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長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語のおわりはハッピーエンドで
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第5話 王者の竜と女王竜 その5




「雌の飛竜とは珍しいな」


 いつもの図書室でも深夜の大人の男の酒盛り。ムスケルの言葉に「俺も初めて見た」とヴィルタークがグラスを傾ける。ムスケルの手にもグラスが、今日は本を見る気はないのか、小さな卓を挟んで二人は向かいあっている。


「普通、雌はオンハネスから出て来ないからな」


 大陸の中央にそびえる霊峰オンハネスの中腹まである森は、巨大な魔獣が住む危険地帯となっている。その中腹から上が竜の棲む聖地があるとされるが、実態はよくわかっていない。

 オンハネスの頂きに昇った人間は、第三期王国期の初代王ジグムント一世と、そして。


「雌はお前も見たことはないのか?」

「十五のあのときはがむしゃらだったからな。魔獣の森を抜けて、そこから先は高山植物の花々が咲き誇る楽園のようだったが、竜達はおそらく私の気配に姿を隠していたんだろう」


 その草原を抜けた先は急峻な岩場で、それをよじ登って頂きに立って、夜明けを待った。

 東の空に太陽が昇った。その暁の光を背にするようにして、白い身体に黄金の瞳の竜が現れた。

 それがギングだったのだ。


「その雌がどうして、この王都までやってきた?」

「当然、己の主を求めてだ。クーンはシロウを完全に認めている」

「聖竜騎士でない者をか?」

「飛竜には関係ないだろう。彼らにとっては、己が主と求めたものが主だ」

「過去に聖竜騎士以外を主人と認めた飛竜はいるか?」

「居ないな」


 通常聖竜騎士が己の竜を得るのは、霊峰オンハネスの麓にある神殿だ。そこで三日三晩祈りを捧げ、その呼びかけに応えた竜が山から下りてくる。

 そのすべてが雄の竜だ。雌竜が山から出て、さらに遠く離れた王都に自らの主を求めてやってくるなど、まったくの異例だ。

 さらにその雌竜は。


「クーンか。女王の竜に相応しい名だな」

「ああ、たしかにギングと同じ白竜にして黄金の瞳。なるほど女王だな」


 ヴィルタークの言葉にムスケルはうなずく。

 飛竜の最高位とされる黄金の瞳の白竜の背にまたがった騎士は二人しかいない。

 一人は第三王国期の初代王たるジグムント一世。

 そして、今、ムスケルの目の前にいる男だ。

 さらには女王の竜が現れて、異世界の少年をその主に選んだという。


「ああ、シロウに相応しい」

「…………」


 どこか誇らしげというか、いや、確実に珍しくも自慢してるだろう? という、ヴィルタークの微笑にムスケルは口を開く。


「で、なにが起きた?」

「魔力枯渇を起こしたので、応急措置を施した。シロウが巨大化したラーベに襲われたときに、クーンが助けにきたと聞いた」


 ラーベとはアウレリアの森ならば、さして珍しくもない魔鳥だ。しかし、魔除けの護符ほどで逃げるほどの小物だったはずだ。「巨大化?」とムスケルが聞けば「飛竜ほどあった。番だった」とヴィルタークが返す。「それも異様だな」とムスケルはしばし考えこむ。

