第八話 連鎖する事件と隠謀 その2
国王代理にあてがわれた部屋の居間にて、こんなときでも、いや、こんなときこそアウレリア人はこよなく茶を愛する。
香り高いハーブの茶を一口のめば、口中がすっきりするだけでなく、凄惨な殺人現場を見て、淀んだ気分も浄化されるようだった。
「さっきの話の続きだけどね」
「ああ、神官長の遺体に抵抗のあとがなかったことだな」
「うん、あれは闇の魔女が使った魔法と同じかもしれない」
闇の魔女とは表向き緋の聖女と呼ばれている、三大聖女の一人だ。
乱暴な弟王子によって王都から追われた、心優しき兄王子こそが正統なる王だと、アウレリア女神の神託を授けた。そして民衆を導き、弟軍をやぶり兄を王位につけたと。
これが表向きの歴史だ。しかし、真実は逆で兄王子は父王まで殺して王位に就こうとした人物で、弟王子は国を二分した争いを治めるために、あえて自分が死んだことにして、双子の兄王子になりかわり、その後善王として名を残した。
そして、その国を二分する争いの元となったのが、緋の聖女こと闇の魔女だ。彼女は不思議な術で人々を扇動し、戦いを知らない農夫を恐怖さえ知らない狂戦士へと仕立て上げた。
「人の心につけいるのは、闇の魔法が得意とするところかもしれない。
闇の魔女が扇動した狂乱の民衆も、仲間の倒れた屍を踏みつけて進むような集団だったと記述されている」
「しかし、それならば神官長をわざわざ殺さずとも、己の手駒とすればいいのではないか?」
「たしかに、闇の魔女ほどの力があれば、一目で人を魅了して、自在に操ることも出来たかもしれないね」
闇の魔女と言われるほど彼女の力は強かったのだろう。でなければ、戦ったこともない民衆を、恐れ知らずの狂戦士に仕立て上げることなど出来ない。
「今回の術者にはそれほどの力はないと?」
「というよりね。相手が腐っても神官長だったってことだよ」
史朗が“腐っても”と言ったのは神官長達それぞれに、後ろ暗いところがあるからだ。金に女に男……は、あんまり想像したくない。いや、偏見はない。ヴィルタークと自分だってそうといえばそうだし。
だけど、自分の場合別に男が好きなわけじゃなくて、ヴィルがヴィルだから……と、さらに恥ずかしくなりそうなので、史朗は考えを切り替えた。
今はそれより、闇の精神魔法だ。
「神官長となれば、いずれも強い神聖魔法の使い手だ。魔力だって高いよ。そういう人物は身体の拘束ならともかく、精神まで完全に縛りつけることは不可能だ。どこかで破綻が出る」
「ああ、なるほどな」
ヴィルタークも神聖魔法の使い手であるから、わかるとうなずく。
「それとこれは会派の勢力拡大の権勢欲に取り憑かれた四人の神官長はともかくね。篤い信仰や信念を持った人物ならば、一時的な身体の拘束も効かないよ。
僕の場合は純粋に魔力故だけど、ヴィルとか、あと大神官長もそうだね」
「なるほど、あの方の信念と信仰心をどうこうなど出来なさそうだ」
「だから、闇の勢力だって寝室の扉に脅迫文は貼り付けられたけど、大神官長を夜明け前の神殿に呼び出してどうこう……なんて出来なかったわけだよ」
そこで史朗はもう一つの可能性も思い当たる。
二人の神官長が呼び出しに応じたのは、知られたくない脅迫の内容もあるが、その脅迫文にも魔術がかけられていたのかもしれないと。
「完全に精神を操る魔法は無理でも、その場所に一人で行かなければならないと思わせるぐらいなら、十分だと思う」
「なるほど、そのうえで身体の自由も奪い心臓をえぐり取ったと?」
「あくまで憶測だよ。結局は、やった本人に聞かなければわからない」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
その日、大神官長の夕餉にヴィルタークと史朗は招かれた。大神官長の居室の小食堂にてだ。
立て続けに二人神官長が陰惨な死を遂げた。その食前の祈りをささげ、三人は静かに食事をとった。とても談笑というような雰囲気ではなかったが、それでも穏やかに話が進んだ。
話の話題は自然に先々代のジグムント大王のことになった。
「私を大神官長にという、お話をおそれおおくも一度はお断りしたのです」
過去を懐かしむように大神官長は宙をみて、つぶやく。
「地方の街の神殿を守り、私は一生を終えるつもりでした。が、ジグムント陛下は私に書簡にて、こう告げられた。
その神殿を守るも、大神殿を守るも一人の神官としての役目にかわりはないのではないか?あなたには人々の信仰のしるべとなってもらいたい……と。
そこまでおっしゃられては、この私の小さな信仰心の灯火とて、お役に立てるならばと、大神官長の大任をおおせつかりました」
アウレリア女神のちょっと残念な正体?を知っている史朗でも、大神官長のその言葉は胸にくるものがあった。この人は本当の意味での聖職者といえるのだろうと。
「猊下、私の告解を聞いてくださいますか?」
そう切り出したヴィルタークに史朗は彼を凝視する。この人が神様に懺悔って、いや、一つ二つそれでもあるのか?
