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長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語の続きもハッピーエンドで
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第六話 闇の気配 その2




「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!」

「それ古いんだけど」


 白い空間に立っているといきなり飛び出してきた女神に、史朗は冷淡に言った。


「そもそも用があるなら起きているときにしてよ。睡眠は休息の時間であって、夢の中でややこしい話はしたくない」


 そう、これは夢で本体の史朗はヴィルタークの腕の中ですやすや眠っている。

 この白い空間を作り出したのも目の前のアウレリア女神で、史朗は憮然と腕組みした。


「そうしたいところだけどね。あなたのいる大神殿はけっこうやっかいなのよ。相手に気付かれないように結界を張るのも手間かかるし」

「自分が(まつ)られている神殿で結界?」

「そうね、下手に出現して引きずり込まれては大変だもの」

「…………」


 女神が相手に気付かれないように結界を張らねばならず、さらにどこかに引きずり込まれるなど、ずいぶんと物騒な話だ。


「それはいつからの話?」


 相手は闇の教団とやらなのだろうが、それを確認しないで、話をすっ飛ばすのは賢者のあいだだからだ。あえて確認するまでもない質問は口にもしない。


 しかし、本当の神ではないとはいえ、この世界では人間の上位存在の女神を引きずりこむなど、闇の教団というのは、かなり警戒すべき集団なことも史朗は理解した。

 というか、この大神殿におもむく前に先に説明して欲しかったが生前? より大ざっぱだったこの女神のことだ。うっかり忘れていたとかで終わりそうだ。


「さて、百年前からだったかしら? それとも十年前?」

「ずいぶんと幅がありすぎるじゃないか?」


 ほらこの大ざっぱさだと、史朗は呆れる。


「だって聖女に神託をくだすのだって百年単位なのよ。別に自分が祀られているからって、わたしはこの大神殿に住んでいるわけじゃないし」


 「百年の時間なんてうたた寝していれば、すぐに過ぎるようなものよ」と女神らしい時間感覚だ。


「それで夢でわざわざ呼び出した用事は?」

「相も変わらずせっかちね。前も言ったけど、もっと人生楽しまないと」

「今は十分楽しんでいるよ。ご飯もお茶もお菓子も美味しいし」


 大神殿のものも十分美味だけど、やはり“自分の家”のものがいいな……と思う。そこで浮かんだのは侯爵邸のご飯にクラーラの煎れてくれてる自分好みのお茶で、すっかりあそこが帰る場所になっているんだな……とちょっとくすぐったい気分になった。


 それに赤毛に褐色の肌の女神は「それは良いことね」と微笑む。


「必要な休息も栄養もポーションでまかなえると言った賢者様とは思えないわ」

「あの時はみんなそうだっただろう?」


 崩壊し続ける世界から箱船を旅立たせるために“人生を楽しむ”なんて猶予はなかった。「たしかにね」と女神は苦笑する。赤い髪をかきあげた拍子に、古代風のドレスからむき出しの腕、肘の下あたりまではめられたたくさんの腕輪がしゃらりと鳴る。


「今回、夢の中にお邪魔したのはちょっとした警告よ。『闇はあなたのすぐそばにいる』」

「あいまいな女神様のご神託だなあ。せいぜい、気をつけるよ」


 それでも女神が今夜、夢の中にやってきたことに意味があるのだろうと、史朗は理解した。

 女神様の気まぐれでも、それが上位存在の予感ならばだ。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 朝、起きても史朗はしばらくぼんやりしていた。


「よく眠れなかったのか?」


 ヴィルタークが史朗の髪をなでる。大きな手、長い指の感触に、史朗は猫のような目を細めて「おはよう」と言えば「おはよう」と低い美声が耳をうつ。腕枕、耳を胸に当てるような形になっているから、頬にもそれが響く。


 史朗は起き上がろうとして、それをやめてぺたぺたとヴィルタークの胸を夜着の上から触る。少しはだけた布の下には、史朗だけにしか見えない、光の魔法紋章がある。


 この世界に召喚されたときに、史朗は事故(というべきだろうか?)によって、叡智の冠以外のすべての魔法紋章を手放すことになった。それで魔力ゼロでこの世界に放り出されることになったのだが。


 風に土に火に水、四大元素の紋章は回収して、史朗の身の内にある。そして、かの魔法王というか魔王復活を阻止するために、利用された光と闇の紋章を対消滅させたからだ。


 そして、史朗の光の紋章はなぜかヴィルタークの胸にある。闇は失ったままだが、こちらも別に時間をかけて作り直せばいいことだと放置していたのを、史朗は少し後悔していた。

 闇を失っている自分は賢者として完璧ではない。それで女神アウレリアも警戒するほどの、闇の教団とどこまで対抗できるのか? と。


 この人を守れるのか? いや絶対守るけどと、史朗がヴィルタークの広い胸板をあいかわらずなでなでしていたら、その手を捕らえられて、手の平に唇を押し当てられた。


 「するか?」と低い声と手の平に感じる唇の動きに赤面して「しません」と答える。朝から予定があるんだから、当然、本気ではないんだろうけど。


「気をつけて」


「なにかあったか?」

「女神様が夢に出てきてね。『闇はあなたのすぐそばにいる』ってさ」

「それは警戒すべきだな」


 普通ならば、それは誰だ? とか不明確すぎるとか言うところだが、それをそのまま受け入れるのが、この人らしいと思う。


 そして。


「お前も気をつけねばならないな」

「どうして?」


 逆に自分のほうが訊ねてしまった。ヴィルタークは史朗を腕に抱いたまま起き上がりながら。


「お前に対して女神が言ったのだろう?」

「あ、うん」


 そうだった。自分も対象に入っていたのだった。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 午前中はヴィルタークと別行動となった。大神殿の周りには街が広がっており、その市長との会談が国王代理であるヴィルタークにはあった。

