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長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語の続きもハッピーエンドで
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第五話 大神殿の人々 その1




 女神アウレリアの大神殿は、大陸にそびえる霊峰オンハネスの南の麓にある。神殿の創設は第二王国期からと古く、三百年の戦乱の中にあっても、女神の威信と加護によって、この神殿は守られてきた。


 建物の中心は第二王国期に立てられた古い神殿を内に囲むように建てられた大神殿だ。

 白亜の神殿は第三王国期の初め、アウレリア王国を再興した最初の聖竜騎士にして、英雄王ジグムントが建てた。という話だ。そう、先々代の国王で大王と呼ばれた偉大なる王ジグムントと同じ名前である。


 その大神殿の周りには歴代の国王が寄進した小神殿に、修道院に神学校、大神官長のための宮殿がある。そして、建物に囲まれた大神殿前に列柱で囲まれた円形広場があり、祝祭の日などは信徒達がアウレリア国内のみならず、国外からの巡礼者も集まりいっぱいとなる。


 広場に立つ列柱の上には歴代の聖女達の彫像が並び、大神殿の入り口近くの三つの柱はもちろん、三大聖女と呼ばれた、竜の聖女、緋の聖女、一番新しい光の聖女のものだった。







 RuRuRuRuRuuuuuuuuuu

 Hoooooooooon!


 白亜の大神殿の青い空に響き渡る、飛竜の鳴き声。先頭を行くのは王者の竜とよばれる白い二頭だ。それも雄と雌というのはなんともめでたいと、広い円形広場の半分に詰めかけた民衆は、天を仰いで思わず手を合わせる。


 そして大神殿の前の広場の半分、出迎えの神官達が並ぶ前に、飛竜が降り立つ。大きな白い飛竜に、二回りほど小さな白い優美な飛竜。そして、その背後には護衛の聖竜騎士の赤と青、緑の十頭の竜が並ぶ。


 飛竜の背から降り立った、黒に近い褐色の髪に、濃紺の瞳の美丈夫の堂々たる姿に、人々は歓声をあげた。王都であったとしても王の姿をこのような間近で見ることなど、一生のうちあるかないかだ。彼は国王代理を名乗っているが、民衆の感覚すれば、王様そのものだ。


 その衣が豪奢な王の服ではなく、聖竜騎士団長としての濃紺の制服と長いマントの姿であっても、そこに立っているだけで、彼には王者たる威厳と風格があった。


 その国王代理が手を差し伸べて、二回り小さな飛竜の背から降り立った小柄な姿にも、人々は注目した。少年の姿は国王代理の濃紺とは、対照的に臙脂の色の意匠は聖竜騎士団と揃いの制服のものだ。国王代理にして騎士団長のマントは長いものだが、こちらは腰丈までの短いもので、そのほっそりとした妖精のような姿に似合って軽やかである。


 なにより目を惹くのは、肩を過ぎたあたりぐらいの艶やかな黒髪だ。それが卵型の形の良い顔の輪郭を縁取っている。白い乳色の肌に、長いまつげで縁取られた、黒曜石のような黒い瞳。そして、小さくも花咲くように愛らしい薔薇色の唇と頬の血色。


「あれが賢者様? ずいぶんとお若い」

「白い雌の飛竜に乗ってこられたんだ、間違いない」

「こう言ってなんだけど、国王代理様と並んでいると、よくお似合いで」

「あの御髪(おぐし)見られた? 横の毛は綺麗に編み込まれて、あの紫水晶の髪飾りも素敵」


 そんな声も聞こえて、今回の大神殿行きへの供を命じられた、聖竜騎士の一人が無意識に胸を張った。クラーラの弟のヨルンである。


 彼はヴィルターク邸に仕える姉であり、史朗付きのメイドのクラーラからの使命? を受けて、この供をしていた。その使命とは賢者殿の艶やかな黒髪を維持し、毎日整えることである。今日は大神殿にいよいよ到着という日なので、姉から伝授された髪結いの技法を思う存分、ふるわせていただいた。


────賢者様のお美しいお姿とともに、御髪もまた好評ですぞ! 姉上! 


