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長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語のおわりはハッピーエンドで
39/60

第10話 巡る月 始まる物語 その3




 史朗が十九歳で目覚めたとき、すでに賢者だった。

 十九歳という歳も育成槽で育てられた期間が十九年だったからだ。


「十九歳で生まれて、僕の成長は止まった。始めから叡智の冠を持っていたからね。僕には父も母もいない。他の六人の賢者が創ったんだ。僕の元となった、叡智の賢者の座を埋めるためにね。僕は彼の複製だ」


 そこまで話して、ベッドの上、後ろからヴィルタークの膝の上に抱きしめられていた。彼を上目遣いに見上げる。


「気味悪くなった?」

「なぜだ?」

「だって、僕は人間じゃなかったんだ。いや、組成は人間だったけど……」

「シロウはシロウだろう?」


 当たり前のように言われて、髪に口づけられて「本当にヴィルは、ヴィルだね」と返す。

 そう、彼だから話す気になった。

 史朗のまるごとを受けとめてくれる。


「僕の元となった賢者は“災厄”によって、失われたんだ」


 崩壊する前の世界は、このアウレリアや、現代日本よりも、発達した世界であった。魔法技術は頂天に達し、人々は平和で快適な生活を送っていた。

「“災厄”は突然訪れた。次元丸ごとの崩壊だよ。隕石が雨のように降り注ぎ、地は割れって……まるで終末だ。本当に終末だけど。

 七人の賢者達が守れたのは、城一つだった」

 同時に叡智の冠をもつ賢者が犠牲となった。彼そのものが結界となって、城を覆ったのだ。崩壊した世界。なにもかも無になった空間に生き残った人々千人の城だけが浮かぶ。

 消えた賢者が残した叡智の冠を使い、次の賢者である史朗が六人の賢者によって生み出された。


「生き残った千人を“箱船”に乗せて旅立たせるには、七人の賢者が必要だったんだよ。六人は箱船の“材料”となり、僕はその箱船を見送った」


 「見送った?」と聞かれて、史朗はうなずいた。


「船を送り出す者が必要だったんだ。だから、僕は城に一人で残った」

「しかし、お前はノリコの次元転移は可能だと」

「双方の座標が分かっていればね。一人、二人の次元転移ならば可能だよ。だけど、崩壊しかかった次元から千人送り出すんだ。それもどこの次元に辿り着くかわからない片道切符の無謀な旅だ」


 それでもかすかな望みでも、人の種を運びたいと思ったのだ。史朗も他の賢者達も。


「ヴィルの言いたいのは、箱船が旅立ったあとに、僕単独で……ってことだろう? 先に話したとおり、確実に次元転移するには、正確な座標が必要だ。下手に飛べば、無の空間に落っこちることは確実だからね」


 なぜなら、高次元の意思なのかなんなのか、今、自分達がこうして話しているあいだにも、無数の次元が生まれて、生まれた瞬間からきえているのだ。もしくは、空っぽのなにもない次元がほとんどなのだ。

 史朗やノリコがやってきたような、また、ヴィルターク達のいる世界のほうが、まれなのだと史朗は語る。


「城には水や食料を生み出す装置も、感情はないが世話をしてくれるオートマタはいたからね。僕一人ならば、千年だろうと、万年だろうと、そこで暮らすことは出来た」

「……だが、お前一人だ」

「うん……」


 後ろから抱きかかえられて、お腹に回った手に力がこもるのに、史朗はその大きな手に自分の手を重ねた。


「十九歳で成長が止まってしまったから、あの城でどれほどの月日を過ごしたかなんて、忘れてしまったな。

 それでも、こうしてまた生まれているんだから、未練があったんだと思う」

「それはなんだ?」

「見たかったのかもしれない。あの箱船が行った先を……」


 なにもない次元に跳ぶ可能性が高い片道切符。それでも、永遠に変わらない城に留まるより、新たな世界に人々を届けることを求めた。


「やっぱり呼ばれたのは、ノリコじゃなくて、僕だったのかなあ」

「そう思うぞ。この世界とあちらの世界を救ったのはお前だ」

「もともとは僕の魔法紋章が原因だけどねぇ」


 いや、このことに関しては、本来成功するはずがない無茶な召喚さえ女神様の気まぐれのおかげかもしれないのだから、永遠の謎だ。

 ただ分かっていることは。


「箱船が無事にこの世界に辿り着いたことは、わかったからいいか」

「……それは、シロウ?」


 くるりとヴィルタークの腕の中で、反転して彼の頬に手を添える。


「六人の賢者は、この世界の月になってぐるぐる回っているよ。もっとも、彼らの意識は箱船の材料になった時点でなくなっているけどね」


 この世界には六つの色の月が、代わる代わる天へと昇る。

 魂はたぶん史朗のように転生したか、もっと高次元へと昇ったか。どっちにしても、あの月は岩石の固まりで、そこに彼らは縛り付けられているわけじゃないから、いい。

 さすがに無言になったヴィルタークのなんとも言えない表情を見て、くすくす笑う。彼の頭の中には今、第一王国期の神話が蘇っているだろう。

 世界の終わりから始まる神話と人々を箱船に乗せて送り出した賢者と。


「僕がここに残るのは、この世界が箱船の辿り着いた先だからじゃないよ、ヴィル。あなたがいるからだ。

 長い旅の終わりに、あなたがいて良かった」


 「好き、愛してる。言ってなかったね」と告げれば、唇に軽く触れるだけ口づけられて「まだだ」とささやかれた。


「これからだろう? 俺達の行く先は?」

「うん、そうだね」


 これからは、あなたとの物語が始まる。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 何度も口付けあって、ベッドに倒れこんで、シャツをめくり上げられるのに、想いが通じあったんだから、そうだよね……とは思うけど。


「シロウ」


 自分を見下ろして、ヴィルタークも肩からシャツを落とす。男らしい筋肉の盛り上がる肩や腕とか、胸板とか見事な腹筋とか。普通に見たら同じ男として憬れるべきなんだろうけど、今は……。


「ちょっ、ちょっと……待って……」


 厚い胸板を両手で突っ張って、頬がすごく熱いから、顔は真っ赤だろう。


「どうした?」

「あ、その、僕達、魔力補給以外で、こういうことするの初めてで……」

「そうだな。やっと想いが通じあった。愛してる、シロウ」

「……っ!」


 もう、なんでこの人は恥ずかしげもなく言うかな。それで、かっこいいし、ときめくし、こういう人だし。


「そ、それで、改まるとなんか恥ずかしくて、も、もう少し気持ちが落ち着くまで……まっ、ま……」

「待たない」


 突っ張っていた片手をとられて、指先をかしりと軽く甘噛みされる。深い濃紺の瞳が自分を見てる。


「待ってやりたいが、待てないんだ、俺が」


 優しいのにどう猛な情欲をもった獣が自分を見てる。かぷりと唇を包み込まれて、濡れた水音を立てる深いキスに、食べられる……と思った。

 いや、本当に食べられたけど。


「あ、やっ!」

「すまんな、嫌でもやめられない」

「い、イヤじゃなくて……やめちゃ……ダメ……」

「仰せのままに、いい子だ」


 「こども…じゃないっ!」て肩をぽかぽか叩いたら「子供じゃこんなことは出来ない」と耳に低く甘い声を吹き込まれて、意識が解けた。






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