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長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語のおわりはハッピーエンドで
10/60

第3話 うさんくさい伯爵様 その2




 ヴィルタークが長い足を大股に動かしてこちらにやってくる。速いのに、けして急いでいる風に見えないゆったりとした優雅さがある。


「やはり、うちに茶をたかりにきていたか、ムスケル」

「やあ、お邪魔しているよ、ヴィルターク」

「本当にな。今日あたり“邪魔”しにくると思っていた」


 「旦那様、ご昼食は?」とクラーラが聞くのに「まだだ」と彼は返す。クラーラではなく、その横に控えていた男性使用人が、屋敷に戻り、史朗とムスケルが囲む卓にヴィルタークがつくと、ほどなくして、彼の前に史朗が食べたのと同じ、食事が出される。

 ただし、その量は倍はあり、さらに追加で冷製の焼かれた赤身肉が、ステーキみたいに分厚く切られて出されていた。


「今時分に昼休みということは、王宮はかなり忙しいかい? 聖竜騎士団長殿」

「本来の仕事ではないものが回ってきてな。元宰相補佐殿がいれば、よけいな雑事を片付けてくれたんだろうが」

「こちらはその“何でも屋”から解放されて、気楽な参議の身分だ。おかげでこうして、ゆっくりお茶が飲める」


 先ほどから軽口をたたき合う彼らは、気心の知れた友人同士なのだろう。交わされた会話はいくぶん不穏ではあるけれど。

 二人はお隣さんの幼なじみで、ムスケルは元は宰相の補佐官という重要な地位にあった。本人は雑用係などと言っているが、宰相とは王の下で政を司るトップで間違いないはずだ。その補佐官を務めていたムスケルは文官として優秀だったに違いない。

 人を食ったこの性格からして適任だ。


 が、今は参議という閑職に追いやられているらしい。

 なんかきな臭い。


「いっそ俺も参議ではなく、隠居届けでも出そうか?」


 さらにヴィルタークの爆弾発言に、そばに控えていたクラーラとその横のメイドの顔色が一瞬変わる。ムスケルは「面白くもない冗談だ」と返して。


「聖竜騎士団長はお前さんしか務まらんさ。ギングが、他の竜騎士を認めるとは思えん」


 ムスケルの細い目が見た先には、緑の芝生で横たわり寛ぐ、白い大きな姿がある。


「俺とギングでなくとも、聖竜騎士ならばいるだろう?」

「その聖竜騎士団員と世論が、お前以外の団長を認めると思うか? 黄金の瞳の王者の竜に認められ、稀代の聖魔法の使い手にして、大陸一の剣士と言われるお前以外、誰を団長と認めるんだ?」


 なるほど、ヴィルタークはただの聖竜騎士団の団長ではない。歴代の中でもそうとう実力があり、さらにギングと呼ばれるあの竜も王者の竜とよばれる貴重なものらしい。

 史朗は二人の会話に耳を傾ける。同時に、ヴィルタークの食べっぷりにも注目する。

 大きく口を開きざくざくと食べていく。それでいて綺麗な所作で、さすが侯爵家の当主と思わせる。みるみる食べ物がその胃に収まっていく様を見るのは、いっそ気持ちが良い。


「黄金の瞳の竜に選ばれた者は、初代英雄王とお前の二人しかいない」


 ムスケルの言葉にヴィルタークは応えずに、給仕の男性使用人に食後の甘味はいいから、お茶をと頼んだ。

 「あの……」と史朗は口を開く。ヴィルタークを見上げて。


「昨夜、一緒にお風呂に入って、僕がのぼせて話の続きを聞けなかったんですけど」

「君、この男と湯浴みしたのか?」


 一瞬固まったムスケルが、カップにゆったりと口をつける男を指さした。


「はい、広いお風呂でしたけど」


 だから、二人ではいっても不自由はなかったと、史朗は返した。それにムスケルは、史朗のきょとんとした顔と、ヴィルタークの顔を交互に見て。


「まさか、そのまま一緒の寝台で寝てないだろうな?」

「史朗の部屋は別にある。どうして、俺がそこで寝る?」


 今度は不思議そうにヴィルタークが訊ねる番だった。それにムスケルは答えず。


「君、十九歳だったな?」

「はい、一応、僕の世界では成人年齢だと言いましたよね?」

「こちらでの成人の儀は、家によってまちまちではあるが、だいたい十五歳前後だな」


 「うん、問題はないか」とムスケルはつぶやき、同じ卓についている二人は首をかしげる。


「あのときヴィルタークさんは、王様はいないっていいましたよね? どうして、いないんです?」


 皇太子はいるのに王がいないのはおかしい。というか、なんで皇太子が王位につかない? 