 彼は心の中で密かに王都にいる姉にさけんでいた。






 史朗はヴィルタークと並んで、神官達の出迎えを受けた。にこやかな笑顔の彼らに、微笑を浮かべて無難に儀礼を返す。その自分にずいぶん慣れちゃったな……と思う。


 正直、今でも人の多い場所に苦手意識はあるのだ。なにしろ元の世界では半分引きこもりだったわけだし、前世の賢者だって似たようなものだった。


 だけど場数を踏めば慣れるというものだ。国王代理であるヴィルタークの隣で異世界の賢者である自分が儀式や各国の使節からの挨拶を受けるのが当たり前になってしまった。


 それもヴィルタークとムスケルの計算と分かっている。自分を実質、王妃代理とすることで、その座に己の娘や孫を押し込みたい貴族達に対しての牽制となる。


 いや、ヴィルタークは微妙に違う、牽制なのだ。牽制は牽制なのだが。


「お前は俺の伴侶だろう? 美しい伴侶を自慢してどこが悪い?」


 と、にっこり微笑まれて、顔から火を噴くかと思った。まったく、いつだって抜ける青空のような大きな心の男は、大真面目にかつ正直に愛の告白をしてくるので、こちらのほうがもだえるように恥ずかしくなる。


 結局「ぼ、僕もヴィルが一番かっこいいと思っているし、好きだよ」と返してしまう、史朗も史朗なのだけど。


 主だった神官長四人と挨拶をかわしたあと、大神殿のなかへと誘導される。神官長達四人が先に立ち、ヴィルタークと史朗を挟むように、他の神官達が後に続く。護衛の聖竜騎士達はさらにその後ろにつく。


 白い石造りの神殿は高い天井に丸く大きな列柱が並ぶ。どこかで見た光景だと思ったら、崩壊する前の玉座の間に似ていると思い出す。


 白い列柱が両わきに並び、白い石畳の道が真っ直ぐに続く。人が大勢いた円形広場もまた白い石で出来て列柱と聖女の石像が並ぶ厳かさがあったが、神殿の中に入れば、信者達はなおさら女神の御座所にだんだんと近づくのに、高揚した気分になるだろうことはわかった。


 最奥には大きな黄金の扉がある。左右の扉は格子で四角く分けられて、その四角い一枚一枚の黄金の板には精密な浮き彫りが描かれていた。それは第一王国期の神話だ。世界の滅びから始まり、七人の賢者が人々を箱船に乗せて、エァーデボーデンと呼ばれるこの大陸に降り立った。そこまでの。


 その黄金の扉の向こうに、第一王国期に作られた、最初の女神の神殿がある。しかし、この扉が開かれるのは国王の代替わりの儀式のときのみとなっており、普段は禁足の地となっていた。


 黄金の扉の前には大神殿の祭壇が作られており、その前に黄金の衣装と冠をかぶった大神官長が立っていた。髪もひげもまっ白で痩せ型の、いかにも人格者らしい老人だ。ただし中身まではわからないが。


 ヴィルタークと史朗の前を行く、神官長四人が祭壇の両わきに二人ずつ所定の位置へと。後ろに続いていた神官達は大神殿の長い通路を歩くにつれて、二人ずつ左右に別れて、それぞれ列柱の前に立っていた。


 祭壇の前にヴィルタークが歩みよれば、大神官長は脇へと移動する。史朗もまた先に教えられた作法通りヴィルタークと並んで歩む。


 これが王妃ならば王よりも一歩後ろに従うらしいが、ヴィルタークが「お前と私は対等で、異世界の賢者の地位には誰も並び立つことはないのだから、肩を並べて祭壇へ」と言われていた。


 祭壇の前にヴィルタークが片膝をつくのに、史朗もまた同じく片膝をつく。並んで頭を垂れる。その後ろに少し離れて護衛の聖竜騎士達もまた同じ姿でひざまづく。


 そこに大神官長が朗々とした声で古代アウレリア語で言葉を唱える。四人の神官長がそれに続き、さらに列柱の前に並ぶ神官達が続いて唱和した。


 旋律を持つその響きは高い天井にこだまして、楽器はなくとも美しい音楽のようだった。

 頭を垂れる二人に向かい、大神官長が女神の祝福を与える指の形をとり、その頭上にかかげる。


 後ろについてきた護衛の騎士達には、神官長達が祭壇から歩み寄って、頭を垂れるその上で同じように祝福をあたえた。






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