表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語の続きもハッピーエンドで
50/60

第五話 大神殿の人々 その2




 大神殿へと入る者への聖なる祝福の儀式のあと、ヴィルタークと史朗は、大神官長の宮殿へと招かれた。王都にある王宮のような大きさはないが、その内装の豪奢さでは、負けていない内装だった。


 金泥に白塗りの壁。描かれた当代随一の巨匠だっただろう画家に描かれた天井画と、これが大神官長とはいえ、聖職者が暮らす館か? と思うほど。


 なるほど、大王とよばれたジグムントが、聖職者があまりに現世の権力を持ちすぎることを危惧し、これを抑えようとしたはずだと史朗は納得した。


 実際、神官達は政治からは遠ざけられたものの、信者からの寄進で資金力は潤沢なのだと聞いている。それを各地にある孤児院に施療院などの経営や、貧民への施しなどをしているといるというが、ムスケルいわく「それで資金の八割は追えるんだが、あとの二割はどこにいったんだろうね?」とのことだった。


 神殿への寄進は当然無税であり、神殿へも税をかけるなど、女神への冒涜と言われてしまえばそれまでだから、さすがの大王ジグムントも、聖職者を政治から締め出すことは出来ても、その金の流れにまでは口出し出来なかったわけだ。


 それを大神殿に向かう前にムスケルに告げられた史朗は「僕が追い掛けるのは闇の教団であって、金勘定は宰相であるあなたの仕事でしょ?」と返したが。


 しかし、王侯が暮らす館並みにこの豪奢な宮殿を見ると、たしかにどこから金が出ているのか? とは探りたくなるな……とは思う。


 宮殿の大サロンに招かれて、金泥の花や鳥で飾られた暖炉の前に置かれた長椅子に、ヴィルタークと並んで座る。こちらも金泥で縁取られた、白地に金の女神を表す花模様が織り込まれたものだ。ふかふかで座り心地がいい。


 お茶をこよなく愛するアウレリア人なのは、神殿でも変わらず、温かなお茶が出された。こちらのカップもまた金の縁取りに、見事な絵付けがされていて、ヴィルタークの家のカップも高そうだけど、それと同じぐらいかな? とか、やっぱり神殿の懐事情を考えてしまう。


 黄金の祭儀用の服を脱いで、白の長衣に着替えた大神官長が部屋へと入ってくる。ヴィルタークが立って迎えようとするのに、史朗も従おうとすれば「そのまま」と大神官長アナクレトゥス二世が柔和な笑顔で制する。


 彼は二人の反対側の椅子に腰掛ける。四人の神官長達もぞろぞろついて来ていたが、彼らは少し離れた壁際の椅子に腰掛けた。他のお付きの神官達は大神官の椅子の後ろに立ったままだが、こちらの護衛のもヴィルタークと史朗との後ろに立ったままだ。


 こういう窮屈さというか仰々しさにも、慣れるしかないよね……と史朗は思う。


「よくぞいらしてくださった、陛下……いや、国王代理殿とお呼びしたほうがよろしいのかな?」

「はい、私は王ではなく、王の責務を担うものです、猊下」


 この国の最高位の聖職者を前に、ヴィルタークの一人称も改まっている。それに史朗も少し緊張した。


 大神官長は次にこちらを見て。


「初めてお目にかかりますな、異世界の賢者殿。アウレリア女神の召喚にお応えくださり、この地に降り立ってくださったこと、女神様に仕えるものを代表して、感謝いたします」


 大神官長が頭を下げるのに、他の神官長と神官達が頭を下げる。史朗もそれに応えるように胸に手を当てて一礼した。これが立っていたならば、マントをもう片方の手でひろげて、片膝を軽く折るところだが、座っているので簡易の挨拶だ。


「いえ、異世界人である私をこころよく受け入れてくださったみなさまのお心、こちらこそ感謝いたします」


 史朗もこんな場所では一人称を改める。異世界に放り出されたときは、魔力ゼロのゴミと言われたとか、みんな無視してくれたとか、拾ってくれたのはヴィルタークだけだったとかあるけど。


