表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語のおわりはハッピーエンドで
13/60

第4話 聖女様と“暫定”皇太子 その1




 えび茶の裾の長い上着には衿元に袖口、裾にも金糸の刺繍が施されていた。中のシャツは襟も袖口もいつもの普段着より、さらにひらひらのレースだった。首元にはレースのスカーフ? あとでクラバットという名前を教えられた。それを止めるのに大きな赤い宝石がついたブローチ。わぁ~高そうとしか、史朗の感想はないが。


「坊ちゃまのお小さい……いえ、正装がよくお似合いで」


 小さいといいかけなかった? とヨッヘムを見たが、老齢の執事は素敵な笑顔でごまかした。その史朗の部屋に入ってきたのは、濃紺の聖竜騎士団の制服に身を包んだヴィルタークだ。


「ああ、俺の成人前の服が良く似合っているな」

「…………」


 満足そうな笑顔だ。おおらかすぎるこの人は全然気付いていない。

 十五歳がだいたいこちらの成人の年齢だというから、その前か? まあ、いまだって見上げている百八十五は超えているだろう、ヴィルタークなのだから、子供の頃だって、大きかったと……思いたい。

 最後の仕上げと肩からマントをかけられた。ヴィルタークのような長いものではなく、腰丈ぐらいの短いものだ。そちらのほうが助かる。長いと裾を踏んづけそうだから。


「上空は寒いからな。マントは必須だ。いくぞ」

「はい」


 庭へと降り立ったギングの背にヴィルタークの手をかりて史朗はまたがる。その後ろにヴィルタークもひらりとまたがれば、ふわりと空へと。たちまち天高く舞い上がる。

 中心に大きくそびえる幾つもの尖塔がある王城を中心にして広がる市街がみてとれて、史朗は思わず歓声をあげた。


「大きな街ですね」

「五百年続く王都だからな。旧市街の壁をこえて、拡大を続けるばかりだ」


 初めは壁に囲まれていた都は、手狭となって外へとひろがったという。五百年外敵の侵入のない国だ。いまさら石の高い壁など必要はないのだろう。


 郊外の屋敷から、王宮までは馬車なら半刻あまりかかるが、竜ならばひとっ飛びだ。王宮の隣にある聖竜騎士団の詰め所と兵舎、飛竜の竜舎がある敷地に降り立つと、見知った顔があった。

 「あのときはお世話になりました」と声をかけると、紺色の聖竜騎士団の制服に身を包んだ男は「お元気そうでなによりです」と口許をほころばせた。

 史朗がこの世界で二番目に世話になった四角い顔の騎士、正式には聖竜騎士の名はフィーアエックと言った。


 聖竜騎士団の兵舎から、用意された馬車に乗り込んで王宮へ。広い敷地を移動するのだから、たしかに徒歩より馬車だろう。

 王宮に着くと聖女の儀式までは、間があるということで、王宮内にあるヴィルタークの部屋へと向かうことになった。聖竜騎士団長である彼の執務室に応接のためのサロン、休息所がある場所だ。


 そのサロンで、まるで自分の私室のごとく寛いでいたのは、ムスケルだ。茶に茶菓子を楽しむ姿は、このあいだを彷彿とさせる。


「お前には参議用の詰め所があるだろう?」

「こっちの茶菓子のほうがうまい」


 また、このあいだと似たようなことをいう。こちらのサロンで出される菓子は、侯爵家から届けられるものなんだと、ムスケルが聞いてもいないのに教えてくれた。


「この栗のグラッセがはいったタルトなんて、絶品だぞ」

「本当だ。おいしい」


 従卒の少年が茶と茶菓子を出してくれる。ムスケルが勧めてくれた、一口サイズのタルトは外はさくさくで、中は砕いたマロングラッセと木の実の食感もよくて美味しい。

 ヴィルタークの前にはお茶だけだ。甘い物が苦手なんて、大人の男の人だなぁと思うけれど。


「この楽しみを忘れるなど、格好つけのやせ我慢などしなくていいのだぞ」

「結構だ」


 ムスケルのからかうような言葉に、眉一つ動かさずさらりとヴィルタークが流した。やっぱりこの人大人だ。うめぇうめぇと菓子を食べている悪友は、子供にしては、やっぱりうさんくさすぎるけれど。


 「そろそろ、お時間です」と若い聖竜騎士団員にうながされて、ヴィルタークが立ち上がるのに、史朗も続く。そしてムスケルも。

 向かったのはこの世界に一番最初に降り立った場所である玉座の間だ。列柱の並ぶ広間の合間を埋めるようにして、宮廷服や騎士団や軍の制服をまとった男性や、ドレスをまとった貴婦人達が居並ぶ。


