第9話 背中合わせの光と闇 その3
広大な王宮の敷地に隣接する、聖竜騎士団の駐屯所。その兵舎の扉前にも、竜舎前にも赤い近衛の制服をきた兵士達が、監視の為に立っていた。
「かったるいな」とおよそ近衛兵とは思えぬ言動を漏らした兵士は、金で雇われた侯爵の私兵だ。ヴィルタークの逮捕を指揮し、今、この駐屯地の監視をしている近衛副長も、侯爵の息が掛かった者で、ここはその手駒で固められていた。
「ここで突っ立って監視するのもなぁ。奴ら団長さんを押さえられて、大人しいもんだろう?」
ヴィルタークは王宮に連れ去られて、一室に閉じこめられている状態だ。団員達も各自個室に、その飛竜達も主に従って大人しい。
「酒の一杯も飲みたいところだぜ」
「今日は殿下がいよいよ、聖女様に次代王と認められる儀式だ。振る舞い酒もあるだろう」
「お、あやかりたいね」
そんな話しをしていると。空に大きな影がさした。見上げて彼らはぽかんと口を開けて、次に他の近衛兵達同様に叫んだ。
「飛竜だ!」
「白いぞ! 二頭もいる!」
「あれは手配されてる王者の竜と女王の竜じゃないか!」
地上の騒ぎなど意に介さず、ムスケルを背に乗せたギングが、そのホルンのような鳴き声を響かせる。
Hoooooooooon!
RuRuRuRuRuuuuuuuuuu!
続けて、フルートのようなクーンの鳴き声。それに呼応するかのように、竜舎の扉が内側から破られて、飛竜達が飛び出してくる。
「竜が!」
「押さえろ!」
近衛兵達があわてふためいているが、彼らに飛竜の扱いなどわかるわけもない。そして、飛竜達は次々と空へと舞う。兵舎へと。
その兵舎の窓がぱたぱたと開け放たれて、自室から聖竜騎士が飛び出し、己の竜の背に乗った。
「王宮に向かったぞ!」
「追い掛けろ!」とわめきちらす、近衛副長は知らなかった。
魔導具の手紙の連絡は当然警戒していた。しかし、それよりももっと確実な方法があったことをだ。
聖竜騎士隊の兵舎へとはこびこまれる食事も、すべて点検されていた。しかし、まさかパンの中に短い手紙が仕込まれていたとはだ。
そこには「明日の朝、王と女王のあとに続かれたし」と。
それだけで聖竜騎士団員たちには、通じたのだ。ギングとクーンがやってくるのを合図に、我らが団長を救出せよ! と。
王宮の大バルコニーへと飛び降りた、団員達に史朗と、そして、ギングの背から落っことされるようにすべったムスケルは、いたた……なんて声をあげているが、団員達の手によって立ち上がらせられていた。
「ヴィルは、西の灰色の塔の最上階だ!」
史朗の声に「参りましょう」と団員達が続く、ムスケルもまた彼らに両脇を抱えられたまま、引き摺られるように「おいおい、私は肉体労働は苦手なんだから、も少し丁寧に」なんて言っている。
バルコニーから続く控えの間を出てすぐに、赤い制服の近衛兵どころか、深緑の制服の国軍の兵士も追い掛けてきた。
西の塔へと向かい聖竜騎士団が駆ける。槍や剣を手に彼らの前に立ちはだかる者はいるが、しかし、それも見えないなにかに彼らは弾き飛ばされて床に転がる。
聖竜騎士達が魔法攻撃したのではない。兵舎で謹慎させられていた彼らは当然、剣も取り上げられて丸腰だから、武器で傷つけた訳でも無い。
「さすが、攻撃はからっきしだけど、結界術だけは完璧だね。ムスケルさん」
「だから言い方が嫌みだぞ! シロ君!」
ムスケルはあいかわらず、騎士団員たちに担がれるように運ばれている。なんだかちょっと扱いがぞんざいなような気がするが。
史朗はといえば、少し駆けただけで息切れして、こちらも「失礼いたします!」と四角い顔のフィーアエックに、子供みたいに抱きかかえられていた。緊急の時だから、ここで男のプライドだなんだと、言ってる場合じゃない。
