第3話 うさんくさい伯爵様 その3
「まさか、異世界から聖女を召喚したのは、そのため?」
なかば直感で思わず口から出たが、それにヴィルタークは「そうだ」とあっさり認めた。
対して「あ~あ」と声をあげたのはムスケルだ。
「あっさり認めちゃって、こういうのは相手がうんうん悩むのが面白いのに」
「うさんくさいだけでなく、人も悪いですね」
むうっと史朗がにらみつければ「シロ君はどうしてそう思った?」と訊かれた。
きっと自分がカンでなんて言えば、散々からかった末に、その理由を説明してくれるだろうけれど。
しかし、賢者の直感を舐めてもらっては困る。そのへラリとした顔をギャフンと言わせてやると、史朗は口を開いた。
「三大聖女の逸話のうち、二人もの聖女が王を指名し、そのものが王になった。これで十分じゃないですか」
そう竜の聖女は英雄王を、緋色の聖女は兄王子を玉座につけた。多神教のこの国では、女神アウレリアへの信仰だけでなく、聖女そのものへの信仰も深い。
その聖女の神託だ。妾腹だろうと親族や本人に問題があろうと、王となることを阻めるものはいない。相手は人間ではなく神様なのだから。
「うん、君のようにカンの良い子は大好きだよ」
どこかできいたようなセリフをムスケルは顎に手をあててニヤニヤしながらいった。ギャフンと言うどころか、さらに面白げな顔で。
史朗は内心でしまった! と思った。
しゃべりすぎた。
前世“賢者”がなんという迂闊さだと言われそうだが、これは自分の特性だ。欠点ではなく“特性”である。
ああ、うっかりだ。うっかりである。ついでに精神年齢も若い。
そう、今の年齢でもある十九のときに史朗は賢者となった。そして、その身体は成長を止め、また精神年齢も止まったと言える。
それから、気が遠くなるほど長いあいだ活動したが、長く生きることは年老いることではない。年老いるという経験もまた、知恵を得る一つなのだ。それは深慮と言う。
若さは無謀で怖いもの知らずだが、それだからこそ革新がある。お前さんがときにうらやましい……と言ったのは、あれは白い髭の賢者ガンタルフだった。
「お前も一緒に謝れ」
「え?」
さて、どうやってごまかそうと史朗が考えていると脇でヴィルタークの声がした。
「すまん!」
「あ、いてっ!」という声が重なったのは、大きな手が、その隣の親友? 悪友? の白い頭をひっつかんで、頭を下げる自分と同時に強引に同じようにしたからだ。ゴンと鈍い音がして、ムスケルがテーブルにひたいをぶつけた。
「いきなりなんだ、ヴィルターク!」
「シロウのことはお前も謝るべきだろう?」
「ヴィルタークさんにはもう謝ってもらったからいいですけど、ムスケルさんには言ってもらってないですね」
「本当になにげにひどいな、シロ君は」
自分の赤くなった額に指をあてながら、ムスケルは短く呪文を唱えた。指先がひかり、たちまちその額の赤味が消える。治癒魔法だ。
この世界の住人は簡単な魔法なら誰でも使えるようだが、その短い呪文で見えた、魔力の質の良さに史朗は軽く目を見開いた。
叡智の冠は相手の魔法能力を視ることが出来る。宰相補佐官だったというこの男は魔法でも並ではなさそうだ。
「確かに、今回のことは私の読みの甘さだ。すまない」
ぺこりとムスケルは頭を下げる。謝ってもらったが、なにか気になることを言った。
「読みの甘さってなんですか?」
「異世界からの召喚術だ。私の試算では、あれの成功率は極めて低かった」
それは史朗も思ったことだ。成功する確率なんて、それこそゼロが無数に並んだ果ての小数点以下だろう。
だから、女神の神託を合わせて、その干渉を疑ったのだが。
「お前がそう言うから、俺も聖竜騎士団員も光の力を提供したんだ。このへっぽこ魔術師め」
へっぽこ……とヴィルタークらしくもない、口の悪さに史朗は思わず吹き出す。それにムスケルは「失礼な!」と口をへの字に曲げて。
「王立大学魔法科首席の私を捕まえてか?」
「次席があのゲッケだな。まったく、魔法科は変人揃いと有名だ」
ゲッケ? カエルの名前か? と史朗が首を傾げると「今の宮廷魔術師長だ」とヴィルタークが付け加えてくれた。
「あ、あの赤いローブの自己顕示欲の強そうな魔術師!」
思わず史朗が声をあげれば、今度はヴィルタークが吹き出し、ムスケルも「うんうん、あれは虚栄心の固まりだ。それを一目で見抜く君はすごい」と腹を抱えてケラケラ笑った。
しかし、そうなるとさらなる疑問がわく。
「首席で卒業して、どうしてあなたは宮廷魔術師にならなかったんですか?」
それならば、このムスケルこそが宮廷魔術師長になっていたはずだが。
「いや、私は法学部も首席で卒業したんだ」
「あ、それはすごいですね」
なるほど二学科首席とは、すごい秀才だ。しかし「君、ちっとも実感がこもってないぞ」とムスケルはぼやき。
「魔術研究より、人間を見ていたほうが面白いと思ったんだ、私は」
にたぁ~と笑う。うん、たしかに政治家らしい、うさんくささだ。
「それでかつての首席も、計算間違いして、召喚が成功してしまったと?」
「いいや、あれは成功するはずがなかった。
だから、ゲッケの奴が自信満々に魔法陣を描き、神官長以下祈りを捧げ、さらにはそこの聖竜騎士団長以下の聖竜騎士が光の加護まであたえた、召喚魔法がうんともすんともなにも言わなかったら、大変おかしいと思ったんだ」
たしかにあれだけの大魔法が、それも玉座の間゛で発動しなかったら、おかしいどころか、宮廷魔術師の大恥。いやいや、国の大恥だ。
先の神託も吹っ飛ぶし、異世界から聖女を召喚しようなんて声は、二度と起こらないだろう。
そこで、史朗は「ん?」と目を見開く。
傍らではムスケルが「それでもなんにも出なけりゃ気の毒だと思って、カエルでも仕込んでおいてやろうかと思ったんだが」とひどいんだか優しいんだか、いや、人でなしだろうことを言っている。
「でも、あの軽そうな殿下が唯一の王位継承者なんですよね?」
「軽そうとは頭のことか?」とムスケルが、なにげに不敬罪で捕まりそうなことを言う。「どこもかしこもじゃないですか?」と返した史朗も史朗だ。
「暫定皇太子が王位につかないなら、誰が王様になるんです? 別にあてがあるんですか?」
唯一の王位継承者だと聞いたが、ムスケルが召喚が成功するどころか大失敗すると思っていたならば、彼はあの軽薄殿下の即位には反対だということだ。
しかし、ならば誰が王になるというのか?
「やっぱり……」というムスケルの声に、史朗は彼を見る。その目は笑っておらず、口許はうさんくさい笑みを浮かべたまま。
「君のようなカンの良い子は、とっても大好きだよ」
「僕は好きになってもらいたくありません」
しまった。また、しゃべり過ぎた。




