魔触機装 ep6 管理者
壁の中は通路が無数にあり十字路がいくつも続いていた。
全体的に白い通路であり何度も似たような場所を通るため感覚が変になりそうだ。
『部屋をいくつか見つけましたがどの部屋にも誰もいませんでした』
「どんな部屋だったんだ?」
『何もない白い空間です』
「何もない、か」
『少なくとも人が住んでいたようには見えないです』
「本当に何もない?」
『ええ、何もない空間です』
「……師匠以外の人は何処に行ったのでしょうか?」
「そうだな。
この先にそのヒントがあるという事か?」
『おそらくは、それっぽい部屋を一つ見つけております』
「それっぽい部屋?」
『はい、一人の男性がそこに居まして、師匠とレイリアナにすべてを話すと言っております』
ジェーンは、レイリアナの手前師匠と言ったが、正確には僕のことだろう。
「そうか。
なら何のために僕を捕えたのか教えてもらえるだろう」
「そうですね!
もし、碌なことを言わなければけちょんけちょんにしてやりましょう!」
本物の師匠を捕えた相手だ。
勝てるはずもないだろう。
交渉でここから出してくれればいいが、さてどう交渉したものか。
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「やあ、おはよう。
待っていたよ」
ジェーンに案内されてたどり着いた場所は、師匠がいた空間よりはるかに小さい。
目の前の男が十歩も歩けば端から端まで行ける空間だった。
そして、男は、僕たちから白い机を挟んで白い背もたれ付きの椅子に座っている。
男の後ろには、いくつか僕たちがいた通路を映している四角いものが幾つかあり他の同じ形の物も見受けられるが、何も映していない様だ。
「おはよう?」
「いやいや、申し訳ない。
初めましてだね。
僕のことは管理者とでも呼んでくれ」
「管理者か。
僕たちはここから出たいんだが、どうすれば良い?」
「まあ、そうだろうね。
何もしなくてもここからは出してあげるよ」
「対価は?」
「もうすでに支払い済みだよ」
「俺や、他の人が支払ったという事か?」
「ああその通りだ。
でも、ジョン君には、支払ってもらうことになるね」
「何を支払わせるつもりだ?」
「支払うというよりも返してもらうかな?」
「ジェーン達か」
「ああその通りだよ」
「分かった」
「何で師匠が答えるんですか?」
「説得する」
「なるほど。
でもジョンなら大丈夫だと思いますよ」
『分かっている。
勿論、支配は解くが、僕がいなくなるとただの動かない生者になるだけだよ?』
「問題はないよ」
『分かった。
この場ですべての支配を解けばいいか?』
「それも大丈夫だすでに返してもらったからな」
『まさか、こんなことが』
支配したジェーン達を感じない。
いや、それどころか分身たちも感じない。
「さて、君たちを帰すわけだけど何か聞いておきたいことはあるかい?
答えれないこともあるけど君たちが今の境遇に納得できる手伝いはしてあげるよ」
男はそう言って机の上で手を組んでこちらの質問を待つ。
「ここは、なんのためにあるんだ?」
「世界の均衡を保つためとだけ言っておくよ」
睨みつけるが、それ以上のことは言わないつもりのようだ。
「ここに来た他の人たちはどうなったのですか?」
「世界の均衡のために犠牲になった」
世界の均衡か。
「世界の均衡が崩れそうだったという事か?」
「その通りだよ」
「どうやって師匠を倒したのですか?」
「その質問には、答えられない」
ん?
答えてもよさそうな質問だが?
よほど師匠が強くてこちらに教えられないほどの奥の手を使ったとかか?
「世界の均衡は守れたのか?」
「その質問には、答えられない」
急に答えられない質問が増えたな。
「戻るときは入口に戻りますか?」
「どこにでも戻して上げれるよ。
師匠とやらの家でもどこでもね」
男の言葉にレイリアナは驚愕する。
「そんな、だってダンジョンでもそんなことは」
「そう気にしなくてもいい。
転移魔術の応用だとでも思ってくれ」
「転移魔術!
師匠!
転移魔術ですって!」
「?
そうだな」
「師匠……?
……あ、そうか」
レイリアナはそう言ってさみしそうな顔をする。
「さて、他に質問はあるかな?」
「僕は、死んだのか?」
「さて、その答えには、こう聞き返すしかないね。
どちらのだい?」
どちら?
どちらだと?
師匠と僕の二人か?
師匠は死んだのは確認しているからする必要はない。
なので僕は頭を指さして聞く。
「僕が死んだかどうかだ」
「君は、一度死んだね。
そして、それを依り代にさせてもらった。
答えは以上だ。
それ以上は答えられない」
どうやら、あの卵のようなものに入る前に僕は死んだらしい。
それが、どういうことなのかは分からないが、複雑な気分だ。
「師匠が死んだ?
でもここにいるじゃないですか?
どういうことですか師匠?」
「転移魔術が、使えるなら僕の理論上蘇生魔術も使えてもおかしくはないんだ。
そして、ジョンが支配したジェーン達を開放したことといい、あるいはと思ったんだ」
「蘇生魔術のようなものなら使えるとだけ言っておくよ」
「それだけで十分だ」
「そんな」
「レイ、大丈夫だ」
「……うん!
そうだね。
師匠は今ここにいるそれだけで十分だよね!」
レイリアナはこちらを見て笑う。
すまない。
「質問は以上かな?」
「最後に一つだけいいか?」
「何だい?」
「お前の本当の名前は何だ?」
その質問に暫しの沈黙が訪れる。
そして、男は、口を開く。
「……ハル」
男はそう言うと視界が白く染まっていく。
「それじゃあ、元気でね」
真っ白な視界の中、男の声だけが頭の中に響いて行った。