第二話 独身主義者?達のお茶会 その2
「え?え?出来るのか?」
「人の腹ではなく、ガラス瓶の中で作られた命が、果たして人かどうか?その命が王様になるってどうなのかな?」
史朗は前世の賢者である自分が“創られた”経緯を思いだしていた。次元崩壊から千人の人々が生き残った城を守るために我が身を犠牲にした叡智の冠の賢者。その複製が史朗の前世だ。いわばクローン。
ヴィルタークと史朗の因子を重ねれば、二人の間に生命を創ることは事実上不可能ではない……が。
「そんな命を弄ぶような行為。僕はいやだよ。絶対にしない」
「そうだな」
ムスケルもさすがに真面目な表情でうなずいた。
「それにさ、ヴィルと僕のあいだに子供がいると仮定して、ますますその子は王の代理に相応しくないよ」
「偉大なるジグムント大王の息子にして、聖竜騎士団長で魔王を倒した聖魔法の使い手の国王代理殿と、同じく魔王を退けた異世界からやってきた賢者殿との御子か。
たしかに権威がつきすぎだ」
ムスケルがあとを続けるのに史朗は「そもそも世襲って時点でダメなんだから」と口を開く。
そう、国王代理制度を定着させるには、縁故や血族であってはだめなのだ。誰もが認める国王代理が二代目とならないと。
「そして制度を定着させるには三代と言ったとおり、ヴィルタークの生前のうちに二代目に譲り、さらに三代目にゆずるところまで、我々が見届けるのが理想だな」
「気の長い話だね」
史朗はちょっと遠い目になる。なにしろ生前の賢者としての長い記憶があるとはいえ、それは人のいない閉ざされた空間で、今世では十九年の若造としての記憶しかない。
それこそ、子や孫の代まで、なんて話は想像が付かないが。
「ヴィルならやり遂げると思うし、僕はそばにいて手伝うだけだよ」
「私もこの国の宰相としてやるだけのことはやるだけだ。腰の曲がった老人になってまで宰相をやりたくもないから、次代を育てたいのは私も同じだ」
「あなた、いつもなにかたくらんでいそうでうさんくさいけど、しっかり国のことを考えてる点は評価出来ると思うよ」
「だから、うさんくさいは余分だ」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
実は見合い話が持ち込まれているのはヴィルタークにムスケルだけのお話ではなくて。
「賢者様」
帰宅のために執務室を出たとたんに声をかけられた。今日も昨日とは違う顔が、待ち構えていたようにニコニコと「またか……」と史朗は内心でげんなりしながらも、愛想笑いを浮かべた。
初めは苦手だったのだけど、ヴィルタークから「口の端を心持ちつりあげて、そう、その微笑の顔だ。それでうなずいているだけで、お前は絵になる」と訓練?をうけて、これぐらいはそつなくこなせるようになった。
宮廷での初歩的な処世術って奴だ。常に微笑を浮かべたような曖昧な表情で、相手の言葉を聞き流し、こちらからは「ごきげんよう」の挨拶いがいは口を開かない。
声をかけてきたのは、えーとなんたら伯爵?昨日は子爵だっけ?と史朗は思う。賢者だから万能と思うなかれ、興味ある知識ならともかく、人の顔と名前なんてさっぱりなのが、史朗の現実だ。
実は未だに、宮廷人のほとんどの顔の見分けなんぞついていない。よく見るなあ~という顔はあるが。
「……それでですな。ぜひ、賢者殿をうちのお茶会に招待したいと、うちの妻と娘が申しておりまして」
散々、自分の娘がいかに美しく、賢者殿に相応しいとでもいうように、知性にあふれた読書家で魔法にもたけているのだと、そんな自慢話をしたあとで、この伯爵様はそう誘いをかけてきた。
それに史朗ではなく、後ろから「失礼ながら」と秘書官が口を開く。
「その日は内密なご予定があります」
「ああそうだったね」
本当は予定などないが“内密”と言ってしまえば、王の代理の顧問の賢者殿のこと、どんな話なのかは爵位持ちの貴族だって聞けない。
「では別の日にあらためて、ご予定を聞かせて願えれば」と食い下がる伯爵に秘書官がまた、周囲に聞こえるように史朗に耳打ちする。
「残念ながら、今後三ヶ月の予定は詰まっておりますし、そのあとも未定とはいえ、なにかと国政のことがらがはいるかと」
「ええ、そういうことでして、お誘いは大変うれしいのですが、いかんせん予定が立ちませんので失礼します」
決まり文句をつげて「あ」と自分に向かいまた声をかけようとする伯爵をさらりと無視して、史朗は歩き出した。
「いつも助かるよ」と王宮の車寄せまで見送りについてきてくれた秘書官に告げれば「これもわたくしの役目ですので」と胸に手をあてて、うやうやしく一礼する。
