魔触機装 ep5 over シショウ
師匠の意識らしきものが無くなった以上やることは1つ。
問題点は、僕が師匠のことを何も知らないと言うことだが、まあ、問題は無いだろう。
状況が状況だけに記憶が無くなっててもおかしくは無い。
既に僕は、師匠の中にいる。
主導権を争う相手もいない。
師匠の体を動かす。
そして、レイリアナの腕であり足でもある僕が離れる。
いや、今はレイリアナの意思で動かしているんだからレイリアナが離れたというべきか。
「レイリアナすまなかった。
大丈夫か?」
「うん、うん!
師匠!
正気に戻ったんですね!」
「ああ、そうだ正気に戻った。
だが、これは」
「どうされたんですか師匠?」
「レイリアナ、落ち着いて聞いてくれ」
「はい」
「どうやら、記憶が無くなったようだ」
「え、ええっーーーーー!!」
師匠の言葉は、直ぐに信じるようだ。
「で、でも、私のことが分かったじゃないですか!」
「それは、レイリアナの腕と足に着いているそいつのせいだ」
「ジョン?」
「ああ、そうだ。
ジョンが、これまでのことを教えてくれたからな。
だから、ジョンが知らないことは分からないから教えてくれ、例えば、私の本名とかな」
「師匠の本名?
師匠はシショウですよ?」
「え?」
「師匠の名前はシショウです」
「そうか?
何か違和感を感じるが」
「間違いないです。
奥様も師匠のことをシショウと呼んでました」
師匠というのは、教える者を指す言葉だ。
流石に名前がそれな訳がない。
とは言えそれを記憶が無いはずの師匠が指摘するのはおかしいので取り敢えずそれで話を進めるか。
「奥様?
僕に妻が居るのか?」
「ええ!
とびっきりの美人ですよ!
けど、奥様のことまで忘れちゃうなんて、何があったんですか師匠?」
「それは、分からないな。
だが、調べることは出来そうだ」
「調べると言ってここは、廊下と部屋だけで構築された空間ですよ?
本当に何も無かったですよ?」
「ああ、別にレイリアナが見落としたとは思ってはいない。
仕掛けの問題だ」
「と、言いますと」
「至極単純な話、開けるまでは壁になっている場所があると言うことだ」
「え?
それじゃあ、何処かの壁が開くって事ですか?」
「ああ、ジョンが其処を抑えてくれているが、その前にやることがある」
「え? ちょっと待って下さいよぉ」
師匠に吹き飛ばされたジェーンに近づく。
どうやら死んでしまったようでジェーンから僕を感じることができない。
「すまないな。
正気を失っていたとはいえ殺してしまった」
「師匠……」
「今は弔ってあげられないが、ここから出ることができて戻ってこれたら弔うよ。
行こうかレイリアナ」
「……はい、師匠」
それっぽくできたかな?
来た道を戻ると僕が支配したジェーン達が待っていた。
数は十人程度だ。
『待ってました。
ジョンから話は聞いております。
壁の中には偵察を出しています』
どうやら、まだ増えているようだ。
「初めましてだな。
僕の名前は師匠だ」
『……初めまして師匠、私の名前はジェーンです』
「そうか。
では先導してくれるか?」
『喜んで』
余りに簡素なやり取りに疑問を覚えたのかレイリアナが尋ねてくる。
「師匠、同じ顔の子がいっぱいいるのに驚かないんですか?」
いや、簡素なやり取りにではなく僕の反応を見て、か。
「ああ、ジョンから聞いていたと言うのはやや語弊があるが、まあ、ジョン経由で知っていたんでな」
「成る程、では、あの子達がジョンが支配してるのも?」
「知っている」
「それなら話は早いですね」
「何が言いたい?」
「さっさと進んでこんな所抜けてしまいましょう!」
「ああ、そうだな」
……一瞬、僕が師匠になっていることに気が付いたのでは無いかと心の中で身構えてしまった。
まあ、できるだけ誤魔化していくけどね。
師匠がとっくに果てているという事は……。
しばらくジェーンに付いて行くと壁のうちの一つが不自然に開いているのが見えた。
「こんなところに入口が?」
『ええ、中から開ける仕組みなので、外からでは気が付かないのは仕方がないです』
レイリアナは狐につままれたかのような顔をしてその空間を凝視する。
「偵察を出したってことは今のところ大丈夫そうか?」
『ええ、それでも私が先導します。
本体が死んでしまっては何が起こるかわからないですからね』
「ああ、ジョンはしっかりと守らせてもらうよ。
弟子も守らないといけないしね」
「師匠ぉ」
え? そんな声だすんだレイリアナ。
最初の印象と全然違うんだけど。
まあ、それだけ安心できるってことなんだろう。
たとえそれが幻のようなものだとしても……。