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長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語のおわりはハッピーエンドで
30/60

第8話 炎の蛇と英雄の冠 その2




 まあ、真夜中の森においていくのも可哀想なので、連れていくことにはした。


 ビンネンメーアは南北に長い湖で、その南西は広大な平野が広がり穀倉地帯となっており、北西には広大な森に覆われた山々が連なり、そこから流れこむ主に五つ、細かいものなら百を数える無数の河川が水源となっている。

 湖を含むこの北西の山野の地帯に半年以上雨が降らない。それが干ばつの原因だった。


「それでここにお前の魔法紋章があるんだな?シロウ」

「うん、叡智の冠での探知は、この地図上に示したからね」

「水はともかく、火というのは匂うなぁ」


 とムスケルがギングの上で腕を組んでうなる。


「しかし、雨が降らなくなったのは半年前以上だ」


 そう返したヴィルタークに「そうなんだよな」とムスケルはうなずく。

 そして史朗がこの異世界にやってきたのは、一月前なのだから、湖の異変と魔法紋章とは関係はないように見える。

「いや、たぶんそれが原因だと思う」

 ところが本人が認めた。それにギングに乗る二人の視線が集まる。


「たしかに僕がやってきたのは一月前だけどね。時空転移ってのは、空間だけじゃなくて時間も超越する魔法なんだ」


 だから“時空”転移なのだ。


「つまり、シロ君の火と水の魔法紋章だけ、過去に飛んだと?」

「それも一応、とっさにこっちで調整して、未来へは飛ばずに過去にもせいぜい、半年ぐらいの誤差で飛ぶようにしたけどね」


 ほんと、あのどさくさでよくやったな……とは思わない。それぐらい出来なくては、賢者は名乗れない。


「しかし、そうなるとこの干ばつの原因は、君の魔法紋章ってことになるぞ。それが、異世界の聖女をこの世界に呼ぶ原因に成ったわけだが……」


 そこでムスケルはあごに手をあてる。干ばつの原因は史朗がこの世界にばらまいた魔法紋章かもしれないが。


「だが、異世界から強引にシロウを呼んだのは、こちらだ」


 とはヴィルターク。彼もムスケルも半分理解しているが、半分謎だとばかりうなっている。

 これは時空のパラドックスだ。

 半年前に飛んだ史朗の魔法紋章がもたらして干ばつが起こった。

 それを解決するために、強引な召喚の儀式を行い、史朗はそれに巻き込まれ、賢者の前世が覚醒し、魔法紋章を切り離し、それが半年前に飛び……。

 グルグル回る輪のようだ。


「僕の世界ではね。それはニワトリが先か卵が先かって話になるんだよ」

「ふむ、シロ君の世界でもそんな表現をするのか」


 なるほど、こっちでもニワトリと卵の問題は存在するらしい。


「あと、これはあまり口に出したくないけど、成功しない召喚が成功したのは、女神様の気紛れだからね」


 はるか高度な次元の神々からみれば、過去も現在も未来も同列に見えるのだから、それこそ時間の流れさえ関係はないのだ。


「これも女神アウレリアの思し召しだと?」


 そう問うヴィルタークに、史朗は「ううん」と首を振る。


「わかんないよ。だから気紛れなんだ」


 本当にその意思が働いたかなんて、下位の次元にある自分達にはわからないのだから。

 そんな高次元の思惑はどうあれ、自分は出来る事をし、したいことをするだけだ。


「あの風穴に波動を強く感じる。降りるよ」


 二つの竜の影は、森に覆われた山々の谷間にぽっかり空いた黒い穴。垂直の風穴へと降りる。


「なんだ?あれは」


 ギングの背から滑りおりた、ムスケルが声をあげる。

 紅の炎を蒼い水が覆っている。


 炎はよく見れば、巨大なとぐろをまいた大蛇の形をしていた。「ピュートンか」とヴィルタークが低い声でつぶやいた。大型のヘビの魔獣だとあとで聞いた。しかし、普通は炎をまとっていないし、あれほど巨大化しないと。

 いや、どんな大型の魔獣でも、それは規格外の大きさだったのだ。とぐろをまいた状態で高さは成人男子の五倍以上。魔獣というより、災厄といえる巨大さだ。

 史朗の感想とすれば、蛇の大型恐竜がいたらこんな感じかな?だ。

 その炎の大蛇を、水の渦がおおっている。水は炎に触れた箇所からしゅうしゅうと音をたてて蒸発するが、風穴に流れこむ水が継ぎ足され、その炎を封じ込める渦となっていた。


「火の魔法紋章をのみ込んでここまで大きくなったか」


 先の風の魔法紋章をあの鳥が取り込まなかったのは時間がそれほどたっていなかったのと、番だったからだろう。二羽で地面の魔法紋章の力を分け合っていたのだろうが、ヘビは一匹だったから丸呑みしたのか。


 そして半年でこれほどまで大きくなった。


 「では、この水は?」と問うヴィルタークに「あの森の長老と同じ。湖の精霊の意思だ。この災厄を封じてる」と史朗は答える。

 風と土、火と水の力は対となっており、その性質もまた反対だ。風と火が動ならば、土と水は静。だから先の二つは力に魅入られた魔獣が引き寄せられ、あとの二つは森の大樹と、巨大な湖に宿る精霊ともいえる意思が、それを守ろうとした。