史朗は馬車に乗り込もうとしながら、自分の護衛についている左右の聖竜騎士を見た。彼らも王宮の執務室から、クーンがいる聖竜騎士団本部への行き帰りにはつねに史朗の護衛についてきてくれている。
「このことはヴィルには内緒にね」
彼にこれ以上余計な心労はかけたくないと口止めすれば、彼らもまた胸に手をあてて、さっと一礼する。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
国王代理であるヴィルタークの政務が忙しく夜遅くなるのもよくあることで、この日もそうだった。
早く帰宅した史朗は、夕ご飯をとったあと、現在はほとんど使われていない自分の寝室の横の部屋。そこに作ってもらった書斎に籠もって、禁書となった本を紐解いていた。
今回読んでいるのは、歴代聖女に関しての異聞だ。このあいだアウレリア女神に会って、気になって読む気になったのだ。
しかし、これは今は使われていない古代語で書かれているうえに、暗号になっているのもわかる。
本当ならば公に出来ない聖女の真実だ。
さらに先の核心部分の解読にうつろうとしたとき、身体がふわりと浮いた。
「うわっ!ヴィル、いきなり!」
いつのまに帰宅したのか、ヴィルタークに抱きあげられていたのだ。本当にいつも彼は軽々と自分の身体を腕におさめる。
一応十九歳男子なんだけどと男の子?としては複雑だったりする。
「何度も声をかけたぞ。まったく本に夢中になるとお前は周りが見えなくなるな」
すたすたとヴィルタークが歩いて、いくつか部屋を抜けて館の主人の寝室へと。ふわりと寝台の上に史朗を降ろしてその顔をのぞき込む。
「今日は、キンスキー伯爵に声をかけられたらしいな」
「え?」
聞き覚えのない名前だが、それは帰り際に声をかけてきた伯爵かと思い当たる。
「その前はフリッチュ子爵だったか?」
これは昨日の子爵の名か?と思う。しかし、史朗はいちいち覚えていないので、よく記憶してるなと感心してしまう。
いや、それよりどうしてヴィルタークがその名前を知っているんだ?
「私は聖竜騎士団団長でもあるんだぞ」
たしかにこの国王代理殿は、いまでもアウレリア軍の最強部隊である、聖竜騎士団の団長だった。
それですべて理解する。日替わりの護衛の騎士はすべて聖竜騎士なのだ。いくら史朗が口止めしたところで、団長の命令には逆らえない。
「お前の護衛の者達を責めるなよ」
「しないよ」
敬愛する団長に問われて、あの騎士達が黙っていられるとは思わない。そこは口止めが有効だと思っていた史朗の甘さだ。
「初めにお前になにか言ってくる宮廷の者達がいたら、逐一記録報告するようにと命じたのは俺だ」
「……それって僕の行動全部監視されていたってこと?」
「監視ではない、見守りだ」
「…………」
それ言葉を違えただけじゃない?と思うが、他の人なら重いと思う行動も、ヴィルタークだと思うと嬉しく感じてしまう。自分も重症かな?と思う。
だって、このいつも余裕な大人の男がだ。自分に近づくあれこれに、いちいち目くじら立てるなんて。
少しクセのある黒に近い褐色の髪を上にあげて秀でた形のよい額。眉間にこのところしわが寄ることが増えていて、今も軽く形になっている。
そして寝台にぺたんと座る自分を見る濃紺の切れ長の瞳。長身に広い肩幅。館に帰ってきてすぐに史朗のいる書斎に来たのだろう。その姿は聖竜騎士団長としての制服のままで、首の留め金をはずして、肩から飛竜用のマントを落とす。その仕草も男の色気があるな~なんてぼんやり見ていた。
「いっておくけど“お誘い”は全部断っているからね」
「それも報告で知っている」
正確には秘書官がうまくやってくれているのだけど、史朗一人で上手く、あんな宮廷妖怪?どもをあしらえると思えない。
「だいたいさ、賢者とはいえ、爵位も領地もない僕と姻戚関係を結んだって、利があるとは思えないけどなあ」
「お前の子なら、俺が次の王の代理に選ぶこともあるというもくろみだろうさ」
「はぁ?僕の子供?」
全然、考えられないと史朗が目を見張れば、ぱふりとヴィルタークに寝台に押し倒されていた。聖竜騎士団の制服の上を脱いで、下の着ていたシャツのボタンを少しはだけた、そんな姿にドキリとする。
「もちろん、俺はお前を誰か他の女にやる予定などないがな」
どう猛に微笑むヴィルタークのこんな表情も貴重だなと、見上げていたら、その顔が近づいてきて口付けられた。
その夜の彼は、少し意地悪だった。




