第8話 炎の蛇と英雄の冠 その1
王都から、ビンネンメーア湖畔の町ダクマクダまでは、通常の馬車旅で五日。今回は聖女の御幸ということもあり、一日ほど余裕をとって六日の行程だ。
飛竜ならばさらに早くその半分ということになる。もっともこれは、しっかり休憩をとり、日が暮れるかなり前に、宿営地に入る日程であるから、昼夜問わず最速で飛んだならば、広大なアウレリアの国土を一日で横断出来る。大陸最強と言われるのはこの機動力もあった。
王都の出発パレードには、王宮から一斉に飛び立った飛竜が、大通りから旧都市門まで一直線に並列で飛んで空を飾った。そのまま聖竜騎士団は先行してダクマクダに向かう。
内海と呼ばれるだけあって、ビンネンメーア湖は広かった。が、その貯水の量は普段の半分となったという聞いた話どおり、湖の周りは干上がり赤茶けた地面が割れている無惨な姿だった。
ダクマクダの町の外に、聖竜騎士団は宿営地を作った。駐屯基地がある国境や、大都市はともかく、通常の町に竜舎はない。飛竜達のことを考えると、基本野営になるのだという。
大概の魔獣は飛竜と聖竜騎士達の聖なる魔力を畏れて近寄ることはない。
そして、名誉騎士団員たる史朗は、騎士団長であるヴィルタークと一緒の天幕だった。別に団長の従者を史朗が務める訳では無い。というか、ヴィルタークはともかく、なぜか自分にも、世話係がついていた。
初日「史朗は俺と一緒の天幕だ」とすでに決定していた。それに団員達はなにも驚くことなく、むしろ、当然な空気の上に「お前の世話係を紹介しよう」と言われて、紺色の制服に身を包んだ、栗毛の若者が一歩前に出た。
「ヨルンと申します。クラーラは私の姉です」
え?クラーラの弟とは驚いた。出立の朝は、パレードの朝でもあったから、髪はクラーラがやってくれたけど、翌日からは自分で後ろに一つにひっつめておけばいいか……とでも思っていたのだ。
しかし。
「姉からもしっかりと、お髪のお世話をするように申しつけられておりますので」
「あ、はい。よろしくお願いします」
そんなわけで、旅のあいだも史朗の黒髪は艶やかに整えられ、これもクラーラが選んだ髪留めで毎日飾られた。それにヴィルタークだけでなく、団員達の目も楽しませた。
天幕の中はちょっとした邸宅の応接間ほどの広さがあった。そこに寝袋なんかじゃなく、しっかりとした大きな寝台もおかれている。ヴィルタークが「一緒に寝ても大丈夫だぞ」と言うはずだった。団員達の前では恥ずかしいからやめて欲しいけど。団員達は当然のような顔をしていたのは助かったというか、いや、やはり、身分があり使用人がいる世界だから、恥の概念が違うのか?とも思う。
その天幕と寝台や、さらにはチェストに、団長用の天幕には来客用の椅子にテーブルまであるのだが、これはすべて魔導具の小さな箱におさまるときいた。竜の背に乗せられるトランクほどの大きさだ。
そんなわけで、旅は快適だった。天幕の中は室内のように快適で、ベッドもふかふか。ヴィルタークの腕の中で眠るのは……うん、最初は恥ずかしかったけど、よく眠れるので慣れた。
聖女の御幸の一行は予定通りに三日後に到着するという報告をうけて、史朗はヴィルタークとともに眠りについた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
しばらくして目を開くと、ヴィルタークがこちらを見ていた。
「ずっと起きていたの?」
「いつ、寝たふりをやめるか見ていた」
「言ってくれればいいのに」
意外とこの人、意地悪なところないか?と思う。
「いや、寝顔が可愛くてな」
「僕は十九の成人男子です」
そして、さらりと気障なことを言う。いや、そういうセリフを吐くのは意識してだけど、この人は本気で言っているから天然なのか?なんかちょっと違うような気がするけど。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「で、結局、あなたもついてくるんだ」
夜の湖の湖面。クーンの背の上で史朗は、ちらりと隣を飛ぶギングの上を見る。ヴィルタークの後ろには、白い髪細目のうさんくさい伯爵様がいた。
そう、聖竜騎士隊の遠征にこの伯爵様、ムスケルも付いてきたのだ。もちろん彼が飛竜に単独で乗れる訳がないので、他の隊員の竜に相乗りさせてもらってだ。ギングだって、毎度この男を乗せるのは、ちょっと……らしい。他の竜も日替わりどころか、昼を挟んでの午前と午後も違っていたという。
動物に嫌われるタイプなのはなんかわかる。いや、飛竜を動物というのも、なんか違うと思うけど。
「そりゃ、こうなれば最後まで見届けたいだろう」
「あなたが見届ける必要はないでしょ」
「シロウ、これをそこらへんに置いて行くか?」
「おい、ヴィルターク」とムスケルが声をあげる。
「さすがに湖に落とすのは可哀想かな」
「こいつは泳げないからなあ」
「じゃあ、ちゃんと陸地におろしてあげないと」
「君達、親切そうに言ってるが、内容は酷いからな」




