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長い物語の終わりはハッピーエンドで  作者: 志麻友紀
長い物語のおわりはハッピーエンドで
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第1話 よばれてない その1




 唐突に異世界召喚された。

 同時に前世の賢者の記憶が蘇った。


 元の世界に戻るために、術式を展開してすぐに、これはマズイと気付いた。


 相手側の召喚式がつぎはぎだらけの酷いもので、さらには唐突に蘇った記憶のせいで、こちらも魔力調整出来ず全開でやらかしてしまった。

 このままでは、双方反発し合い、相殺されなかったエネルギーが吹き上がり、どちらの世界にも穴が空く。


 具体的にいうならば、あちらとこちらの魔法陣を中心に大爆発が起こるということだ。それこそ一つの街が吹っ飛ぶような。


 それを防ぐために、展開した術式をバラバラに切り離す。同時に己の身体に宿る魔法紋章も、その数は七つ。二つは先に吸い込まれた女の子の身体に、あとの四つはむこうがわに吸い込まれる。一つは自分の中に残った。


 これではあちらの世界に渡ったときに、魔力ゼロの丸裸の状態で放り出されるが、それも致し方ない。


 二つの世界が吹っ飛ぶよりマシだ。


 願わくば、あちらの世界で、食べ物と寝る場所に困る生活にならないことを願いつつ。


   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇


 佐藤史朗(さとうしろう)は引きこもりだ。

 いや、引きこもりだったというべきか。


 中学で人間関係につまずいて、不登校となりという、典型的なコースといえるだろう。ただし、完全な引きこもりでもない。通信制の学習塾には通い、通信制の高校に合格、これも通信制の大学を選んだのは、やはり人間がとくに同世代の若者が怖かったというのがある。彼らがなにをするわけでもないが、制服を着た学生を見ると、高校を卒業したはずの年齢。十九になっても、なるべく目線を合わせず距離をとってすれ違うぐらいには。


 日もくれたコンビニの帰り道、いつものように菓子とジュースが入ったエコバッグをさげて、家へと向かっていた。

 あがった悲鳴に、何事かと角の道をのぞいて驚いた。

 青白く空中に浮かぶ魔法陣らしきものに、身体の半分がのみ込まれた女の子がいたのだ。


「助けて!」


 伸ばされた手に、駆け寄り触れようとして、史朗は一瞬躊躇した。女の子が着ていたのは、史朗の通っていた中学校の制服だったからだ。


「あ……」


 しかし、女の子に触れずとも、史朗の身体はその魔法陣にのみ込まれた。

 そこから先、前世の賢者の記憶が蘇った。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 「いらっしゃった!」という声に、周囲からあがる歓声。

 無茶な転送に内臓がひっくり返るほどもみくちゃにされて、床にうつ伏せる史朗の頭上から聞こえたのは。


「彼は?」

「ああ、召喚に勝手に巻き込まれたんだろう。魔力もないクズで、それにこいつは男だ、どうでもいい」


 低い心配げな声に、面倒くさそうに別の男の声が返す。「皇太子殿下、宰相閣下、成功、大成功です!」と一転して、はしゃいだ声をあげた。

 「聖女殿をこちらの世界にお招きすることが出来ました!」と遠ざかっていく。うつ伏せの視界の端、赤地に金の縁取りの刺繍をしたローブの裾がひらりと揺れるのが見えた。


「大丈夫か?」


 かけられた言葉と同時に抱き起こされる。一番最初の低い声の主だ。

 ぐらぐらする悪い気分が一瞬吹き飛ぶほど目を見開いたのは、目の前の顔のせい。


 濃紺の深い夜の様な瞳が自分を見ていた。知性を感じさせる白皙の額に、野性味を感じさせる精悍な頬のライン。相反する印象が男の魅力を深いものにしてる。

 黒に近い褐色の髪を後ろになでつけて、はらりとひと筋額にこぼれる様も、詰め襟、濃紺の軍服みたいな、きっちりとした服装もあいまって、男の色気が倍増だ。

 その通った高い鼻筋も、上は薄く、下唇はぷっくりとほどよく厚い唇も、至高の天才彫刻家が切り出したギリシア彫刻のように完璧に整っている。


 「気分は?」と訊ねるバリトンの声さえ、大人の落ち着きを感じさせる。ああ、これぐらいの美男となると、声も美声なのかと思う。

 彼は自分の肩に掛けていた濃紺のマントで、史朗をくるみこむようにして抱きあげた。いわゆるお姫様抱っこであるが、男の沽券がなんだという余裕はない。本当にすごく気分が悪い。


