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長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語のおわりはハッピーエンドで
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第5話 王者の竜と女王竜 その1




 五百年続く王都の周りはしばらくは田園風景が続き、そして林から深い森となる。


「森が海みたいだ」

「言い得て妙だな。アウレリアの国土は森の中に町々や村々があるようなものだからな」


 それを王都を中心にして放射状に伸びた街道がつないでいるのだと、ヴィルタークは教えてくれた。王都から馬で十日ほど行った先に霊峰オンハネスがそびえ、その周辺の山々が国境線だとも。そこから先にはさらに深い針葉樹の森の国が、その果ては森が途絶えて草原となり、遊牧民族が暮らす土地となるという。

 王都の西には内海と呼ばれるビンネンメーア湖があり、森を大きく切り開いた穀倉地帯が広がると。


 今日はヴィルタークの非番の日で、前からお願いしていた竜に乗っての、森の散歩へと連れ出してもらった。

 ただの散歩ではなく、魔法紋章を回収する目的だったのだが。


「あの場所がいいです」


 昼餉の場所はどこにしようか? と言われて、史朗は指差す。ちょうど森の中にぽっかり空いた空間だ。「いいな」とヴィルタークは同意して、ふわりとギングはそこに降り立つ。先に彼が竜の背から飛び降りて、史朗もまたその手をかりて降りる。


 今日のヴィルタークは非番ということで、いつもの聖竜騎士隊の制服ではない。深い緑の飛竜用マントに、黒いシャツにズボンと、焦げ茶色の飛竜用ブーツ。固い制服とちがって、少しラフな印象の私服も絵になるなぁと思う。


 史朗もまた、初めて飛竜に乗ったときの腰までの短い丈のマントをまとって、シャツに袖無しのジレとズボンの姿だ。靴は飛竜に乗るのと山歩きのために、しっかりとしたブーツだ。

 この服の数々はすべて、ヴィルタークの成人前のお下がりとは……うん、考えないようにしよう。お下がりが不満とかではなく、あれだ、彼が十五歳で成人したってことだし、このお下がりも丈とか幅とか色々つめても……だから、考えない! 


「薪を拾ってくる」


 茶道具と茶菓子のはいったバスケットを敷物をしいた上におろして、ヴィルタークが告げる。

 この国の人々はとてもお茶を愛している。それは庶民から貴族まで変わらない。朝の目覚めの一杯に、午前と午後の中休みにも、それから当然朝昼晩の食後にもお茶。

 こんな野外でも、沸かし立てのお湯でお茶を煎れなきゃすまないのが、アウレリア人らしい。


「あ、僕も手伝います」


 なにもかもヴィルタークにやってもらうんじゃと、薪拾いを史朗は申し出る。それに一瞬、ヴィルタークは考え込み。


「あまり遠くに行かないように」

「子供じゃあるまいし、迷子にはなりません」


 史朗はむうっとして答える。別の下心がちくりと痛んだが。


「魔物避けの護符はもっていると思うが、なにか危険を感じたら、すぐにここに戻れ。飛竜がいれば小型の魔獣は畏れて近寄らない」


 ヴィルタークが、しずかにたたずんでいるギングを見て言った。それに史朗はこくりとうなずいた。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 王都近隣には、大型の魔獣はまず近寄らず、魔除けの護符があれば、小型の魔獣にも襲われる心配はないと言われた。


 だから、史朗は迷子になるのを承知で、ずんずんと目的地に向かって一直線に歩いた。いや、あれさえ回収出来れば、森の風に聞いて元の場所に戻ることは出来るだろう。少し遅くなって、ヴィルタークに、叱られるかもしれないけど。

 それでもなるべく心配はかけたくないから、早足で歩いて目的地に着いたときに、はあ……と息を切らしていた。これぐらいで息があがるとは、やっぱり鍛えないとな……と思う。

 ヴィルタークには、森の中にある滝が見たいと告げて、そちらに飛んでもらった。ちょうど目標の近くで、お茶の休みをとるだろうと、計算のうえで。


 この世界で魔力ゼロの状態から、徐々に史朗は魔力をためていった。水滴がひとつひとつ、ゆっくり落ちるように、叡智の冠だけの器は小さく、微々たるものであるが。

 それでも、魔法紋章を感知出来る様にはなった。地図に探査の術式を走らせて、正確な位置を割り出せるほど。とはいえ、まだまだ王都近郊のみではあるが。


「あった」


 木の葉をかさかさとかき分けて、碧に光る紋章が見えた。史朗が触れるとすうっと吸い込まれる。


「これで一つ」


 風の魔法紋章だ。結構、あの開けた場所から離れてしまったけれど、あとは風のささやきを聞けば、確実に戻れるはず……と思ったが。


「え?」


 ばさりと大きな羽音。飛竜ではない、巨大な鳥の影が差す。その鋭い嘴とかぎ爪を史朗に向けてくるのに、一目散に駆けようとした。


「はあっ!?」


 ところが、足の下の地面がない。二、三歩かけた先はいきなりの切り立った崖だったのだ。低い茂みがあったせいで気付かなかった。

 とっさに風の浮遊魔法を使おうかと思ったが、魔力が足りないというより、後ろから追ってくるデカい鳥をどうすればいいのか? 