 そして、火を取り込んだヘビを解き放ってはならないと、水の魔法紋章を手にした湖の意思は、この風穴に災厄と化した魔物を封じ込めた。


 干ばつはこの炎の魔物のせいではない。封印に森と湖の周辺のすべての水の力を注ぎこんだ結果、雨さえ降らなくなったのだ。

 しかし、災厄ともいえるこのヘビを解き放てば、森は紅蓮の炎に包まれて、干ばつ以上の悲劇をもたらしただろう。


「水の魔法紋章を回収する。同時に結界も破れるから、あの災厄が飛び出してくる」


 「火の魔法紋章も回収できないのか?」とのムスケルの言葉に、史朗は首をふる。


「完全に同化してる。まずあれを倒さないと無理だ」

「魔獣退治か。久々の大物だな」


 ヴィルタークがすらりと腰の剣を引き抜くのに「大物過ぎだろう」とムスケル。史朗は水の封印に手をかざす。

 水の渦の表面に紋章が浮かび上がると同時に史朗の身体に吸い込まれた。たちまち、炎を覆っていた水がそれにあぶられるように消えていく。


 真っ赤なとぐろを巻いていた巨大なヘビが、その鎌首をもたげる。


 とたん、光球がその頭をぶちぬいた。ヴィルタークの聖魔法だ。巨大な蛇の頭は一瞬にして吹き飛ぶ、すさまじい威力だ。

 消えた蛇の頭にムスケルが「やったか?」と叫ぶが「いや」と史朗は首を振る。


「ヴィルの攻撃で少し削れたけど、まだ生きてる」


 「あ、ほんとだ!」とムスケルの言葉に重なるように、蛇の頭のあったあたりが揺れる炎の固まりとなり再生する。くわりと口を開いて、おのれを攻撃したヴィルタークに狙いを定めて丸呑みにしようとするが、彼は跳んでそれを避けた。だけでなく、光をまとった剣で、蛇の太い胴をなぐ。

 三分の一ほど切り裂かれたそれも、湧き上がった炎にみるみるくっつき再生していく。

 蛇は怒りに首を振って、火の弾を周囲にまき散らした。ヴィルタークの身体に降り注ぐが、それは彼の光の結界にはじかれて、火傷一つ負わせることはない。

 一方「あわわ」なんて声をあげながらも、ムスケルが風と土の魔法の術式を展開し、周囲に見えない結界を張って、こっちにも飛んで来た火の弾を防ぐ。それは自分のみならず、史朗と、また後ろにいるギングとクーンも守る、かなり大きく見事なものだ。


「奴は不死身か?」

「いや、あれでもヴィルの攻撃は効いてる。少しずつ削れてるって言ったでしょ?」


 その間もヴィルタークは炎の蛇に対する攻撃の手は弱めず、連続して光球を打ち込み、剣を振るうが、身体に穴が空こうが、剣で切り裂かれようが、すぐにくっついてしまい、たしかに不死身のように見えるが……あれでも、その炎の勢いは弱まり、身体も攻撃された分、小さくはなっているのだ。だから史朗は削れていると言い表したのだが。


「どのぐらいで倒せる?」


 ムスケルが史朗に聞く。叡智の冠の目でそれを視て。


「そうだね、あと千回ぐらい剣を振るったあと?」

「いくら、ヴィルタークが魔力体力馬鹿でも、もたないぞ!」

「親友の助太刀はしないの?伯爵様」

「私の得意は鑑定、結界、合成、転移で、攻撃手段はからっきしだ!」


 魔術師には得意不得意というのがある。視たところ風と土の術が得意なら納得というべきか。


「それで、魔法科首席?」

「実技と研究論文は別だろう?」

「言えてる」

「そっちこそ、なにもしないのか?賢者様!」

「水の魔法紋章を身体に馴染ませていたの」


 そして、水だけでなく、さきに手にいれた風と土の紋章も体内で発動させ、三つの術式を同時に展開する。蒼と翠と黄の輝く魔法陣が史朗のまえに浮かび上がり、重なり一つの文様となるのに、ヒューとムスケルが感嘆の口笛を吹いた。「あいかわらず、見とれるほど美しいな」と。

 そして詠唱。風穴から天へと昇るようなそれに導かれるように、魔法陣から吹き出した奔流が、炎の蛇を包み込む。

 それは先の水の結界と同じ渦を巻き、しかし、ただ、それを封じるだけではなかった。

 ビキビキと表面が凍り付いていく。赤い炎が白い氷へと。


「ヴィル!」


 史朗の呼びかけに、ヴィルタークは「ギング!」と己の竜を呼ぶ。低く地面を滑空した飛竜は、飛び乗った主人を背に、舞い上がった。高くもたげて凍りついた、蛇の頭へと。

 ヴィルタークがギングの背から飛び降り、光の魔法をまとった剣を振り下ろす。砕かれた頭から全身へと亀裂が入り、巨大な蛇は粉々に砕け散った。

 その直後に火の魔法紋章が紅の色に浮かび上がって、史朗の身体に吸い込まれた。

 とたんに、ぐらりとその細い身体が傾く。ムスケルがあわてて手を伸ばすが、素早く駆けてきたヴィルタークがさらうように横抱きにして、顔をのぞき込む。


「魔力切れだ」


 そう言うと、唇をふさぐ。濡れた音を立てて、二度三度と角度を変えて唇を吸い、そばに降り立ったギングに、史朗を抱えたまま飛び乗った。

 そのままギングは飛び立ち、クーンもまた主のあとを追う……のをムスケルは呆然と見送り。


「私を忘れてないか!」


 と叫んだ。

 彼は翌朝、思い出したヴィルタークが迎えに寄こした、聖竜騎士団員に回収された。







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