 具体的に質問せずとも、親友二人の間ではこれで事足りる。それだけ二人が頭がキレるとも言えるが。


「応急措置で、抱いた訳か?」

「ああ、そうだが、愛しているぞ」


 堂々と告げるヴィルタークに「照れるのも忘れるな」とムスケル。次の瞬間、ニタリと笑い。


「なるほど、それでお前も珍しくも焦って、手加減も忘れて光球をぶっ放したか?」

「視たのか?」

「あれだけ巨大で、よく知った魔力の波動が一瞬とはいえ、この王都まで伝わってきたならな」


 「王宮魔術師なら気付いただろう」とムスケルが続けたならば、ヴィルタークの眉間に険しい皺が寄る。


「とはいえ、お前の巨大な術式に隠れて、あの小さな術式まで、読み取れなかっただろうさ。ゲッケあたりなら視る力はあるが、あれは偏っているからな」


 観測したとして、ヴィルタークの大きな光の術式の名残が浮かんでいるのを視て、あの巨大な魔力は、かの聖竜騎士団長か……で終わりだろう。

 ヴィルタークもまた、王都にはぐれた危険な魔獣を森で発見したために、駆除したとすでに届け出ていた。

 だが、ここに一人真実に気付いた者がいる。「それで?」とうながすムスケルに、ヴィルタークは口を開く。


「シロウを襲ってきた一羽目は、本人が風魔法で切り裂いた。二羽目は私が仕留めた」

「それで魔力枯渇か。そもそも、あの少年はなんの魔力も無しにこの世界にやってきたんだったな」

「そうだ」

「三の月から数えて、半月ほどだ。それほど魔力がたまっていなかったんだろうが、普通ならあの風魔法一撃で命を落としたところだ」

「どういうことだ?」


 ヴィルタークがかすかに顔色を変えるのに、「ふん」とムスケルは鼻を鳴らして。


「飛竜ほどの魔鳥を一撃で仕留める風魔法だぞ。そんなものそもそも魔術師か聖竜騎士でなければ練れないが、魔力がなけなしの状態なんぞで使えば生命力を使い果たして即死だ」

「シロウは生きていたぞ」

「だからだ。あの少年は首の皮一枚残したんだよ。自分が生きるだけのギリギリを計ってな。

 そのうえでなけなしの魔力で最大限どころか、それ以上の威力を出した。まったく無駄なく、単純というより洗練されている美しい術式だったよ」


 ほう……と感嘆のため息をつくムスケルに「美しい式ほど正しいとお前の口癖だったな」とヴィルタークは微笑する。ちなみにこの魔術部首席にして、百年に一度の才児と言われたこの男の、ヴィルタークの術式への評価は「基本に忠実なのは良いが、威風堂々過ぎて、大味」だそうだ。


「ゲッケが気付いてないならいいな」


 ヴィルタークがそう言えば「隠すつもりか?」とムスケルが言う。


「魔力無しの少年が風魔法を使ったと? お前並に変人のあの魔術師に知られて、いいことがあるとは思えない」

「ゲッケと私を同列に扱うな。その意見には賛成だがな。シロ君の能力に関しては、王宮に知られないほうが安全だ」


 ムスケルはだが、続けて。


「しかし、聖女の話では彼の世界には魔法がなかったというぞ。なのに、どうして彼は使える? クーンのことだってあるぞ」


 聖竜騎士にしか従わないはずの飛竜が、まして雌が山から主を求めて降りてきたのだ。それも女王竜が。


「ならば本人に直接聞けばいいではないか?」

「は?」




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 翌日。朝食の場にムスケルがいて、共に食事とりながら、彼はあいかわらずのからかいと冗談交じりに、さりげなく史朗に訊ねたのだ。


「あの、風魔法の術式だが、実に簡略でありながら威力があったね」


 簡略? と史朗はむうっとして。


「魔術に省略などあるか。いかに素早く洗練された美しい術式を展開するかというのが……」


 過去の賢者時代のクセでつい反応し、そして、固まった。


「うんうん、美しさこそ正しいよ。それで?」


 ニタァと笑うムスケルから、目を逸らし、そしてヴィルタークをじっと、その大きな黒い瞳で見つめて、口を開く。


「ヴィル、今は聞かないでくれる?」

「ああ、シロウ。話したいときでいい」

「だから、どうしてそうお前は器がデカ過ぎる……いや、シロ君に甘すぎるだろう!」


 ムスケルが叫んだ。が、史朗はそのあと黙秘? を貫き通した。






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