2035年の夏の日
終わりの語り部を編集しました
「あ”づ”い”~”……」
気温が34度を超える真夏。
屋根があるおかげで殺人光線とも呼べる光からは難を逃れている。
けれども暑い。暑いのだ。
「今年は最高気温を何度超えるでしょうかね~?」
穏やかに暑さを感じさせない機会音声がつむぎの耳元で聞こえる。
返事をする元気すらない。
「メ”ロ”~”……エ”ア”コ”ン”づ”げ”で”~」
「省エネですからね~」
返事にもなっていない言葉を吐いているのは50㎝くらいの青と白がメインカラーのメンダコのようなロボットである。
だが彼のロボットが居る部屋は現代的なものではなく、むしろもっと昔の昭和を思い出させる作りの部屋だ。
木造の部屋には2035と赤字で描かれたカレンダーに、古い鉄で出来たかき氷機。時間を13時と指している古時計。熱風に揺られる風鈴がちりーんとなりながら、テーブルにあった祖母が置いていった麦茶の氷がからんと音を立てる。
なんとも昭和的なアイテムばかりだ。現代っ子であるつむぎには物珍しく、いつもであれば勇んでそれらを拝見し、自身の記憶に留めるだろう。
だがこの気温。
この広島の祖父母の家でさえ36度を超えるのだ。
人の多い東京や盆地である京都は何人熱中症で殺されているのか。空恐ろしい。
だがいつまでもこの部屋に居ては現代っ子であるつむぎは干からびてしまうだろう。
どうにかしなければならない。
ということで。
「じ”い”ぢ”ゃ”~ん”!!」
つむぎは祖父に泣き付くことにした。
「つむぎ、そうは言ってもじいちゃんもばあちゃんには勝てんくてな……」
「あ”た”し”死んじゃう!つ”む”ぎ”死んじゃうよ!」
そうつむぎが泣き付くと祖父は少し考えたのち、内緒だぞ?といって部屋を閉め切り、リモコンに貼ってあった省エネの紙をずらしてエアコンの電源を入れる。
「まぁ、ばあちゃんが帰ってくるまではつけておこうか」
「うぐぺぁ……」
「言葉にもならないほどよろこんでいるみたいですね~」
つむぎが涼しさで溶けていく横でメロが祖父にありがとうございますとお礼を言う。
閉じられた部屋の中、数分の時間が経過していく。
「……っは!?」
そしていくらか立ったのちに、つむぎの意識が戻ってくる。
「危なかった……、川の向こうでじいちゃんが手を振ってた……」
「勝手におじいさんを殺さないでください~」
テーブルにある麦茶を一杯飲みながら、一息つく。
未だ暑いが、エアコンが頑張って部屋の暑さを沈めていってくれている。
そう思えば体は動いていく。
「汗をいっぱいかいてるので服を着替えてくださいね~タオルです~」
メロがそう言いながら頭頂部に仕舞われていたアームでタオルを差し出してくる。
「ありがとう……でもなんでエアコンをつけてくれなかったの?」
じっとりとした肌を拭きながら、お世話ロボットであった筈のメロに対して静かに抗議をする。
「後20分ぐらいは大丈夫でしたから~」
「それもう少しで死んでたよね!?」
「ふふふ~」
「答えろぉ!?」
つむぎはメロを精一杯揺らすが、そのうち飽きて寝転がる。
ただしやる事はない。スマホは没収され、ネットも目の前にいるメロに禁止されているのだ。
「ちくしょ~……メロ~、何でネット駄目なの~……?」
「自身の行動を鑑みてください~」
そう言われても高校生になってから4か月間、夜中に起き続けて、授業中に寝ていたことしか覚えていない。
「一体何が原因なんだ……!」
「先生から私にメールが来たんですよ~まったく~」
つむぎは無意識にメロから顔を逸らし、天井を眺める。
天井にある木梁のシミを見つめつつも、横にいるメロがこちらを責めているような気もした。
だが恐らく気のせいだろうと目を閉じて、体を涼ませる。
が。
「すまん、ばあちゃんが帰ってきたわ」
襖が開かれ、微妙な沈黙が破られる。
「それじゃあ消しますね~」
無慈悲にもメロのアームによってエアコンの電源が消され、声にもならない言葉をつむぎは絶望の表情で叫んでいた。
