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長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語のおわりはハッピーエンドで
38/60

第10話 巡る月 始まる物語 その2




 宰相に関しては、玉座の間崩壊の、唯一の死亡者とされた。彼が魔王と化したとすれば、その縁者への影響が大だからだ。ジグムント大王がその御代の最後で起こした大粛正を、ヴィルタークは望まなかった。

 宰相がいつから魔法皇帝に取り込まれていたのかも、本人が亡き今は謎のままだ。いつから、アウレリア王国の滅亡を願っていたのかも。先々代ベルムント王の生来の病弱は、その呪いであったのか。先代フレデリック王の落馬も、ただの事故死であったのか……。


 ノリコだが、気を失った彼女を半壊して混乱した王宮においておくわけにもいかず、この侯爵家預かりになっていた。たしかに王宮以外なら、他の貴族の家にも、まして教会にも預けるわけにはいかないし、ここになるだろう。

 まる二日、こんこんと眠り続けた彼女が目覚めたと聞いて、史朗はヴィルタークと一緒にノリコを訪ねた。

 世話をしているメイドの話だと、玉座で宰相がバケモノに変わってからのことを彼女はおぼえていないという。忘れていて逆によかった思う。バケモノに取り込まれて、自分の生まれた街を滅ぼしかけたなんて……だ。

 史朗の顔を見るなり、ノリコはその瞳を潤ませた。


「佐藤さん、私達帰れないって……」


 頬に涙をこぼす彼女に慰めるより、良い言葉があると史朗は口を開いた。


「いや、それは帰れるよ」

「え?」

「今日は無理だけど、三日待ってくれるかな?」


 それぐらい時間があれば、人一人、時空転移できる魔力はたまるな……と史朗は算段する。


「ど、どうやってですか?だけど、みんな、私のことを騙していたって、帰る方法なんてないって……」

「あ、うん」


 それは、君を引き留めるために彼らがうそをついていたんだとかなんとか……いや、大人達に騙されて酷く傷ついた少女に方便とはいえ、またうそをつくのは気が退けた。

 だからといって、さて、ここでなんで帰れるのかって、今度は史朗が恥ずかしいというか。いや、泣く少女にそんなことに構っている場合か?と思うけれど。


「大丈夫だ、シロウは賢者だからな」


 そこにヴィルタークが助け船?を出してくれた。いや、これ自分から言ったら一番恥ずかしい奴だと躊躇(ちゅうちょ)していたんだけど。


「賢者って、ええと、あの賢者ですか?」


 ノリコの知識しては、映画やゲームなんかに出てくるものだろう。どんなのを想像しているかによるが、まあ、すごい魔法使いぐらいに思ってくれていればいい。


「そうだ、シロウはこちらへ召喚されたときに、自分の前世がこことは、また別の世界の賢者であることを思い出した。そのときの混乱で一時的に魔力を喪失していたが、今は取りもどしている。

 だから、君を元の世界に転移させることは可能だ」


 前世賢者でした……とか、史朗本人が言ったら、痛いし、ノリコも容易に信じなかっただろうが、ヴィルタークの口から出ると「すごいですね」なんて、あっさり信用してくれた。

 さすが、聖竜騎士団長というべきか。いや、ヴィルタークがヴィルタークだからだろうなと思う。


 そのあとはノリコをつれて侯爵邸の中を案内した。「前にヴィルタークさんのお家を見たいってお願いしたのが、かないました」と喜んでいたからよかった。屋敷や庭を巡りながら、聞いた話だと、王宮ではあてがわれたあのお姫様の部屋と、儀式などで外に出る以外、自由に歩き回れなかったというから、本人はそう感じなくとも、事実上の軟禁状態だったわけだ。

 帰れるとわかって、はしゃぐ彼女の口から、トビアスがどうなったかと訊ねる言葉は出なかった。玉座の間で、彼女を王妃に迎えるなんて勝手に宣言されたうえに、大嘘をつかれていたことがわかったのだから、あのえせ王子様の幻影などすっかりとけたのだろう。こちらもあえて、触れることでもない。


 夕食も一緒にとって、彼女は客間へと、そして、史朗はヴィルタークと各自の部屋に……と思ったけれど、手を引かれて彼の部屋に来ていた。振り返ったヴィルタークの真剣というより、苦しげな表情に史朗は息を呑む。

 さきほどの夕食の席までは、ノリコも交えて談笑していたというのに。


「帰るのか?」

「え?」


 顔の両脇に手をつかれて、あれこれいゆわる壁ドンって奴だと思う。

 次の瞬間には抱きしめられて、肩口に顔を埋められた。


「帰るな、俺のそばにいてくれ」

「ヴィル?」

「勝手なことを言っているのはわかっている。お前にも、ノリコのように大切な両親や友人がいるだろう、それでも、俺は言わずには……」

「…………」


 この自分よりはるかに大人の男がだ。すがるように抱きついて、きっと理性では言ってはいけないと思っていただろうに、それでも己の本当の気持ちを口にせずにいられなかったのだろう。

 手を伸ばして己の肩口にうまる、男の頭を撫でる。


「僕ね、帰らないよ」


 もう大分前に決意していたことだ。でも、こんな風に言われてしまったら、ますます帰れなくなった。

 ここに居ろと言ってくれた。


「しかし、お前のご両親が」

「いないんだ」


 顔をあげたヴィルタークに告げると息を呑む。史朗は淡々と告げる。


「事故で両親ともにね。遠い親族はいるけど、親しくはしてない。僕が突然消えたなら、さすがに気付けば捜索願いぐらいは出すだろうけど」


 航空機事故だった。史朗に残ったのは両親と暮らしていたマンションに、彼らの保険金に航空会社からの賠償金。

 悲しみはあったが、たんたんと暮らしていくしかなかった。通信制の大学の授業をオンラインで受けて、食事代わり菓子を食べて。コンビニでまた補給して。


「だから、僕にはあっちで待ってる人はいないんだ」


 中学で引きこもりになったから、両親以外のつながりなんてない。今さら悲観的に考えるつもりもなかった。

 だって、目の前で呆然としている(ひと)と出会ったし。


「それとね、僕が賢者だった頃の話を聞いてほしい。長い長い話になると思うけど」


 彼だけに聞いてほしいことがある。






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