第4話 聖女様と“暫定”皇太子 その2
「わたしもヴィルタークさんにもう一度会いたかったです。聖竜騎士団長さんでしたっけ? 竜に乗った騎士様なんて、すごいかっこいいと思って」
見上げるノリコの瞳はあこがれのハリウッドスターでも、見るような表情だ。たしかにこれだけの美男は、あちらでもなかなかいない。
まして、おとぎ話かファンタジー世界のような、本物の騎士。それも乗るのは馬ではなく竜だ。
「あれ……?」
そして、ようやく隣にいる史朗に気付いたようだ。
「彼はシロウです。聖女様とともにこの世界にやってきた」
「佐藤史朗です」
「あ、えっと、わたしがこちらに来るのに、巻き込まれてやってきた人がいたって聞いたけど、それがあなた?」
「はい」
「わたし、田中紀子っていいます」
そう彼女が名乗ったところで「おい!」と鋭い声があがり、あいだに割り込んできたのはトビアスだ。
「貴様はノリコの召喚に勝手に巻き込まれただけだろう? あちらの世界の平民風情が、聖女と気安く話などするな」
「トビアス様、でも、わたしが助けてってさけんで、佐藤さんが巻き込まれたんですから……」
「ああ、ノリコ。君はなんて慈悲深く優しい子なのだ」
トビアスが大げさに感激して天を仰ぐ。皇太子より舞台役者にでもなったほうがいいんじゃないか? と思うが、こんな大根ではそれも無理か。
しかし、まあ十三歳の女の子にとっては、金髪碧眼のいかにも王子様然とした、いや、本当に一応は皇太子なんだが、トビアスの言葉に「あ、そんな、わたし、優しいなんて」と照れている。人の表裏なんてわからない純粋さよ。
「あの、わたしの部屋でお話しませんか? もうじき午前のお茶の時間なので、みなさんをご招待したいです」
史朗にたいして話しかけてはいるが、ちらちらとヴィルタークを見ている時点で、彼女の目的はあきらかだ。
十三歳の女の子が、ヴィルタークにもつのは、この世界のスターに対するあこがれで、恋愛感情なんてないだろうが、ここはおおいに利用させてもらおうと思う。
「よろこんで」と史朗が答える前に「私はヴィルタークの友人で、参議のピュックラーと申します」とうさんくさい伯爵様がちゃっかり、聖女様の午前のお茶の時間一行様に割り込んでいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
ノリコの部屋は、王族が暮らす奥で、代々の姫君が使っていたものだという。いかにもお姫様らしい、白に淡い色の花や小鳥の装飾がされたサロン。猫足のチェストや長椅子などの家具も、すべてがかわいらしい、まさしくおとぎの国のお姫様のお部屋だった。
それこそ、大半の女の子が憬れるような。
さらにはドレスに髪飾りと毎日着飾らせられ、たくさんのメイド達に傅かれ、傍らには自分をお姫様扱いをしてくれる、優しい言葉を常にささやく王子様とくれば、浮かれないわけもない。
「わたし、いきなりこの世界に来て、初めはとっても驚いたんですけど、ここにきたのは女神様のお導きで、それから、わたしがこの国を救うために選ばれた聖女なんですって」
十三の少女にうまい話には裏があるんですよ。なんて言っても無駄だ。知らない人について行っちゃダメですよ……も、無理矢理拉致されたわけだし。
聖女様の午前のお茶には、色とりどりの焼き菓子に砂糖菓子に、小さなケーキが並べられていた。これもまた女の子の憬れだろう。
「この国を救えるのはわたしだけで、たしかにわたしには、そういう力があるって、みんな『ありがとう』って感謝してくれて、とてもうれしいんです」
うん、そのうえに不思議な力を授かったときては、自分が物語のヒロインになったように感じて、有頂天になっても仕方ないな。と、興奮してしゃべり続ける彼女を見て思う。