ならば、自分はここにいていいのか?と立ち上がろうとすれば、ヴィルタークに『そのままで』と目で制されて、食堂の豪奢な椅子に多少居心地悪く座り続けるしかなかった。
「なんでしょうか?」とうながす大神官長にヴィルタークはうなずき。
「父の……あえて父と言いましょう。あと余命幾ばくもない病床に呼ばれました。余人を交えず、私と父の二人で」
それはジグムント大王のことだ。ヴィルタークの実の父親。偉大なる大王。その最後の病床にヴィルは呼ばれた。それも人払いをして二人きりで。
「父は私に自分のあとを継ぐか?と告げました」
史朗は思わず息をのむ。それはジグムント大王が自分の次の王にヴィルタークをと望んでいたということだ。
そのときすでに王太子には、大王の孫であるベルント王がいた。だが、ヴィルタークは庶子とはいえ、大王の息子だ。孫よりも王位継承権はある意味上といえた。
まして、そのとき彼はすでに聖竜騎士団の副団長として頭角を現していた。さらには誰がどうみてもジグムント大王の息子であるとわかる容姿だ。
「私は断りました。父は私を他家に実子として預け、私はその養父母を実の父と母と思い育った。
父をそれで恨んでいるわけではない。だが、その養父母の息子として生きたいと、ただの王国の剣でありたいと願ったのです」
王位ではなく、聖竜騎士として国を守る道をヴィルタークは選んだ。それは彼を自分の息子のように愛した養父母の死もあっただろう。
ヴィルタークの出自ゆえに、彼らは隠謀に巻き込まれて謀殺されたのだから。
「病床の父は『そうか』と答えて、私達の話は終わりました」
ジグムント大王はヴィルタークの気持ちを尊重したということだ。
「ところが、私は今、国王代理と名乗っている。王にはならない。これは私の信念です。が、あのときの父のことを考えると、単なる意地を張っているのではないか?と、そう考えなくもない」
ヴィルタークは自分で自分を笑うような、らしくもない微笑を浮かべる。大神官長はヴィルタークをじっと見つめて。
「それでもあなたは王にはなられない?」
「そうですね。それが私の信念です。頑固者だと言われようと」
「ならばそれがあなたのお答えです」と大神官長は返した。
「ジグムント陛下も『そうか』とお答えになった。それも陛下のお答えです」
ヴィルタークは大神官長の言葉に深くうなずいた。史朗はちょっとわからなくて首をかしげたが、訊く雰囲気でもないから黙っていた。
あとでその意味を聞いたならば。
「俺が王に絶対ならないのは、俺にもわかっていたし、父……ジグムント大王にもわかっていた。そう言うことだ」
そう言われた。
「そうだね、確かにヴィルは王様になんかならないって、僕も知ってる」
「そうだ」
「お父さんもわかっていたのに、あえて聞いたってこと?」
「もし俺が王になりたいといっても、大王はそうしなかっただろうな。逆に王の器無しと判断して」
王になれと言っておいて、王になると言ったなら、やっぱりならせない……なんて、禅問答のようだと思った。




