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長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語の続きもハッピーエンドで
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第三話 謝りのカードとハムとチーズのサンドイッチ その1




「やっ…あっ! ヴィル……」

「……本当に嫌か?」


 ささやくかすれた声。汗に濡れた額にいつもはあげている髪がおりていて、そんな夜の顔は自分しかしらない。


「や…じゃ…ない……」

「そうか」


普段の彼ならば史朗の身体を気遣ってここまでしない。正直つらいけど、その深い蒼の瞳にやどる炎に、なにも言えなくなってしまう。

 自分達の見合い話だけではない。国王代理として常に様々な問題が日々起こるのだ。(まつりごと)にうとい自分はせいぜい魔法のことで相談にのるしか出来ない。それから、こうやってそばにいることしか。


彼の眉間にしわがよるのに指をのばして広げるようにするのが、最近クセになってしまった。今も反射的に汗に濡れた前髪をかき分けるようにしてそうしていた。

 前髪をあげているときは精悍で二十五の歳より落ち着いてみえるけど、おりていると年相応に見える。それに野性味があって背筋がぞくぞくして、そんなヴィルタークも好きだと思う。


「ずっと……ね…そばに……いるか…ら……」


 男の広い背に手を回し爪を立てながら、途切れ途切れ言えば「離さない」と短く返ってくる。ぎゅっと包み込むように抱きしめ返される。

 いや、それは史朗をがんじがらめにするようでいて、どこかすがるみたいだった。自分の薄っぺらな胸にひたいを押し当てるみたいにして、史朗はヴィルタークの少し固めの髪を、子供にするみたいになでる。


 いつもと逆だな……と思いながら。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 朝、じゃなくて昼近く。目覚めるとヴィルタークの姿は当然なかった。


 昨夜のように無茶した翌日は、史朗の起床はだいたいこれぐらいの時間になる。国王代理として忙しいヴィルタークは当然、先に王宮へと行っている。

 身を起こせば枕元にカードがおかれていることに気付いた。白のシンプルなカードに、庭の咲きかけの白い薔薇が一輪そえられている。たぶん朝早くに起きてヴィルタークが手ずから切り取ったのだろう。


 カードを開けばそこには端正で力強い筆跡で「すまない」とひと言。これは昨夜ひどくしたことの謝罪なのか、それとも一人寝台に置き去りにしたことなのか。その両方だろうか? 


 昨夜、くたくたになって意識も落ちかけているなか、かわした会話を思い出す。


「明日から三日、王宮に来なくていい」

「……それは国王代理命令?」

「そうだ」


 「……どうして?」と落ちそうになる意識を叱咤(しつた)して訊ねた。それは唐突な三日間の休暇じゃなくて。


「ヴィル……自分に怒ってた?」


 人の気持ちなんかわからないが、それでもこの人のことは多少わかるようになった。それに「ふ……」と彼が切なそうな表情で苦笑した。


「お前には敵わないな。俺やムスケルの見合いのことはいいんだが」


 ヴィルタークの長い指が史朗の黒髪をすくように撫でる。彼は自分のこのすんなりした髪をいたく気に入っているようで、だから「伸ばさないか?」と言われたときに、素直にうなずいてしまった。


「お前まで巻き込まれるとはな。そんなことは分かっていたはずなのに、お前だけは別の場所においておけると思っていた。俺の甘さだ」


 これは史朗に持ち込まれた見合い相手への嫉妬ではない。ヴィルタークは史朗を政争の外へと置いておきたかったのに、結局巻き込んだと思っているのだ。


「……でも、僕がヴィルの横にいるなら仕方ないじゃない」


 国王代理のそばにいればかならずそうなる。ヴィルタークも「ああ」とうなずいた。彼だってわかっていて、それでも史朗を守りたいと思ってくれているのだ。


「三日でなんとかするんでしょ?」

「してみせる」

「じゃあ、僕……大人しくお家でお留守番……してる」


 それ以上頑張っていられなくて、史朗は眠りについたのだけど。




「わざわざこんなカードなんて、あの人らしくもない」


 トゲが綺麗にとられた白薔薇の香りを楽しみながら、史朗はカードに書かれた文字をなぞる。


「お返ししなきゃね」


 ちょっとけだるい身体でベッドから起き上がり、史朗が向かった先は。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




「珍しい昼だな」

「うまいぞ」


 王宮。王の代理の執務室。用事があったムスケルは昼の時間と知りつつヴィルタークを訊ねた。昼餉だからと今さら遠慮する間柄ではない。

 その国王代理殿がかぶりついているのは、ハムとチーズを挟んだパンという単純なものだった。


 侯爵家から届けさせた昼にしては、ずいぶんと質素というか単純だ。あの家のコックは腕のよさはよく知っている。彼のものならもっと凝ったものになるはずだ。


「シロウが作ってくれたんだ」

「ノロケか?」

「そうだ。伴侶の手料理だ。とびきりうまい」


 最後の一切れを手にとって、それも二口で食べてしまうのにムスケルが「あああ」と声をあげる。健啖家の彼らしく二人前はあるだろうバスケットの中はすっかり空だ。


「一切れぐらいくれてもいいじゃないか」

「誰にもやるものか」


 「君、伴侶のこととなるとおもいっきり狭量だな!」そんなムスケルの言葉を聞きながら、ヴィルタークがするりと指を滑らせたカードには。


「愛しあった朝にゴメンなんてやめて」


 と書かれてあった。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 さて、その日から国王代理殿自らの伴侶の賢者の身辺整理が始まった。


