第9話 背中合わせの光と闇 その1
「聖竜騎士団長、ヴィルターク・ジグムント・ゼーゲブレヒト。貴殿に国家反逆罪の容疑がかけられている。ご同道願おう」
聖女の御幸の馬車の列を追い抜いて、二日後、王都に戻った、王宮に隣接する聖竜騎士団の施設がある駐屯所にて。
到着した騎士団を取り囲むように現れたのは、赤い制服を着た近衛隊。その副団長が宰相の署名入りの逮捕状を、ヴィルターク達に掲げた。
「団長に限ってまさか!」「証拠を示せ!」と団員達が殺気立つ中、ヴィルタークは今にも近衛隊に手を出しそうな彼らを制するように前に出、片手を横に制するように出す。
「皆、静かに。わかった、行こう」
「団長!」と皆が声を上げるが、ヴィルタークが近衛兵に、うながされるまま腰の剣まで預けて無抵抗である以上、それ以上の抗議も出来ない。
史朗も長身の団員達に守られるように囲まれて、その隙間から彼を見つめるしか出来なかった。彼がこちらを一瞬振り返り、目が合う。大丈夫と薄く微笑んだ。
そして、黒い馬車に乗せられる、姿を見送るしかなかった。馬車は貴人用の豪華なものだったが、窓に鉄格子がはまっている。
「宰相閣下からお達しで、貴殿達にはしばらくのあいだ、この屯所内で謹慎してもらう」
「外出禁止だ」と近衛の男の一人が言い渡す。そして、史朗に視線を移し。
「その子供と女王竜は、宰相閣下の管理、保護下にはいる。こちらに引き渡すように」
だけでなく同時に、少し離れた場所にいたムスケルも近衛隊の者が囲んでいた。
「ピュックラー伯爵。貴殿にも嫌疑がかけられている。同行願おうか?」と。
そのとき、突然、ギングが動いた。大きくホルンのような声で鳴いた飛竜に驚き、近衛の者が飛び退くのに、その長首を伸ばして、ムスケルの襟首くわえると、放り投げて自分の背に乗っける。
「飛竜が!」
「押さえろ!」
混乱する近衛隊の声に、史朗がヴィルタークを乗せて走り去る馬車を見ると、鉄格子越し、彼が片目をつぶっているのが見えた。あとのことはよろしく頼むとばかりに。
「クーン!」
史朗が呼べば、傍らの女王竜もまた寄ってきた、そのまま、その背に滑るように乗れば、ギングも後ろに続く。
慌てて近衛兵が追いすがろうとするが、それも聖竜騎士団員達が、後ろに手を回した無抵抗の姿勢でありながら、彼らの前に立ちはだかる壁となって阻む。クーンと続くギングも空へと飛び立った。
空へと舞い上がった飛竜を追い掛けることが出来るのは、飛竜しかいない。
史朗は後ろを振り返り、駐屯地から王宮へと向かう黒い馬車に、赤い制服に囲まれる濃紺の制服の団員達の姿が小さくなっていくのを、ただ見つめることしか出来なかった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
翌日の辻新聞は聖竜騎士団長が王家への反逆罪の疑いで逮捕されたとの衝撃の知らせに、張り出されたそれを見ようと、街角のあちこちで黒山の人だかりとなった。
疑いの切っ掛けとなったのは、かねてから皇太子殿下と宰相閣下の、今の体制に不満を持っていると噂される貴族達の連判状であった。そこには皇太子と宰相に対する暗殺計画と、聖竜騎士団長を王位につける陰謀が記されていたと。
当然、その連判状に名を連ねていたものは一名をのぞいて、すべてが逮捕、投獄され、関係する親族や、聖竜騎士団員たちも、今は自宅や駐屯所で外出禁止の措置を受けていると報じられた。
そののぞかれた一人というのは、ムスケル・カール・ピュックラー伯爵。彼こそ、この陰謀を企み貴族達を先導したものであり、逃亡中故に見かけたらすぐに官兵に報告するようにと記載されてあった。通報者には、宰相閣下より金貨十枚の褒美があると。
さらに伯爵は聖女と同じく異世界から来た眷族の少年も、誘拐、人質にとっていると思われるとも。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「まいったね、どうやら私は天下の大罪人のようだ」
王都、近郊の森の中。その大罪人と誘拐されたはずの“少年”いや、十九歳なんだけど……はたき火を囲んでいた。
ムスケルの手には例の新聞がある。王都にいる彼の協力者から、鳥となって飛ぶ魔道具によって届けられたものだ。
「それで、今、ヴィルはどこに?まさか、拷問なんて受けてないよね?」
「君、誘拐犯のえん罪までかけられた私に、気の毒にぐらい言ってくれないのか?」
「ここで、あなたは優雅にお茶をかたむけているでしょう?それよりヴィルだよ」
アウレリアの人々はこよなくお茶を愛している。当然、逃亡中でもムスケルの魔導具のポケットから、ティーセットが出てきたのには驚いた。それと茶菓子も。
しかし、お茶は全然史朗の好みではなかった。香りもしぶいのも。
「ミルクもないし」
「角砂糖を足すかい?」
「あんまり甘いのは好きじゃない」
