第6話 聖女の眷族 その1
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蒼天の空に響き渡る、フルートのような美しい鳴き声。旋回する二つの白い姿は、先に一回り大きな飛竜が降り立った。すぐに、少し小さな飛竜も。
ギングの背からひらりと降りた、ヴィルタークは、クーンへと駆け寄り、大きな手を差し出した。
別に一人でも、もうおりられるんだけどなあ……と思いつつ、史朗はその手に手を重ねて、クーンの背から滑り降りる。
Hoooooooooon!
ギングがその長首を伸ばして、天高くホルンのような鳴き声を響かせるが、ぷぃっ!とクーンは顔を背けた。
ああ、女王様はまだまだ、お冠だなぁ……と史朗は思った。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
史朗の魔法のことは秘密として、クーンのこともどうするか?という話になった。
聖竜騎士以外の者を主と、飛竜が認めた例はない。
まして、クーンは通常オンハネスから出てくることのない雌竜の上に、ギングと同じ、白い身体に金色の瞳の王者の竜なのだ。
とはいえ、史朗が人前で使わなければいい魔法と違って、クーンは手の平に隠れるサイズでもない。飛竜なのだ。飛ばせないで、侯爵家の竜舎に閉じこめておくのも、かわいそうであるし。
それに対して、ヴィルタークの答えは大胆だった。
「別に隠す必要はない。史朗はクーンの主なのだからな」
「え?でも……僕、聖竜騎士じゃないし、魔法も使えないのに……」
いま、使えるのは風魔法だけど、それは内緒の話だ。
異世界からきた、なんの力もない人間が、この国では王者の竜の主など、誰も信じないだろう。
だが、ヴィルタークは大丈夫だと言う。
「竜が認めれば、それがすべてだ。そもそも、飛竜は己の主の命しかきかないんだ。他の人間がどうこう出来るものではない」
「だけど、僕は満足にクーンに乗れてないんだけど」
初めての出会いのときに、首にしがみつくばかりで、逆に足というか、翼を引っぱっただけのことを思い出して、ふう……と史朗はため息をつく。
大体、前世の賢者も含めて、馬にだって乗ったこともないのに。
「大丈夫だ。それも竜が教えてくれる」
「え?」
初めてヴィルタークの笑顔に、不吉なものを感じた史朗だったが……。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「ぎゃあああ!落ちる!落ちる!」
「シロウ、クーンの声を聞くんだ、絶対落とさないと言っているだろう?」
いきなりクーンの背中にぽんと乗せられたら、飛び立たれて、その首に思わずしがみついた。横で併走しているギングの背に乗ったヴィルタークの声に、クーンの心の声が重なる。
大丈夫、わたしを信じて……と。
信じる、うん、信じると、史朗は恐る恐る手を離す。と、意外にも飛ぶ竜の背中は安定していた。揺れることもなくて、滑るように空を飛んでいる。
これなら大丈夫かな?
「さて、次はクーン、宙返りしてみようか?」
「うわああああああっ!ヴィルのスパルタぁあああっ!」
「スパルタ?どこの種族の名前だ?」
結局、一日どころか半日で、クーンを史朗は乗りこなせるようになっていた。
ヴィルタークの愛?の指導で。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
そんなこんなでクーンと出会って四日で、史朗はヴィルタークと共に、王宮、横にある聖竜騎士団の施設の広場に降り立っていた。
聖竜騎士団員に対する正式な御披露目だ。赤に青に緑に黄色と色とりどりの飛竜が居並び、その前に紺色の竜騎士の制服をまとった団員が立っている。
一度ここに来たことがある。竜舎にいる竜も、広場で自分の主といる竜にも、ギングのような白竜はいなかった。こうやってずらりと並んでいると、本当に白い竜はギングとクーンしかいないんだとわかる。
「女王の竜と、その主であるシロウに礼を」
ヴィルタークの声に、一斉に彼らが膝を折って、騎士の礼を取る。主に従うようにすべての竜達も頭を垂れた。
それを受けて、史朗もまたヴィルタークに教えられたとおりに、胸に手を当て、マントの片方の端を掴んで持ち上げ広げて、片膝を折って礼を返す。
その史朗に従うように、クーンもまた頭を垂れる。
礼が終われば、無礼講となって、聖竜騎士達が史朗とクーンの周りに集まる。
「雌の竜とは生きて見られるとは思いませんでした。よいものを見せていただきました」
「今の見事な鳴き声を聞いたか?」
「白に黄金の瞳。団長の言われたとおり、まさしく女王の竜だ」