 まあ、これはヴィルタークへの感謝だと思えば、素直に口に出来ると思っている。「この世界の皆様方はみんなご親切で」とこれも社交辞令でよく口にするのが、その皆様というのはヴィルタークと彼の館の使用人に聖竜騎士団の騎士達と結構たくさんだな~と思っていたりする。うさんくさい宰相のムスケルをいれるかどうかは、ちょっと首をかしげたくなるけど。


 そして大神官長は満足そうにうなずき「お二方ともよくぞはるばるこの大神殿までいらしてくださいました」と続けて。


「国王代理殿の聖人への列聖の儀式と、賢者殿の名誉神官長への聖別の儀式を続けて行えるとは、喜ばしい限りですな」


 好々爺の顔で微笑する大神官長に、史朗は面食らった。自分達は散々断り続けていたのに、どうしてそういう話になってる? と絶句するしかなかったが。


「失礼ですが猊下。なにか手違いがあったようで、私は国王代理として、旧神殿にて女神アウレリアへの誓いをしにまいりました。玉座に座らず王冠は頭にいただかず、王とならずとも、国の代表としての責務は果たすと。

 私はまだ国王代理として歩み始めたばかり。聖人などという器ではありません。それは私の死後に神殿が評価されてなされるべきでしょう。

 このことに関しては光栄なことなれど、固くお断りします」


 ヴィルタークが落ち着いて大神官長にそう返した。

 そう大神殿にはあくまで国王代理として、旧大神殿にての新王の宣誓の儀式をすると、そう伝えてあったのだ。


 もちろん大神殿に行けば当然、ヴィルタークの生前聖人列聖と史朗の名誉神官長の話をしつこく言ってくるだろうと覚悟はしていたが、こんな不意打ちとは。


 あとでヴィルタークが「よくあることだ」と苦笑して。


「あのまま大神官長に恥はかかせられないと、俺達が受けることを期待していたんだろう。王都の神官達が勝手に報告したのか、それとも大神殿共々グルだったかはわからないが」

「そういえば、僕の世界でもいきなり法王、こっちの世界でいう大神官長だね。それに王冠を頭にいきなり載っけられて、神の国を守護する皇帝になれってやられたのがあったような……」


「なるほど、俺も不意打ちに王冠を被せられないように気をつけないとな」

「必要なら、ムスケルさんあたりもやりそうだけど」

「あいつも要注意ではあるな」


 とんだとばっちりだ! と王都をあずかる宰相が聞いたら言いそうだった。







 ヴィルタークが自分の列聖をはっきり断れば、大神官長は「ほう」と不快そうではなく、純粋に驚いたという顔をした。四人の神官長達が同時になにごとか言いたげな顔をしたが、それを大神官長は彼らを見て視線だけで留めた。さすが大神官長というべきか。


「では、異世界の賢者殿はどうですかな? あなた様だけでも、名誉神官長の聖別をお受けいただけませんかな?」


 今度はこちらにきたかと大神官長の穏やかではあるが、意思の強い瞳に見つめられて、史朗は内心でふう……と息をつく。先にヴィルタークが自分の聖人列聖を断り時間を数旬でもかせいでくれたから、当然こちらにも訊かれるだろう、と心構えは出来ていた。


「猊下、こちらの世界には賢者はいません。ですから、皆様方はなにをもって賢者というか、ご存じない。そうですね?」

「たしかにこちらの世界には魔術師はいますが、賢者殿ほどに魔術を極められた方はおりませぬな」


「賢者というのは生まれながらに持っている叡智の冠に、火、水、風、土の四大元素、それに光と闇の表裏の魔法紋章を体内に持つものをさします。

 つまり賢者は禁呪とされている闇も、その内で飼うのです。

 光の女神に闇を持つ賢者は相応しくないでしょう?」


 “闇”と訊いて、大神官長はともかく他の神官達の顔にはかすかなおびえが瞬間浮んだ。この世界では闇の魔法とは最大級の禁忌だ。百年前の魔法帝国が起こした人々の生命力を血の結晶とし、それを魔法兵器とした、闇の禁呪は記憶に新しいだろう。