 賢者である自分も同席してもいいのだが、別の用事を済ませたかったので外させてもらった。


 大神殿に付属する図書館。その閉鎖書庫の探索である。当然禁書も含まれる。


 これには四人の神官長が難色をしめしたが、大神官長の「賢者殿ならばご覧になられても大丈夫でしょう」とのひと言で許可が下りた。四人の神官長はそれでも不満げに史朗を見て、聖ワシリイ会の神官長などは小声で「くれぐれも内容は余人に漏らさぬように」とくぎまで刺してきた。


 闇の教団について探られたことをよほど警戒しているらしい。というか、こんなにあからさまに警戒してますと表すなど、やっぱりどうにも底が浅いな……とも史朗は感じる。


 図書館にて司書の一人である修道僧に案内されて地下へと。カギの束をもった司書は錠前のかかった扉を二度くぐり、最後にはあからさまな鉄格子の扉をあけた。「自分はここから先に入ることは許されていませんので」と断る。


 史朗が中へ入ると、護衛としてついてきた聖騎士、そのうち一人はクラーラの弟のヨルンだ。それに修道僧は「護衛の方もここでお留まりを、禁書庫の中にはいることを許されているのは、賢者様のみです」と告げる。


 それにヨルンが「いや、自分達は賢者様の護衛ですから」と修道僧に反論しかけるのに、史朗は「かまわないよ」と鉄格子の扉の中へと入り、振り返る。


「しかし、シロ様」

「入り口はここしかないんだ。君達はここで待っていてくれればいい」


 そう史朗が告げれば聖騎士二人は顔を見合わせて「わかりました」と答えたのはヨルンより年長のもう片方であった。「なにかあったらすぐに呼んでください」というヨルンにうなずいて、史朗は中へ入る。


 書庫はそう広くはなかった。積み石の壁に高い木の書棚が並ぶ。革張りの本がずらりと並ぶ棚の奥は、巻物となった羊皮紙が詰まれた棚がある。


 これだけの山から目当てのものをどうやって探し出すか? といえば、それは叡智の冠を働かせるしかない。カンと言われればそれまでだが。


 詰まれていた巻物の三段目から引き出したものは、当たりだった。

 それは第二王国期と第三王国期の間。暗黒と呼ばれる戦乱の二百年間のあいだに生まれた、邪教……とアウレリア女神の神殿は断じているが、その記録だった。


 今までも他国で信じられている神々はあったが、巻物の半分の記述を占めていたのは、闇の教団に関してだ。


 闇の存在は禁忌であり、この教団は戦乱の時代であっても、どの国でも迫害の対象だったようだ。それは戦乱の時代が明けて、第三王国期となればなおさら。


 再び大陸全土を統一することはなかったが、大陸の盟主となったアウレリア王国にしたがい、アウレリア女神を他の国々も奉じた。光の女神アウレリア。闇は当然忌むべきものだ。


 教団への弾圧はますます激しくなり、異端とされて処刑された者は数多く、その根は根絶されたと思われたが……。


 羊皮紙の末に継ぎ足しで追記があった。それは緋の聖女に関しての異聞を知らなければ、謎の文章といえるだろう。赤い文字で書かれているのが、また鮮烈だ。


 闇の教団は消えておらず、彼らは数人に別れて散り散りとなり、お互い連絡を取らずにその教えを伝え続けた。


 闇の魔女はその者達の末裔なり。彼らは人の心を操り人々の中に潜む。油断することなかれ、闇は常に我らのなかに紛れている。


 なかなかの警告の文章だと史朗はあごに手を当てた。


 そして、闇の教団はいまだ静かにどこかに潜伏しているのだろうか? お互い連絡を取らず、少人数でその邪法を伝承し続けているとしたら、たしかにやっかいだ。

 その邪法の一つが、かの魔法皇帝に伝わったのだろうか? 人の生命の源たる血を結晶化した、闇の魔法。


 ひょっとすると先の魔法王の復活もまた、闇の教団の……とは考えすぎか。あれは人の心の闇に潜み続けた魔法王単独のものだと、ヴィルタークも史朗もその後の調査で確認している。聖女召喚に関わったということで、ゲッケ以下の宮廷魔術師達も取り調べられたが、彼らもまた関わりはなかった。


 そのとき、ふと感じた気配に、史朗は巻物から顔をあげた。


 しゅるりと自分に迫る、なにやら長細いもの、それが首に巻き付こうとした瞬間に、ばしりとはじかれて床にと落ちた。


 史朗はそちらに顔を向けて、見なければよかったと後悔する。それは闇色の蛇だった。蛇は苦手なんだよな……と心の中で悲鳴をあげるが、同時に詠唱もする。


 ふわりと浮かび上がるのは風と土と火と水の魔法紋章の球体。それが史朗の周りを小さく囲んで結界をつくる。


 すでに周りは漆黒の闇に覆われていた。禁書庫の空間から完全に切り離された空間だ。


 じわり……とその闇が迫るが、史朗の張った結界にはじかれて、それ以上は小さくはならない。とはいえ、いつまでもここにいれば水も食料ないのだから、史朗の体力も尽きて結界も破れてしまうが。


 が、すぐに救いは訪れた。光輝く手が闇を破り、史朗に伸びて腕を掴んだのだ。ひっぱり出される。


「気をつけろと言っただろう」


 ヴィルタークが史朗を抱きしめる。走ってきたのだろう。息を乱している。史朗は「ゴメン」と素直にあやまった。


「来てくれて助かったよ」


 自分の目には、聖竜騎士団の濃紺の制服越し、ヴィルタークの胸に輝く光の紋章が見えていた。







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