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長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語のおわりはハッピーエンドで
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第7話 森の主(ぬし) その3




 森から屋敷に戻って、あの真夜中のお茶会?と同じ、侯爵邸の邸宅の居間にて。


 夜番の男性使用人は、ヴィルタークとムスケルの前に、琥珀色の酒が入ったグラスを、そして史朗の前には温めたミルクが入ったカップを置いた。

 「おや十九歳は大人ではないのかい?」と少しからかうような口調のムスケルに「僕の世界では飲酒は二十歳からなんです」とあのときもこんな返事したな~と思いだす。


「十代で飲酒をすると、三十の誕生日を迎えたその日に、すべての髪の毛が無くなるという後遺症が……」


 そこまで言ったとたん、ムスケルがその白い頭を押さえた。彼は二十九である。いつ、三十路に突入するのかは知らないが。


「うそです」

「わ、わかっている。こちらの世界では飲酒とハゲとの因果関係は確立されていないからな!」


 珍しく焦っている。もしかしたら、その白い頭髪は結構あやういのか?と思ったが、触れずにおいておいた。髪の話題は微妙なものだ。


「それで話してもらおうか?」


 しかし、ムスケルを髪の話題でつついたのは、やぶ蛇だったと気付いた。今度こそ、言い逃れはさせないぞとばかり、その細い、見てるんだか見てないんだが、いや、見ているんだけど、糸のように細い目だ。

 横に座るヴィルタークを見たのは無意識だ。この異世界での史朗の保護者で、彼に頼りきりだったから、別にまた先延ばしにするつもりはなかったけれど。

 そのヴィルタークがうながすように無言でうなずく。問い詰めるような、それでなく、どんな事情があっても、俺はお前の味方だぞという、優しい眼差し。


「僕、前世は賢者だったんだ」

「それ、このあいだ言っていた、中二病とやらと同じ病か?」

「賢者病なんて、あるわけないだろう!」


 いや、そんな言葉恥ずかしすぎる。






 史朗は異世界召喚された瞬間、前世の記憶を思い出したことを語った。

 いや、よく考えるとそれどんなイタイ設定のお話?なのだが、思い出したのは本当だ。


「賢者というのは、あちらの世界にはいるのか?」


 ヴィルタークの質問はもっともだ。それにムスケルが「いや、史朗の来た世界には、そもそも魔法がないと聞いているぞ」と返す。


「そう、これはさらに異世界の前世の賢者の記憶だ」


 と、自分で語って恥ずかしくなってきた。両手で顔を覆うと「シロウ」とヴィルタークの気遣うような声。ああ、前世で辛い記憶があったのか?と心配されて、いるのかもしれない。そんなんじゃない。たんに、自分の言葉に身もだえしたくなっているだけだ。


「やはり賢者病」

「そんな病は前世の世界にもなかった!」


 ムスケルに当分このネタでからかわれそうである。


「それで、その前世の世界ってのは、どんな世界だったんだ?」

「それは語りたくない。いや、語る必要もないことだ」


 賢者らしく語ってみせたが「ほう」なんて、うさん臭い伯爵様の細目の奥が、キラリと光って見えた。いや、その目さえ見えないけど。


「ともかく、あの強引な召喚に巻き込まれた瞬間、前世がよみがえり、僕は元の世界に帰還するための術式を展開した」


 いささか強引な話題転換だったが、それにムスケルは身を乗り出した。「こっちの世界では大がかりな儀式だったっていうのに、とっさに帰還の術式展開ね」と身を乗り出して興味持ったようだ。


「断っておくがそうひょいひょい跳べる簡単なものではない。魔力の大半は使うしな。

 だが、僕一人であのノリコも回収して、帰還出来たはずなんだ」


 ヴィルタークはあごに手をあてて、なにか考えこんでいる。なんだろう?と気になったけれど。これはあとで「元の世界に帰還することが出来るのか 

?」と言われて「すべての魔法紋章が揃ったら可能だけど」と返したら、やっぱり無言でじっと顔を見られてしまったけど、史朗は首をかしげるのみだった。


「それがどうして出来なかったんだ?呪文でも噛んだ?」


 「いちいち混ぜっ返さないでくれる?」と史朗は、ムスケルにいつのまにか敬語がなくなっていたな……と思う。まあ、ヴィルタークはヴィルなんて呼ぶように言われて、すっかり対等な口調であるし、この伯爵様だって同様というか。どうにも年長として、尊敬の心が残念ながらわかない。

 というか、この人も魔術師だったな。それもあのゲッケが次席で、これが首席とギロリとにらみつけて。


「そっちのつぎはぎだらけの無様な召喚の術式のせいだ。あのまま、僕が帰還の魔法を行使したならば、そちらの陣が崩壊して、双方の世界に影響するほどの反発が出るところだった」

「具体的には?」

「強引につなげた世界の魔法陣を中心にして、大爆発が起こった。王都とあちらの世界の都市一つが吹っ飛ぶほどのな」


 いや、正確にはこちらの世界の魔法が不完全だっただけでなく、いきなり前世を思い出した史朗が全力全開で術式を展開してしまったというのがあるが……とも補足すると。


「それ、大爆発の原因は賢者様のあり余る魔力のせいでは?」

「元はそっちが異世界人を拉致しようなんて思ったからだろう?」


 そう返せば「たしかに、こちらが悪かった」とちっとも思ってない風にムスケルは言う。まあ、彼があの無茶な召喚を行ったわけではない。やったのは聖女召喚に様々な思惑を持った人々だ。


「しかし、一度展開した術式を途中で取りやめるのも大事だったんじゃないか?」


 さすが魔法学科首席だったことはあると、史朗は頷く。

「途中でやめたところで、あふれる魔力は止められず、結局爆発は起こっただろうな。

 だから、僕は一旦展開した術式をバラバラにすると同時に、この身にある魔法紋章も手放したんだ。そっちの世界に吸い込まれるままにね」

 史朗の魔力を抱え込んだまま、魔法紋章はこちらの世界に飛び散ったわけだ。


「ただし、あんまり遠くに飛んで行かれても困るから、そこら辺の調整はした。少なくともこの国内には留まるようにね」


 「それで、王都周辺に二つあったわけか」とムスケル。


「残りはこの近くに?」

「いや、それはちょっと遠くにある」


 まあ、なんの偶然かそれもすぐに回収出来そうだと、史朗は心の中でつぶやきながら。


「いや、すぐ近くにもあるかな。ノリコの身体の中にも吸い込まれたんだ。彼女の癒やしの力はそれだよ」


 ついでに彼女にもこの世界の言葉がわかるように、叡智の冠の加護を与えたことを、史朗は話した。


「なるほど、それで異世界人だっていうのに、君達と私達は普通に話が出来ているのか」


 「神官達はそれもアウレリア女神の加護だの祝福だの言ってるらしいが」とムスケル。いやいや、あちらも女神様の権威をなにかと高めたいらしい。


「シロウ、気になっていたのだが、魔法紋章とはなんだ?」


 ヴィルタークの質問は根本的だが、大切なことでもある。「いや~私もそれは訊ねようと思っていた」なんて、うさんくさい伯爵様も言っているが、どうだか。






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