その声はみなクーンを讃えるもので、史朗がきょとんとしていると、その自分にも。
「竜が主を求めて、この王都まで来るなど聞いたことはありませんでしたぞ」
「さすが女王の竜に選ばれた方だけある。先ほども見事な乗りこなしで、まこと気品あふれ、優美でらした」
「え……あの……」
その実は昨日は、初めクーンの首にしがみついて、ぴーぴー泣いてました。なんて言えない。ヴィルのスパルタのおかげです、とか。
それにしてもヴィルタークがいるとはいえ、なんでこんなに聖竜騎士が好意的なんだ?と、すぐ後ろにいる彼を振り返れば。
「聖竜騎士ならば知っている。竜が主を選ぶということをな」
それは昨日も言われたことで、史朗はこくりとうなずいた。そして、自分をかこむ中に、見知った四角い顔を見つける。
「フィーアエックさん」
「見違えましたな。シロ殿」
「あ、えっと前髪切っただけです」
「いやいや、その髪飾りも、飛竜用マントもお似合いで」
「ありがとうございます」
今日の史朗は飛竜に乗るということで、両脇の毛を三つ編みにして、後ろでしっかりととめていた。髪飾りは史朗には見えない。クラーラに任せっきりだから、どんなのかも。
それは虹色の光沢を放つ貝殻を使ってつくられた、翼を広げた白い鳥で、鳥と竜とはいえ、クーンを彷彿とさせるものだった。艶やかな黒髪にもよく映える。
飛竜用の腰丈までのマントは、今日の為に出入りの仕立て屋に急ぎで作らせたものだ……とは、史朗は知らない。深い臙脂の色に金の刺しゅうの縁取りは、聖竜騎士隊の制服である濃紺に銀糸と対照的で、ヴィルタークの横に立つ姿は、小柄で華奢で可憐に見えた。
そう可憐だ。艶やかな黒髪に、黒く大きな瞳にふっくらとした頬と、あとで十九歳と聞いて、みんながびっくりした愛らしい顔。マントの下の服もまた、裾の長い葡萄色のジレに、衿元にも袖口、裾にもレースたっぷりのシャツ。さらに首元はふんわり、リボン結びのレースのクラバットに、中央には碧の大きな宝石のブローチと貴婦人のドレスのように華やかだ。
これレース多すぎない?とさすがにクラーラに任せきりの史朗も、ちょっとたじろいだのだが。「今日は、聖竜騎士団の方々への御披露目なのですから、これが正装でございます」との言葉に「そうなんだ」と信じてしまった。いや、間違いではない。
この御披露目で、史朗は密かに団長の黒い小鳥とか、そのまんま姫とか呼ばれることになるのだった。高潔で礼儀正しい騎士団員は、シロ殿と史朗のことを呼び、けして、本人の前でその名で呼ぶという失態など犯す者は、一人もいなかったが。
史朗のことを侮るとか、まして見下げているわけではない。むしろ、彼らは団長よろしく、いや、それ以上に淑女に対するような、うやうやしく敬意を込めた態度で、史朗に接した。
なぜなら、彼らが三日三晩霊峰オンハネスで祈りを捧げ、降りてくる竜が、自ら主を求めてこの王都まで自らやってきたのだ。それも団長ヴィルタークと対をなす、女王の竜が。
己の主を決めるのは竜であり、竜に選ばれてこその聖竜騎士なのだ。史朗は騎士ではないが、女王の竜に選ばれた。これだけで、彼らが敬意を払うのに十分値するものだった。
もちろん、我らが尊敬する聖竜騎士の中の聖竜騎士といわれる、その剣技も聖魔法も最強であり、さらには寛大にして聡明ですべての団員に慕われる、我らが団長ヴィルタークが、とてもとても大切にしている方だというのもあるが。
「ほう、それが女王の竜か?なるほど、美しい」
赤い制服の近衛兵達を引き連れて、やってきたのは“暫定”皇太子であるトビアスだ。軍の施設など普段近寄ることもない彼が、なぜここに?と騎士達がいぶかしげな表情を浮かべながらも、胸に手をあてて頭をたれ、ひざまづくことはしない略礼をとる。
そして、衛兵の赤い壁に囲まれるようにして、クーンの近くへとやってきた。その横に立つ、騎士達に倣って、略礼をとる史朗の姿に目を止める。
「なんだ?聖竜騎士でも無い者がどうしてここにいる?」
「女王の主であるシロウでございます、殿下」
ヴィルタークの言葉に、今度こそ驚愕にトビアスは目を見開き、史朗の頭の先まで足まで往復すること三回。
「ふ、ふん!見られる姿になったじゃないか」
いまいましげにそう言った。そして「お前」と尊大な態度で。
「此度の女王の竜の“捕獲”大義であった。褒めてとらす」
“捕獲”という言葉にひっかかったが、それでも「ありがとうございます」と返す。いや、この殿下に別に謝礼など言う必要もないが。
「王国始まって以来はじめて発見された貴重な雌竜にして、女王の竜だというではないか。当然、王家に献上するのであろうな?」