 本来の執務を滞らせることなく、その合間に呼ぶのはいかにも彼らしい。それも史朗がお茶会やら食事やらに誘われた、頭から順番にというのがまた、ヴィルタークらしい生真面目さだ。

 そして、なにごとか? と緊張の面持ちの顔で国王代理の執務室に呼ばれた彼らが言われた言葉は、我が伴侶に誘いをかけるなという直接的なものではなく。


「あれも俺も色々と忙しく都合が合わないが、今度誘うならば共に誘ってほしい」


 というものだった。


 その言葉に大半の貴族達は恐縮というより戦慄した。あの賢者に自分が誘いをかけたことなど、国王代理殿はすでに把握済みなのだと。まして口許には微笑は浮かべているが、その濃紺の瞳の迫力たるや、すこしも笑っておらずこちらを見据えている。


 俺の伴侶に手を出すなという魔王? のような低い美声が聞こえてくるようであった。


 なかには二人ご一緒に招待ならばいいのか? それも賢者殿だけではなく国王代理殿もならば、そのどちらかにうちの娘達にも機会が、いやもしかしたらそれぞれに気に入ってくださるかも……と都合が良いことを考える者もいたが。


 そこは戻ってきた参議の詰め所で、ふらりとやってきた宰相殿が、上流階級御用達の新聞……本日の王の代理殿や賢者殿の日程から、紳士淑女のお誕生日、果ては○○男爵夫人と○○伯爵夫人の夜会での取っ組み合いのケンカ? 原因は二人のひいきの男優!? ……つまりは真面目なものからあることないことの醜聞まで扱う、それをぺらぺらめくりながら。


「二人一緒に招待したら、ずっと一緒にべったりいて、一緒に踊って、一緒に笑い合って、結局、砂糖つぼ一杯のみ込んだ気分になるだけだぞ」


 との言葉に、たしかにそうだと浮かれた気分もぺしゃんこにされて、みんなとぼとぼと宮殿をあとにしたのだった。

 そんな面談も、一日目はともかく二日目ともなれば儀礼的となる。とはいえ国王代理の呼び出しを断るわけにもいかず、三日目の参議の詰め所にはなんとも言えない空気が流れていたとか。

 さらにはとどめは、その三日目。今まで呼び出した全員の邸宅に、招待に応じられない詫びとしてと、菓子折が届けられたのだ。



「まったく徹底してるな。配った菓子が、蜂の巣型のパイとはな」

 その三日目の王の代理の執務室。自分の館にも朝一番に嫌みみたいに届けられたそれを見て、ムスケルは顔をしかめたものだ。贈答品として一番大きいだろう木箱にぎっしりと収められたそれは、大変味はよかったが。


「うちの料理人が腕によりをかけて作ったものだぞ。それは張り切ってな」

「そりゃ張り切るだろう。お仕えする旦那様と奥様の引き出物だ」


 そう、蜂は多産と豊穣をあらわすことから、蜂の巣型のパイというのは婚姻の引き出物に用いられるのだ。つまりはそういうことだ。

 うちの伴侶にちょっかいかけるのはやめてもらおうか? とやんわり注意したうえに、とどめに引き出物のパイを送りつけたのだ。この男は。


「シロ君のことに関しては、なりふり構わんと思っていたが、ここまではとはな」


 ムスケルは「だが」と続けて。


「諦めない奴は諦めないぞ。いや、むしろぶり返し続けるというべきか」


 しばらくは史朗のことだけでなく、あれだけ寵愛されているならと、ヴィルタークの見合い話もおさまるだろう。しかし時間というのは流れ、人というのは度しがたいほど忘れっぽいものだ。


 またなにか切っ掛けがあればきっと、二人の周囲に結婚話は持ち上がり続けるだろう。愛情と結婚は別という考えが貴族達にはある限り、それはそれこれはこれでお世継ぎを……と考える者はいる。

 それは単に一族の栄達目当てだけではない。


「偉大なるジグムント大王とその血を引く、お前もまた英雄なんだヴィルターク。王家の血が途絶えることを惜しむ者達はいるんだぞ。それが王家への忠誠だと信じてな」


 そしてヴィルターク本人が国王代理を名乗ろうとも、王を渇望する者達はいるということだ。それが偉大な血であればあるほど。


「分かっている。よくもって一年へたをすれば三月後にはまた、俺のところに見合い話はくるかもしれないがもうシロウには指一本触れさせない。

 その意思を示せただけで十分だ」


 そんなことは当然わかっているとヴィルタークはうなずく。ムスケルが肩をすくめる。「ま、いくら見合い話が来たところで、のらりくらりと躱せばいいことだけどな」とは、目の前の悪友だけでなく、己のことも語っていた。


「しかし変人のお前のところにも見合い話とはムスケル。よかったな」

「ちっともよくない。断るのが大変だと言ってるだろう」


 むすりと答えた糸目の参謀は、つぎにニヤリとたくらみの微笑みを浮かべた。


「お前は自分のところに見合いが来ないのはせいぜい三ヶ月といったが、それをかなり延ばす方法があるぞ」

「ほう、それはなんだ?」

「ま、シロ君には災難かもしれないがな。二人のためなんだから、協力してもらおう」




 さて、その策とは。






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