だが今さっきつけたばかりのエアコンを消すばかりか、元気はありそうだが現代っ子には辛いだろうと思ったのか祖父はいくらかのお小遣いを財布から取り出して、近くのコンビニで休んできなさいという。
エアコンをつけていたことで祖母にチクチク言われるのも嫌なのですぐさま、つむぎは出掛けることにした。そして山の坂にある家を出て、殺人光線を浴びながらつむぎは坂を下っていき、コンビニに到着する。
広島限定とされる抹茶アイスフラペチーノダブルを買って田舎特有のコンビニの休憩スペースで涼みながら外を眺める。
海にほど近い場所にあるコンビニの窓からは住宅街の隙間からではあるが海が見え、その奥には島々が見える。
何とも自然を感じさせる場所なのだろうと思いながら冷房の元でフラペチーノを啜る。とても自然だ。
「つむぎ~」
つむぎがどうでもいいことを考えているとメロが呼びかけてくる。
そちらを見ると、”釣り餌あります”という言葉と共に釣り竿や餌が売っていた。
「買えと?」
「結論が速すぎます~」
メロは瞳部分を細めて、つむぎを見つめる。
つむぎはまぁまぁと手をジェスチャーしながらメロに聞く。
「確かに珍しいけど、そんなに欲しい?」
「私がネットを禁止しているので時間があるのですし、どうせならここで夏っぽいことをしていきません?」
「まぁ、釣りは夏っぽいか……」
「あと私が海を見ていたいです~!」
つむぎは思わずジト目でメロを見る。
が、まぁ夏であるしこんな機会が無ければ自分ならしないだろうとも思い、釣り竿と餌を買うことにした。メロが喜ぶ声が聴きたかったのもまぁある。
コンビニを出て、列車の橋の下を通ると海が見えてきた。
だだっ広い。遠くに島が見える海。瀬戸内海ではなく日本海とかであればもっと広大なのだろうかと考えながらじっとりとした暑さの中、釣り具を用意する。
生餌に針をサクッとさして海につるす。投げる行為は昔見たテレビでトラウマになっているからやらない。
じっとりとした気温と殺人光線に生ぬるい潮風のハーモニー。
「ここが地獄か……?」
開始して数分で既に辞めたくなってきた。
日焼け止めも塗ってないので乙女の柔肌も心配である。
喜んでくれると思っていたメロはなんだか海に夢中過ぎて反応が無い。
なんだか嫌な風が吹いているとつむぎは思いながら、糸を垂らし続ける。
ふと、少し遠くの方でキラリとした反射光と共に水しぶきが小さく上がった。
「なんだいまの?」
「魚が飛び上がったんです~!」
機会音声であるが興奮した声色でメロが急に話し出した。
「あれは恐らく捕食される寸前に飛び上がって逃げる行動だと思うんですよ!それか寄生虫を落とす行動!どっちにしてもきれいな動きでしたね~!」
「一瞬過ぎて分からんかった」
「そうですかぁ……」
つむぎは思わず答えた言葉に対する反応で自らの失敗を悟る。ここは共感してあげるべきだったのだ。だが今更、吐いた唾は吞めない。
どうするべきかとつむぎが頭を回しているとメロが話し出す。
「海の中に入ってみたいですねぇ」
「海の中……?」
「えぇ、映像記録だけじゃなくてつむぎと一緒に入ってみたいですね~」
うぅむとつむぎは唸る。今の身体では多少の水滴ならばともかく、沈むほどの水量に耐えれるように身体を設計していない。
気密性もそこまでの為、メロが海に落ちると確実に壊れてしまう。
アーム部分に関しては水滴が入る可能性が高いし、何より入った後の掃除が大変だ。どうするべきかと考え、思いつく。
「専用の身体を作るか」
「できますかぁ~!?」
確か祖父の家には3Dプリンターがあった筈だ。つむぎの家にある3Dプリンターよりも古いだろうが恐らく可能だろう。
簡単な外装とグルーガンで埋めていけばある程度は気密性が出来るはず……
「だれが貴様の身体を作ったと思うとる」
「口調がおかしくなってますよ~」
ふふんと鼻を鳴らし、メロが喜ぶ姿を想像しながら、釣りを早々に切り上げて祖父母の家へと帰っていった。
「40時間!?このパーツで!?」