 まして、先頃はその魔法皇帝がしつこく蘇りをねらって、さらには魔王となろうとして、アウレリアの玉座の間を吹き飛ばしたことも、この大神殿に話は届いているはずだ。

 その魔王になりかけを倒したのが、ヴィルタークと史朗なのだが。。


「それに賢者というのは、火と水、風と土、光と闇と相反するすべての要素の真ん中に立つ、中立の立場なのです。

 どの神も尊びますが、しかし、どの神も信奉することはない。

 その中庸の者としては、名誉と言われても神官長になることは出来ません」


 つらつらとまあ自分でもよくも、賢者らしく並べられたものだと感心する。前の崩壊した世界では、そもそも宗教なんてなかったから、なにを信じるも信じないもなかったが。


「なるほど二人の意思は固く、その言葉もまた高潔さに満ちあふれたものです。逆にそれほどの黄金の魂を持つ方々を聖人と名誉神官としてお迎えしたいところなれど、ここはそのお気持ちを大切にすることにいたしましょう」


 大神官長は柔和な微笑みを浮かべてうなずいた。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 とりあえず生きながら聖人となることも、名誉神官長なんてめんどくさいものになることも回避は出来た。


 しかし、次にまたやっかいごとが待っていた。

 宮殿内の二人の宿泊する部屋だ。


 ヴィルタークの部屋が北翼の二階ならば、史朗の部屋は南翼の二階と案内された。

 端と端もいいところだ、それに。


「あ、僕……いや、私と国王代理は同じ部屋でいいです」


 大神官長が去った大サロンにて史朗は口にして、内心で『しまった』と思った。四人の神官長達が驚きに顔を見合わせている。


「たしかに、私と賢者殿の寝室は一緒でかまいません」


 ヴィルタークがこれに平然と付け加える。やはりこの人は大神殿だろうとなんだろうと、自分達の関係を隠すつもりなどさらさらないらしい。というか、いつも堂々としていて頼もしく思ってしまう。


 実際ヴィルタークの態度に四人の神官長は反論も忘れて「かしこまりました」と告げたあとに、あとの二人がハッ! とした顔となる。


「しかし、賢者殿のお部屋もすっかりご用意しているのです。こちらをそのままにしておくのは、私達の名誉が」


 名誉? と史朗は首を内心でかしげた。もう一人の神官長もまた「たしかにこちらのお部屋にも来ていただかないと」とこの世の終わりみたいな顔をしている。


 逆に残りの二人の神官長はいかにもな笑顔で「いやいや、国王代理殿のお部屋だけでよろしいと言われているのですから」「よいではないですか」などと「さっそくお部屋に」と急いでいる風でさえある。


 それにヴィルタークがあごに手を当てて考え。


「わかりました。今日は私のために用意していただいた部屋を賢者殿と使うことにして、明日は賢者殿のために用意された部屋に二人とも移りましょう」


 そう答えた。つまりは日替わりで移動するというのだ。なんでそんな面倒くさいことをと、史朗は思ったが、とたん顔色を変えていた神官二人は喜びの顔となり、逆に今の今まで満面の笑みだった二人の表情が曇る。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




「あれどういうこと?」


 ともあれ、今日の宿? である国王代理のための部屋に落ち着いた。寝室へと続く居間にはいってすぐに、史朗が訊ねれば。


「神官四人の担当の部屋がそれぞれ、国王代理と異世界の賢者の二つに分かれているということだ。

 片方だけを使われては、他の二人の神官の派閥の面子がつぶれるということだな」

「派閥?」

「そうだ。この大神殿に神官長が四人いるのは、派閥が四つあって、常にせめぎ合っているからだ。もちろんこの大神殿だけでなく、大陸全土の神殿で繰り広げられているのだがな」

「清らかなはずの聖職者様が派閥ね。なんて面倒くさい!」


 宮殿と同じくこの大神殿も伏魔殿だと、史朗は思った。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