ぷいと横をむけば「では、茶菓子をどうぞ、お姫様」と言われる。姫様ってなんだ?と思いつつ、反論するのも疲れ気味で、柑橘の皮の砂糖漬けを口にした。あ、これは美味しい。
「ヴィルタークの屋敷からのものだよ。あそこの菓子は本当にうまい」
「……それで、今のヴィルは?」
「王宮の一室に軟禁中だ。貴人用の部屋にな。ヴィルタークは貴族にも、民にも慕われ人望があるからな。疑惑だけでは、地下牢に投獄して拷問なんて出来んよ」
その言葉にほうっと史朗は息を吐く。先の辻新聞と一緒に、捕まったヴィルや聖竜騎士隊の事も書かれた手紙も送られてきていた。
「で、聖竜騎士団のみんなは?」
「辻新聞通り、屯所で謹慎中だ。俺達を逃がしたのが響いて、各自宿舎の自室から一歩も出られない状態らしい。飛竜も竜舎に閉じこめられたままだ」
「……団員さんたちもそうだけど、飛竜も可哀想だね」
竜は自由な生き物なのだ。一日でも空を飛べないなんて、相当な苦痛だろう。史朗は傍らで、休んでいるクーンとギングを見る。彼らだって、飛べば目立つから、この森でずっと自分達と一緒にじっとしてる状態だから、同じようなものだ。
「……ヴィルも、大人しく捕まるなんて……わかるけど」
「あの律儀者が。たとええん罪でも、そこに宰相の署名の正式な逮捕状がありゃ従うだろうさ。
自分にやましいところもないから、正々堂々とそれを主張するだろうしな」
そうなのだ、ヴィルはそういう人だ。だけど。
「ギングに指示をだして、あなたを逃がしたのは」とムスケルを見る。竜は主の指示にしか従わないのだからギングがどうして、動いたのかなんて、明白だ。
「ヴィルの奴、自分の身柄は当分大丈夫だろうとみたが、私に関しては地下牢に放り込まれて、拷問の上に、下手すりゃ主犯のえん罪をかけられたまま、殺されるって可能性もあったからな」
「死んじゃったら、そのよく回る舌も動かせないからね」
「君ね」とムスケルが言うのに「僕だって同じだし」と史朗は口を開く。
「何が宰相の保護なんだか。クーンを取り上げるために、なんらかの事故でというか……それこそ、みんなの関心もないから、存在自体を消されておしまいって事もありえた」
だから、ギングを動かせば、史朗もクーンで逃げるとヴィルはわかっていて、ああしたのだ。
「なのに、自分は大人しく捕まるなんて、もう……」
「ああいう奴だ。諦めろと言いたいところだが、ヴィルタークがあそこで動けば、聖竜騎士団員全員が従った。今度こそ、本当に近衛との全面戦争だ。
宰相が反逆罪などでっちあげなくとも、確実に内乱になっただろうな」
「……うん、だからヴィルはあの場で逆らわなかった」
彼が偉大なる大王ジグムントの血を引くことは、公然の秘密であり、トビアスよりもよほど王に相応しいと思っている者もいるのも確かだった。
だが、ヴィルタークは王位などのぞんではいない。まして、国二つに分けての内乱など、戦争で国土は荒れ果て多くの死傷者が出るのだから。いかに強大なアウレリアといえど、他国とてこの隙にと侵入してくる可能性もある。
「まあ、不思議なのは、黙っていてもあのバカ殿下の後見として、宰相の地位が不動だっただろう、ヴィルナー侯爵が、なんでわざわざ事を起こしたかだな」
それがわからないとうなるムスケルに、史朗も同じ考えだ。
聖女の指名を受けたならば、あのトビアスがいかに不出来でも王となることに、ヴィルタークは否とはいわないだろう。彼は王国を支え続けたはずだ。
ムスケルに聞いた宰相ヴェルナーは可も無く不可もなく国を治めていたという。もちろん、自分の血族のトビアスを王として、その権勢を誇るぐらいの野望はあるだろうが、意味なく国の力となるような相手を排除するような行動は今まで、なかったというのに、この突然の行動だ。
下手をすれば内乱の危機さえあった。もし、ヴィルタークが大人しく従わなければ。
そこで唐突に叡智の冠が瞬いた。これを直感とも言う。
知識も知恵も大事だが、ときに論理を飛び越えた飛躍こそ、真実に近づくこともあるのだ。
「宰相はこの国を滅ぼしたがってる?」
つぶやいた史朗にムスケルの糸のように細い目が、かすかに開いたように見えた。それはまさしく驚愕の表情だ。
「どうしてそう思う?」
「……なんとなくのカン」
まったくなんの根拠もないが、ムスケルが腕を組んでうなる。
「たしかにそう考えると、逆に矛盾だらけの宰相の行動につじつまが合ってしまうな」
「なんだか、すごく嫌な予感がする。ヴィルには、おまじないをしてあるから、万が一のことがあっても、なんとかなると思うけど」
「おまじないってなんだい?」
「使われないことを願うよ。とにかく、ヴィルを助けなきゃ」
「それだな、賢者様の予感が正しければ、奴の身柄もただではすまない」
ヴィルタークは大王と呼ばれたジグムント王の遺児なのだ。
アウレリア王国の滅びが目的ならば、王家の血を引いているだけで、抹殺対象となるだろう。