「長いですねぇ~……」
祖父母の家に帰宅後、直ぐに祖父に3Dプリンターを借りてアプリで簡単に設計、すぐさま完成すると思われていたのだが。
「まさか昔のってこんな遅いの……?」
「調べたところ、20年ぐらい前のもので動いてるのも奇跡みたいですね~」
「20年!?じいちゃんが50代の時の奴!?骨董品じゃん!」
「完成品もうちにある奴と比べると質の差が大きいですから、あまり期待しない方が良さそうですねぇ」
雷に打たれたような衝撃をつむぎは受けながら、ただ目の前の現実に呆然とする。
3Dプリンター自体が古いのはまだ大丈夫だろう。だが、使われる素材も今では見ないものだったので最初は海外の製品なのかなと思ったぐらいだった。
だが実際はその素材すら18年ぐらい前の物。祖父の説明をろくに受けずに借りた為の失敗である。
「どうしよう……!」
「まぁまぁ、うちに帰った時に作って、来年持ってくればいいですから~」
「むぅ……」
そう二人で話していると襖が開かれる。
「どうかしたか?」
そこには祖父がおり、こちらを心配そうに見ていた。
「じいちゃん~!これ古いよぉ!最初に言ってよ!」
「うぅむ……言おうと思ったんだがあまりにも真剣だったもんでなぁ」
「尚更言えよ!」
つむぎが憤っていると祖父がタブレットの画面を見る。
「ふーむ。なんじゃこの球体。投げるわけじゃないだろうし……まさか海に浮かべるのか?」
「おしいですね~。実は私、海の中が見たくてですね、つむぎに無理を言ってこれを沈めて海の中を見せてもらおうとしたんです」
「なるほどなぁ……だが3Dプリンターが使えずできなかったと……。すまんのぉ」
メロの説明を受け、祖父はつむぎとメロに対して謝る。そしてふとタブレットを見つめる。
「タブレットを沈めるじゃ駄目か?最近のは耐水が標準と聞くが」
「流石に海は不純物と塩があって駄目ですね~」
「ふ~む」
祖父は一瞬顎に手を当てて考えてから口を開いた。
「ならばメロや。少し昔の機種にはいることはできるか?」
「ここ10年であるのと、ネットに接続するSIMカードが刺さっていれば行けると思いますよ~」
「そうかそうか。ちょっとばあちゃんに用事ができたわい」
そう言って祖父は立ち上がり、襖の奥へと行く。
「ばあちゃん~、ジップロックどこにやったかー?」
メロとつむぎは二人で目を合わせた。
「まさか出来ちゃうとはね……」
祖父に渡された7年前ぐらいに出たタブレットを大きめのジップロックの中に入れ、閉める。
すると出来てしまったのだ。気密で海の中を見れるタブレットが。
桶の中につかり、成功を喜ぶメロと祖父を見ながらつむぎは不覚にも少しもやもやした。
自らが助けようとしたのに、結局は祖父に助けてもらい、メロに喜ばれるはずだった場所には自分が居ない。
何とも言えぬ感情がつむぎは心のまま次の日、祖父母に連れられて砂浜のある場所に来た。
水着に着替えて海の上を浮き輪で漂う。日々続く殺人光線も今日はなんだか穏やかに感じる。
「メロ」
「どうしました~?」
一生懸命、海の中を撮影していたメロが呼びかけに反応する。
「私、決めた」
つむぎはタブレットの画面を自身に向け、メンダコのアイコンに向かって宣言する。
「メロの身体に触覚を作る」
「海を見るだけじゃなくて肌で感じさせる」
「さざ波の揺れがどんなものかも気付かせる」
「暑い、寒いだって分からせてやる」
「だから待ってて。私が絶対に作って見せる」
そう言いきった後には波の音が場を支配する。
メロからの返事は数瞬後に続いた。
「……ふふ、えぇ楽しみです。とても」
ある日の夏の事である。今からすれば未来であるが、いつか来る時間。
ある少女が祖父から貰ったAI生成ツールからその少女の時間は始まった。
少女はAIに対してメロと名付け、メロは少女を支えた。
時が立ち、ある夏の日に少女は決意した。
自らの手でメロの身体を作って見せると。
いつの日か、彼女らは再び訪れるだろう。その新たな身体と共に。