 浮かんだ瞬間に、あの嘴か、かぎ爪にやられたらおしまいだ。しかし、このままでも落ちる。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 RuRuRuRuRuuuuuuuuuu!


 聞いたことのない楽器? 甲高く美しい響きがして、史朗の身体はふわりと浮き上がった。いや、落ちる身体が柔らかななにかに受けとめられたのだ。


「え? ギング? 違う!?」


 まっ白な飛竜の背に史朗はいた。黄金の瞳がちらりと自分を見る。

 助かったとは思うが、あのデカい鳥はなおも、怒りを露わにこちらを追ってくる。逃げる飛竜の長首に「うわっ!」と史朗はしがみついた。


 そもそも、なんであんなでっかい魔獣が王都近郊にいるのか? 王都には強力な結界が張り巡らされている影響で、まず近隣にも大型の魔獣は近寄らないとヴイルタークは言っていた。魔物避けの護符も、大型の魔獣には効きが鈍いが、小型のものならまずその気配で逃げると。

 だけど、どうみたってあの碧の色の魔鳥は、今、史朗がしがみついている飛竜並にデカい。異常だ。

 いや、あの鳥からなぜかさっき回収した、魔法紋章の魔力を感じるのは……なぜだ? ではない。

 たぶん、魔法紋章に触れてあの魔獣は力を手に入れたのだ。だから、史朗にとられたと怒り狂っている? いや、元々は俺の持ち物だぞ! と獣には言葉が通じないか。


 それより、魔鳥はぴったりと後ろを追い掛けてくる。飛竜の速度なら振り切れそうなものだがと、そこで史朗は自分が原因か? と気付く。

 なにしろ、竜の騎乗の訓練なんて受けたこともない。このあいだと今日だって、後ろでヴィルタークが支えてくれていたから、安心して彼に背中をあずけていたし。

 必死に長首にしがみつく、この体勢では竜も飛びにくいだろう。そもそも、このギングではない飛竜がどうして自分を助けてくれたのか? 


 そのとき、竜の声というか、その意思が直接史朗の頭に流れこんできた。

 やっと見つけた、わたしの主! と。


 え? 自分がこの竜の主? と混乱してる場合じゃなくて、じりじり距離をつめてくる、あの魔鳥をなんとかしないと、自分だけじゃなくて、この飛竜も傷つく。


 ならばと覚悟を決めて、なけなしの魔力を練って、手元に戻った風の魔法紋章の術式を展開する。短い詠唱で史朗の周囲の空気がするどいかまいたちの刃物となって、魔鳥に向かった。

 ギャアアアア! と鼓膜をびりびり振るわすような悲鳴。両方の翼を切り裂かれた鳥が、落下していく。


 ぜい……と史朗は息をはいて、飛竜の首に顔を埋めたが。


 キエエェエエエッッツ!! 


「え?」


 上をみれば、さっき倒したはずの魔鳥がいた。いや、あれよりまた一回り大きく、オスか? と思う。番でいたのか? と。


 もう、術式を展開する魔力はない。

 詰んだ。


 しかし、そのとき横から飛んだ光の玉が、鳥の大きな身体をぶち抜いた。

 そちらを見れば「シロウ!」とさけぶ、ギングにまたがった、ヴィルタークの姿が。いまの光球はヴィルタークが放ったのか。ものすごい威力だ、さすが聖竜騎士だし、こういうピンチに駆けつけてくれるなんて。


「かっこよすぎな……いかな?」


 「シロウ!」とヴィルタークは叫ぶ。しがみついてきた飛竜の身体から、ずるりと落っこちるのに、ギングが飛んで素早く自分の両手でしっかりと受けとめてホッと息を吐いたが。しかし、ぐったりとしている彼の様子に、たちまちその眉間に皺がよる。


 魔力枯渇か? いや、もともと史朗に魔力はなかったはず……。


 だが、彼の様子はどう見てもそうだ。魔力の根元は生命力だ。蓄えていた魔力以上の術を使えば、それは術者の命を削る。最悪、死ぬことさえ。

 回復魔法は……使えない。あれはかける相手の生命力を増幅させるものであって、枯渇しかけている彼の命を繋ぐには別の方法をとるしか。


 体内に直接、魔力を生命力の補給をする。


 ギングはすでにヴィルタークの意思を読んで、すぐに降下、下の森へと。史朗のぐったりした身体を抱えて、飛び降りる。

 自分のマントを脱いで、地面に敷いた。こんな森の中、土の上でなど……と思いつつ、史朗の身体を横たえて、その衣の前を開いた。

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