章のうち二つは近くにあると。

 魔力ゼロで異世界に放り出された史朗だが、日々その魔力は回復……とはいえないか。水滴が一つ一つ落ちるような微量なものだ。叡智の冠一つでは、それを受けとめる器が小さい。

 それでもその微細な魔力が、紋章は近くにあると告げている。四つのうち二つ、取りもどすことが出来るなら、かなり力を使いこなすことが出来る様になるだろう。


 ……まあ、人並みの体力が大前提だが。


「まずは散歩かな……」


 いきなりジョギングとか、筋トレとかは確実に筋肉痛の三日坊主になりそうだ。ゆっくり歩こうなんて、お前は中高年か? と思うけれど。

 いや、お年寄りか? 余計つらい。


「はい、昨日は御屋敷のご案内をしましたから、お庭を見てみてはいかがでしょうか?」

「それはいいね」


 クラーラの明るい声と笑顔が癒しだった。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 屋敷と同様庭も広大だった。緑の芝生に大きな温室、果樹園。その周りを取り囲むように森と見まごう林があって、人工の池には、その深い木の影が映り込んでいる。

 池の中央の小さな島に橋がかけられて、そこに白い石でつくられた小さな神殿のような四阿(あずまや)があり、休息のための椅子とテーブルも置かれていた。


「ちょうどお時間ですし、こちらでご昼食をとられますか?」

「うん」


 四阿から見える緑の芝生がまぶしく、並べられた昼食もおいしそうだ。焼き立てのパンは皮はパリパリ中はしっとりとハードなもので、それにハムと豆のマリネをドレッシング代わりにした色とりどりの野菜のサラダ、肉をとろとろに煮込んで、潰した芋を添えたシチュー。


「お口にあいませんか?」


 それをきっちり半分ずつ残した史朗に、クラーラが心配げな顔をするのに首を振る。


「違うよ、ここに来る前からなんだけど、あんまりたくさん食べられなくて」


 もともと小食だったうえに、引きこもりでますます酷くなったというか、ここ数年の食生活など菓子が主食という、目も当てられない有様だったし。

 しかし、身体を鍛えると決意した以上、健全な肉体を作るには運動だけでなく、健康な食生活も必要だ。


「少しずつもっと食べられる様にがんばります」


 「料理人さんにはおいしかったと伝えてください」と言えば、クラーラは「ご無理はなされず、でも、もう少し食べてくださるとうれしいです」と微笑む。


「お食事のあとに甘い物はいかがですか?」

「食べる!」


 デザートは別腹だ。お菓子が主食だった過去はおいておいて。

 それから、前世の賢者時代。研究に打ち込むと、寝食忘れて、自作のエーテル飲んで凌いでいたとか……まあ、遠い記憶の彼方に押しやった。

 デザートの海のソルベ(シャーベット)は絶品だった。ミルクが甘いのに遠くで塩の味がして、嫌な後味をひかない。


「おいしいかね? ここの菓子は絶品だ」

「はい?」


 突然かけられた声。

 そこに立っているのは、目がない男だった。いや、目はあるのか? すじみたいに細くて、常に笑っているような、軽くつり上がった口許もあいまって、表情が読めない。

 髪も眉もまっ白だが、皺一つないつるりとした顔をしていて、まったく年齢不詳だ。


「ムスケル・カール・ピュックラーだ」


 男が名乗る。


「佐藤史朗です」

「サトウ? シロ?」


 「史朗が名前です。そちらでかまいませんよ」と言えば「では、シロ君」とニコニコ、いや、この人、常に笑っているように見えるからわからない。

 とても、とても、うさんくさい。


「ピュックラー伯爵様。また、生け垣を越えられてこちらにいらっしゃったのですね」


 クラーラが咎めるような声をあげると「いいじゃないか。隣同士なんだから」とムスケルが返す。

 なるほど、お隣さんなのかと史朗は納得した。芝生の庭を抜けてさらに林の小径をいって、境界線の生け垣を越えてから、果樹園をぬけてようやくあちらの家に辿り着く、ちょっとした長い散歩コースだとあとで知るのだけど。


「だいたい、ヴィルタークだって生け垣を抜けて、こっちに来るんだから」

「それは旦那様が子供の頃のことだと、ヨッヘム様に聞きました。大人になられてまで、葉っぱを服につけてやってくる方とは違うと」


 男の上着の裾についた葉っぱを、クラーラがさりげなくとる。


「君が異世界から来たという少年だね」

「少年って、僕は十九です」

「うーん、微妙なお年頃だな」


 クラーラに伯爵と呼ばれた男の返事は“微妙に”ふざけている。


「ヴィルタークさんっていくつなんですか? 伯爵様も」

「見事についでのように聞かれたな」


 「ムスケルでいい」と彼は続けた。実のところ、うさんくさいと思いながら、史朗は彼に悪い印象はもっていない。

 彼はヴィルタークと同じく、名乗るときに自分が爵位持ちだとは言わなかった。これは身分に囚われない考えの持ち主ということだ。

 異世界から“余分”に召喚された、自分にも偏見を持っていない。


「ヴィルタークが二十九で、私が二十五だ」


 年齢不詳の顔は意外にも若く見えないことはないが。


「わかりました。ムスケルさんが二十九で、ヴィルタークさんが二十五歳ですね」


 「おいおい、逆だろう」とムスケルが言いながら、テーブルを挟んだ向かいの椅子に腰掛ける。


「シロ様のおっしゃるとおりですわ。ムスケル様は、いつもおふざけになられて」


 クラーラが呆れた様に言いながら、史朗に新しいお茶をいれなおし、ムスケルの前にも出す。

 そうか二十五か……意外と若いなと、史朗はヴィルタークの完璧に整った容貌を思い出していた。老けて見えるわけではなく、彼はとても落ち着いている。


「いやいや、私達を知らない者達は、たいがいあっさり騙されてくれるぞ。この少年……おっと十九は少年ではなかったか?」

「一応、僕の国では成人扱いですね。十八歳以上は」


 史朗はそう返して、大人とは? と考える。


「たぶん、雰囲気ですね」

「ん?」


 唐突ともいえる史朗の言葉に、ムスケルが訊く。


「だから、ヴィルタークさんは、とても落ち着いた大人の男の人ですから」

「それでは私がまるきり落ち着きのない子供と言われているようではないか?」

「ちがいますよ。あなたは、ずばり、うさんくさいんです」


 「これは、大いに傷ついたぞ」とわざとらしく、胸を押さえるムスケルだが、確実に全然傷ついてもいないだろう。むしろ、面白がっている。茶を飲み、「相変わらず、ここの茶菓子は美味いな」とバリバリ、クッキーをかみ砕きながら。木の実がざくざくにはいっている焼き菓子は、たしかに美味しいと、史朗も思う。それに今日のお茶のベリーだろう果実の香りにも合う。


 そのとき、庭の上空に大きな影がさして、ふわりと降り立ったのは、まっ白な大きな竜だ。その背に濃紺のマントを翻した男性が降り立つ。







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