 視界が高くなったことで、呼ばれた場所の全体が見てとれた。高い天井に並ぶ白い石の列柱の奥には、数段、階段を昇った先に黄金の大きな椅子があり、両脇には、銀の甲冑に赤の制服をまとった衛兵が立っていた。なぜか、その椅子には誰も座っていない。

 ではここは、どこかの宮殿の玉座の間か?と史朗は思った。


「我がアウレリアによく降臨してくれた!そなたこそ、我が国の救世の聖女!」


 アウレリアとはこの国の名か?


 そこにはいまだ現状がつかめていないのか、呆然とするブレザーにチェックのスカートの女の子の両手を握り締める男がいた。金色に青い瞳、顔立ちは悪くないがどこか軽薄そうな雰囲気があった。白に金、胸元も袖口もレースのぴらっぴらの、いかにも王子様然とした衣装も、逆にテーマパークのキャストめいた本物じゃない感がある。


「皇太子殿下も宰相閣下も、あなたさまの降臨を待ち望んでおりましたぞ」


 赤いローブをまとい杖を手にした、その首飾りや腕輪やら、四つも五つもつけた指輪はすべて魔導具だろう。やたら自己顕示欲が強そうな魔術師がいた。こいつがさっき自分のことを『どうでもいい』と言った男か。あんなへっぽこ召喚陣を書いた不出来さを、怒鳴って、ついでに風魔法で遥かかなたの山にでも吹き飛ばして、強制登山でもさせてやりたい気分だが、いかんせん魔力ゼロだ。さらに気分はいまだ最悪。


 その横には鷹のような鋭い風貌の深緑の宮廷服をまとった壮年の男がいて、こいつが宰相閣下か。で、先の偽……じゃないどうやら本物の王子様が皇太子殿下らしい。

 「殿下、閣下、おめでとうございます」とさらに周りを取り囲む、宮廷服を着た男達と豪奢なドレスまとった貴婦人達が、軽い殿下と、なに考えているかわからない表情の動かない宰相閣下に、貼り付けた笑顔で、盛んに祝いの言葉を述べていた。


 その真ん中の、相変わらずテンション高い様子で、自分に話しかける王子に手をとられたままの、異世界からやってきた女の子は、やっぱりなにが起こったのかわからないのか。呆然と立ち尽くしていた。史朗のように気分が悪そうではないのは、彼女に飛んでいった、賢者としての史朗が持っていた魔法紋章のおかげだろう。おそらく無茶な召喚にも、最初は目眩程度は感じただろうが、あの様子ならば大丈夫だろう。


 大丈夫じゃないのは、自分であるが。


「う……」

「気分がわるいようだな」

「は……い」


 かろうじて答えると、男が何事かつぶやいた。同時に、自分を抱きあげる男の手から、ぽうっと温かいなにかが流れこんできた。


 癒やしの波動だ。治癒の魔法には水や土などの分類があるが、これは最上級の光だ。先ほど男が唱えた短い呪文で全身が癒されていくのを感じる。

 それと同時にとろりと眠気が襲ってきた。身体を回復させるために休息を要求しているのだろう。


 それでも重いまぶたを開いて、目の前の男の顔を再び見た。長く伸びすぎた前髪をうるさいと無意識にかきあげる。

 男が一瞬息を呑むような表情に見えたが、史朗の意識はそこまでで、重いまぶたは自動的に下がり、強制的に眠りの世界に誘われた。


 気を失ったともいう。





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