ちなみに、お茶にも茶菓子にも誰も手をつけていない。聖女さまが勧めてもくれないのに、誰が手を伸ばすことが出来るというのか。ノリコの座る長椅子の横に陣取ったトビアスが、さっさと話をきりあげて、ここから出て行けとにらみつけているが、聖女様のお話は終わらない。
「だから、わたし、この国のみんなのためにがんばろうと思うんです」
「やはりノリコは女神の選んだ聖女だけあるな。その言葉を聞けば、このアウレリアのすべての民が感激の涙にむせぶであろう」
なんというか、いちいち言葉が大げさまぎらわしい嘘っぽい王子様だなぁ……と史朗は思う。
「あ、史朗さんは今どうしてらっしゃるんですか?」
ようやくついでのように聞いてくれるので、史朗は短く簡潔に。
「ヴィルタークさんのところでお世話になってます」
と告げた。それ以上なにがあるのだろう。
「わあ、ヴィルタークさんのお家に?」
「ええ」
「侯爵様だって聞きましたけど、お家って広いんですか?」
「あ、はい、とても」
「侯爵邸だからな、当然だ」とはははとわざとらしくトビアスが笑い声をあげて続けて「もちろん、その規模はこの王宮よりも遥かに小さいがな」となにに張り合っているやら。
「でも、ヴィルタークさんのお家、気になります。行ってもいいですか?」
まるで、友達の家に遊びにいってもいい? という調子で、ノリコがヴィルタークに聞く。
「もちろん。女神様がご神託なされた、聖女様のお役目を果たされたならば、そのあとにごゆっくり」
にっこりと微笑んで彼は応えた。きっぱり断り角を立てることなく、やんわり先延ばしにした、みごとな立ち回りだ。そこにトビアスも「そうだ、日々、人々に癒やしを分け与えるだけでなく、そなたには湖に雨を降らし、民を飢えから救う大役がある」と乗っかる。
「ゼーゲブレヒト侯爵家の横には、私の伯爵邸もございます。お気が向きましたら、こちらにもお立ち寄りくださいませ」
となぜか、ムスケルが混ぜっ返す。素直なノリコは「わあ、参議さんって伯爵様なんですね。色々な貴族様のお家見てみたいな」なんて乗り気だ。
「それも、ご使命を果たされたならば、じっくりご覧になることが出来ますよ」
自分で誘っておいて、ムスケルもまた、先延ばしにした。ようするにあとでといって、必ずやらないやつだ。これ。
聖女の部屋を退出となって、衛兵二人をしたがえてトビアスが後ろからついてくる。まさかこの“暫定”皇太子が見送りなど、なにか裏があると思ったが。
「おい、そこの異世界の平民!」
部屋の扉が閉まったとたん、トビアスが史朗へと歩みより手を伸ばす。衿元をひっつかもうとしたのだろうが、その前にすっとヴィルタークがその身体をわりこませて、それを阻止する。
伸ばした手を掴んだわけではない。トビアスをただ見るヴィルタークに、彼はあきらかにひるんで後ずさり。
「そもそも、どうしてこんな見苦しい猿を連れてきた。ゼーゲブレヒト侯爵。衣装だけはマシだが、毛刈り前の羊か!」
自分の顔半分を隠した前髪のことを、うまいたとえだと、史朗は思わず吹き出しかけて唇をかみしめた。ここで「なぜ笑う! 馬鹿にしてるのか!」なんて燃料を投下はしたくない。
「同じ世界からやってきた聖女様を心配して、無事な姿だけでも確認できればいいというのがシロウの希望でした。まさか、聖女様がお茶にまでご招待してくださるとは思いませんでしたが」
本当に史朗はノリコと話せるとまで思ってなかったのだし、お茶会に招待したのはノリコだ。一杯も茶も飲めずじまいだったけれど。
「さようさよう、シロ君のことを心配し、あちらからお声がけしてくださるなど、殿下のおっしゃるとおりまこと、慈悲深くお優しい聖女様でらっしゃる」
とはムスケルだ。いや、ノリコは初めヴィルタークに声掛けたんだけど……とはツッコまない。
慈悲深く優しいとさっきから繰り返していたのは、トビアスだ。彼はぐっと唇を噛みしめ「とにかく、二度とその見苦しい猿を王宮に連れてくるな!」と怒鳴り散らして、去って行った。




