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長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語のおわりはハッピーエンドで
6/60

第2話 一千年のアウレリア王国期 その2




 ウオッカーに頼んだのは、この国のざっとした歴史が分かる本だ。それに彼は革張りの分厚い本をもってきた。さすが千年の歴史だ。

 「こちらへ」とゆったりした肘掛け付き椅子と、書架台も用意してくれて、そこに本を設置してくれたのに「ありがとう」と礼を言う。これだけ分厚い本だ。自分の手で支えるのは、いささか疲れる。まして今の細い腕では、ダンベル運動並だ。 


 史朗は最終章、つまり逆から本を読み始めた。歴史ならば最初からと人は思うだろう。

 しかし、千年も昔の歴史の記述など、残念ながら正確でないことが多い。後世の人間の都合のいいように、先の歴史などいくらでも書き換えられるものだからだ。

 ともあれ、現代に近ければ近いほど、伝聞などでゆがめられず、正確ではあるし、様々な事象の結果から、遡れば不自然に綺麗にまとめられたすぎた改変や、消されたものさえ推測出来るものだ。

 そして、意識は本の世界にとっぷりと浸り込み、遡ること千年以上。神話の時代である第一王国期まで読み終えたところだった。


「湯浴みにいくぞ」

「わっ!」


 ふわりと身体が宙に浮かんだ。ヴィルタークのたくましい片腕に腰掛けるように、抱きあげられていた。体格差はあるとはいえ、まるきり子供に対する抱っこだ。

 そのまま彼は長い足を動かしてすたすたと歩き出す。


「ただいま、シロウ」

「おかえりなさい、ヴィルタークさん」


 反射的に返して、そして、自分で歩けるから降ろしてくださいとも言わず、史朗は取り上げられた本の世界に未だ半分浸っていて、アウレリアの神話の時代から続く長い長い歴史に思いを馳せていた。

 唇に曲げた人差し指の関節をあてて考えこむ、史朗の横顔に、ヴィルタークが端正な唇の両端をかすかにつりあげ微笑んだ。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 早く帰ると史朗に約束したのに、なんだかんだで王宮で呼び止められて、ヴイルタークが館に帰ったのは夕餉の時間を少し過ぎたあたりだった。


 当然、史朗は先に食べただろうと、ヨッヘムに聞けば、彼は図書室に籠もりきりだという。

 肩からマントを落とし、聖竜騎士団の制服から、私服に着替えてから、ヴィルタークは図書室を訪れた。

 はたしてそこには、困り果てた顔のクラーラが、書架台の本のページをめくり続ける、史朗のそばに立っていた。


「シロウ」

「…………」


 呼びかけても返事なしとは、ものすごい集中力だが、この手の相手をヴィルタークは一人知っていた。正確には彼の子供時代であるが、こうなると、真横に雷が落ちても本から目を離さない。


 旦那様が呼んでいるのにと、クラーラはますますおろおろしだすが、それにヴィルタークは自らも椅子を引き寄せ腰掛けて、自分もここで落ち着くと示してから、目配せして、腰をまげた彼女に小声で耳打ちした。もっとも、普通の声で命じたとしても、横で集中している相手には聞こえないだろうが。

 彼女はメイド服の長いスカートの裾をつまみ上げて、早足で立ち去った。どんなに急いでいても、屋敷の中で駆ける使用人は、ここには一人もいない。

 ほどなく戻ってきたクラーラと、その後ろのメイドの手には銀の盆が。二つの盆には片方にはサンドイッチと焼き菓子、もう一つにはお茶があった。


 真剣に本を読んでいる横顔の口許に、サンドイッチを差し出せば、パクリとくいついてもぐもぐと口を動かした。字面を追う、目の動きは止まることなく、どうやら無意識らしい。紙をめくる手も早く、これで読めているのか?とも思うが、時折、手を止めて、指でその行をなぞり、さらに曲げた指を唇にあてて、しばしのあいだ考えているようだから、ちゃんと内容は頭にはいっているらしい。

 章を見れば、神話の時代である第一王国期の章だった。こちらは合わせて千年続く、本当の人の歴史である第二王国期、第三王国期とちがって、一章のみのものだ。そろそろ読み終えるだろう。


 また、口許にサンドイッチを持っていけば、ひな鳥よろしく口をあけて食いつき、子リスのように頬を膨らませてもきゅもきゅしている様が、面白くも愛らしい。水分をとらせようとお茶のカップを口許にもっていけば、こちらは自然に片手があがって、カップを持つ大きな手に、己の一回り、いや二回りか?小さな手を添えてこくりと飲む。これがまったく本に気をとられた無意識だというのだから。

 ヴィルタークは史朗に食べさせるあいだにも、自分も同じようにサンドイッチを摘まんだ。そのあいだ本を読む、史朗の横顔をじっと見る。そして、彼が時折、紙をめくる手をとめて、指でなぞる文字を。


 さて、差し出したサンドイッチに、もうお腹いっぱいとばかり口を開かなくなった。そんなひな鳥、ではない史朗の口許に、今度はこれならどうだ?と焼き菓子を差し出すと、その香ばしいバターの香りに、ちょこんとした控えめの鼻がひくついて、ぱくりと一口かじった。クリームを挟んだ硬い生地の菓子だ。かみ砕いた拍子にヴィルタークの指についたそれを、史朗の赤い舌がひらめいて、なめとられ。ぴくりと知らず肩がかすかにはねた。


 これも無意識か?


 いや、やはり彼は本に集中している。ちょうど第一王国期の終わりだ。

 ヴィルタークは史朗に向かい腕を伸ばした。






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