西の塔へと、螺旋階段をぐるぐる昇るなか、下から「聖竜騎士団、足を止めろ!」と巌のような声が響く。
「あの声はパウルス将軍だな、来るとは思っていたが、やっかいな御仁が……イテッ!」
担がれ走られているために、舌を噛んだムスケルが、声をあげる。
塔の最上階に辿り着いた史朗とムスケル、聖竜騎士団員。さらには追いついたパウルス将軍が、雪崩こむ。
彼の姿はその奥の部屋にあった。そして、豪奢でありながら鉄格子のはまった扉の入り口には黒いローブにフードまで被った男が。その手から、巨大な火球を放つ。
普段ならば、たとえ不意打ちでも、ヴィルタークは光の結界を張り、全身を焼くようなものでも防いだろう。
だが、この西の灰色の塔の最上階は、そのような上級魔法が使える王侯貴族を閉じこめておくための部屋だった。部屋には魔法を無効化する術が張られている。
ヴィルの長身が爆発した火球の炎に包まれ「団長!」と団員達の叫びがあがる。
だが、その長身は炎を割って飛び出していた、そして、扉の入り口に立つ黒いローブの魔術師の首を片手で締め上げて、昏倒させる。
「ヴィル!」
倒れた魔術師から離れたヴィルに史朗は飛びついた。ヴィルタークもまた、そんな史朗を抱きしめ、涙がにじむ、まなじりに口づける。
「お前の“おまじない”が効いたぞ」
ヴィルタークが首から提げた革紐をひっぱりあげれば、つけていた蒼い石は砕け散っていた。
「うん、念のためだったけどね」
本当にお守りのつもりではあったのだ。一度限り有効の、あらゆる攻撃を跳ね返す結界。ヴィルタークならば、その一撃をしのげれば、反撃出来ると思ったから。
その間に、床に伸びているフードの男の顔をムスケルがのぞき込んでいた。痩せた中年の男だが、ムスケルが口を開く。
「こいつはヴィルナー伯爵お抱えの魔術師だ。元は暗殺者まがいの……いや、今のは暗殺者そのものだな」
「誰が寄こしたのか、考えるまでもないでしょう?」と、ムスケルは呆然としている、パウルス将軍を見る。
「まさか、宰相はこの騒ぎが収まったならば、ゼーゲブレヒト団長の謹慎を解くと……」
「それを本気にしていたので? いや、それよりもこの状況を見れば明らかだ。ヴィルタークが死んで一番利を得る者が誰か」
ヴィルタークがジグムント大王の息子であることは、宮廷内では公然の秘密であり、問題がありすぎるトビアスより、彼を王にするべきだという声は大きかったのだから。
今回、そのヴィルタークを推す貴族達が、ことごとく捕縛され地下牢に放り込まれ、そしてヴィルタークも拘束、こうして暗殺されかけたのだ。
「宰相はどこだ?」とヴィルタークが訊ねる。それに団員の一人が「玉座の間に。今、聖女が次代王の神託しているはずです」と答える。
「そうか」と答えたヴィルタークは、そのまま部屋を出て行くために大股で歩き出し、史朗にムスケル、団員達もあとに続こうとするが。
「待たれよ!」
将軍が腰の剣を抜いて、ヴィルタークの顔に突きつける。
「玉座の間に行き、どうされるつもりか? トビアス殿下が皇太子であることは、変わらぬ! 私の王家への忠義も!」
「あの石頭、どこまで融通が利かないんだ」とムスケルがひたいに手を当てる。ヴィルタークはそんな将軍の半ば青ざめた顔をじっと見る。
「玉座などどうでもいい。誰が王になるかも、俺にとっては重要ではない。
大切なのはこのアウレリアの未来であり、アウレリアの民だ。いらぬ動乱を起こし、無駄な血を流そうとした宰相の真意をたださねばならない。
そこを退かれよ、将軍」
パウルスは剣を降ろし、ヴィルタークはその横を通り過ぎていった。将軍が「ジグムント大王陛下……」とつぶやくのを、史朗は聞いた。
将軍がヴィルタークの姿に誰を見たのかは明らかだった。