 聖女ならびに皇太子殿下、宰相閣下がお出ましになると先触れの声とともに、扉が開いて彼らが姿を現した。

 相変わらず白に金にすべてのボタンに宝石とわざとらしくも派手な王子様姿のトビアス殿下に手を取られているのは、十代前半の少女。彼女が聖女ノリコだ。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 ノリコと会いたいというより、ひと目だけでも様子が見たいとヴィルタークにお願いしたのは、史朗だ。聖女とあのいけ好かない宮廷魔術師長にクズとまで言われた自分が会えるかどうかとは思ったが、ヴイルタークはすぐに手配してくれた。

 宮廷で午前中、玉座の間でおこなわれる、聖女の癒やし施しの儀式ならば、すべての貴族の拝謁が許されているということで、そこに紛れ込むことになった。


 黄金の玉座の前に、聖女ノリコとその横に“暫定”皇太子であるトビアス。後ろに宰相のヴィルナーが並ぶ。そこに神官達にかこまれて、一人の女性が歩み出る。居並ぶ貴族の貴婦人達のドレスとは対照的に、スカートの裾もほつれた粗末な身なりの平民の婦人だ。

 歩み出た神官の一人にささやかれて、ノリコがうなずき、目の前に跪いた女性の喉に手をかざす。と、ぽうっと温かな光が指先にともり、吸い込まれた。

 とたん女性が両手で己の喉をおさえ「う……」とうなり、目を見開く。そして「あ、あ、あ……」と確認するように声を出して、喜びの顔になる。


「声が声が……戻りました! ありがとうございます、聖女様!」


 そのドレスの裾に接吻せんばかりに、ひれ伏す女性に周りからも「奇跡だ」「なんて慈悲深い聖女のお力だ」という声があがる。トビアス皇太子も「さすがノリコだ。よくやった」と褒めていた。

 金髪碧眼の顔だけは良い皇太子だ。彼と周りの称賛にノリコも無邪気な笑顔を見せている。


 これがここ最近毎日行われている、聖女の癒やし施しの儀式だ。毎日一人、王都より選ばれた病人が連れてこられて、聖女の癒やしの奇跡により病を癒す。


「選ばれた者には王宮にあがるのに普段着でいいという、ありがたいお達し付きだそうだぞ」


 と、周囲に聞こえない小声でムスケルがぼそり。なるほど、貧者にまで施しをあたえる聖女様を演出したいのかと史朗は思う。


「それでも、一人は救われることは確かだ」


 ヴィルタークらしい言葉だ。それに「たった一人だけな」とムスケル。


「連れてこられるのはいずれもけっこうな重病人らしいが、複雑な術式も唱えずに触れるだけで癒すとは、たしかに聖女様の奇跡ではあるな」


 それは自分から彼女へとわたった光の魔法紋章のおかげだなと、史朗は思う。あれには強力な癒やしの力があるから、紋そのものが魔力そのものみたいなところもある。

 とはいえ、術者の魔力イコール生命力を糧にはしているので、日に何十人も癒すというなら、ノリコの命にも関わるし、なんとか止めなければと思っていたが、一日一人ぐらいならいいだろう。

 それが、暫定皇太子殿下を、玉座につけようキャンペーンに利用されていると思うと、かなり不快ではあるが。


 奇跡の時間は終わり、最後まで「ありがとうごさいます」と繰り返していた女は神官達に再び囲まれ、去っていった。あとは、聖女様と少しでもお近づきになりたいというか、暫定とはいえ次代王たる皇太子殿下と、この国の実権を握る宰相閣下のご機嫌をとりたい貴族達が彼らに群がる。


「あ、ヴィルタークさん!」


 無事な姿を見られただけでいいと、史朗はヴィルターク達と立ち去ろうとしていたが、そこをノリコの声が止める。だけでなく、彼女はこちらに駆けてくる。「聖女様!」とお付きの侍女達が慌てた声をあげるが、姿はお姫様でも現代日本を生きていたそこは女子中学生だ。


「あの夜会以来ですね」


 因みに彼女の口から出た単語はパーティだったが、こちらの言葉の意味で夜会と翻訳されて、ヴィルターク達に伝わった。


「はい、あの夜会、以来ご無沙汰しております。聖女様におかれてはご機嫌うるわしく、またお会い出来て嬉しく思います」


 ヴィルタークは胸に手をあてて頭をさげ、次に彼女の手をとって、その甲に触れない口付けをした。絵に描いたような騎士の礼に、ぽうっとノリコの頬が染まる。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