「ここ、一年の間に二人も王が替わっているんだ。先王の葬儀を出した直後で、戴冠式の準備となれば時間もかかる」


 口を開いたのはムスケルだ。たしかに戴冠式の準備など、国によっては数年がかりのものもある。しかし、戴冠“式”をするのと、王になるのとは別だ。

 皇太子とは次の王と定められた者だ。先の王が亡くなったなら、その瞬間から王となるはず。

 「トビアス殿下は“暫定”皇太子殿下だからね」とムスケルは続けた。さらに「庶子腹でもある」と。

 庶子とは、皇太子の正妃からではなく、愛妾の子供ということだ。これは国によって、王位継承権がまったくなかったり、あっても、かなり下位の順位の場合が多い。

 「だが、直系の王族はトビアス殿下しか、おられないのも現状だ」とはヴィルターク。それにムスケルが。


「そう“表向き”はな」

「…………」


 とは思わせぶりだ。ヴィルタークの沈黙も。「一年に二人も王様が変わるのは、たしかに異常事態ですね」と史朗が訊く。「そうだな」とムスケルがうなずく。

「これは、崩御された二人の王より、その前の王より説明しないといけないだろうな。第五十三代ジグムント大王の御代は五十年あまり続いた」

 大王と語られるだけあって、その統治五十年あまり、常に善政をしき、民に慕われる王であったという。


「大王は晩年、ご自分の治世はいささか長すぎたとこぼされたらしいが、次を継いだのは、たった一人の男孫である五十四代のベルント陛下だ」


 「が、ベルント陛下は生来お身体が丈夫でなくてな」とムスケルは続ける。


「そこに生真面目な気質が災いして、王としての責務を無理して果たそうとなされてな。流行の感冒にかかられて、ぽっくりと」


 感冒、つまり風邪である。万病の元とのことわざはよく言ったものだ。


「五十五代目のフレデリック陛下だが、こちらは政より、狩猟に夢中な方でいらした」


 つまり国政は家臣たちに丸投げだったということか? と、史朗は理解した。無気力な王にありがちだけど。


「連日狩猟に出かけられていたある日、落馬されて打ち所も悪くてな」

「これもぽっくりですか?」

「ああ、ぽっくりだな。首の骨が折れていては、治癒の施術も使い様がない」


 そりゃ即死では無理だわと史朗はうなずく。極端な話、胴体を真っ二つにされても、心臓が動いていれば上半身と下半身をくっつけるのは、最上級の回復魔法か、エリクサーなどの秘薬で可能であるが、首を跳ね飛ばされては、即死。死者は蘇らせられないということだ。


 あと寿命はどうしようもない。大王のあとをついだ、病弱な孫の王がそれだ。回復術というのは、本人の生命力を活性化させるものであるから、もともとの命の力をどうすることも出来ない。

 魔術にも限界はあるのだ。神の起こす奇跡ではない。


「それであとに残ったのが、庶子であるトビアス殿下ということだ。こちらは五十四代王であるベルント陛下の愛妾のルールマン子爵夫人とのあいだの御子で、大叔父であるヴェルナー伯爵が、現宰相閣下であらせられる」


 なるほど、愛妾の外戚が国の重要な地位を独占して、国を私物化するなんてよくある話だ。おそらくはムスケルは、その宰相閣下との折り合いが悪く、補佐官から参議に左遷されたのだろう。


「五十五代の王様の落馬は、本当に事故だったんですか?」

「不審なところは全く無い事故だった」


 史朗の質問にヴィルタークが答える。当時は彼の聖竜騎士団が、この事故を調べたのだという。本来このような役割は、衛兵隊か、宰相直下の監査部の役割だというが、事態が事態ゆえに、聖竜騎士団があたったのだと。

 これは聖竜騎士団がその高潔さと公明正大さ、騎士道精神によって民の信頼が厚いからだと、あとでクラーラに聞いた。それだけ国民に支持され、人気もあるのだと。


 史朗が不信をもったとおり、五十五代の王の事故死は、それだけ疑惑を呼び、聖竜騎士団の証明が必要だったということだ。

 そして、それが響いて、現皇太子は皇太子のまま……いや“暫定”皇太子のまま……ということだ。


 そこで、史朗は目を見開いた。





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