魔触機装 ep0 生誕者
卵の殻をやっとの事で破る。
外に出て、やはり後悔が過る。
これからどうするか決めていないからだ。
かといってあのままあそこに居ても意味は無かっただろう。
行動に移してこそ初めて分かることもある。
そして、行動に移して分かったことは、どうすればいいかと途方に暮れることぐらいだった。
情報が少なすぎる。
僕が得られる情報は、触覚から得られるものだけだ。
そして、わかることと言えば、さっき破った殻が転がっていることと自分が、岩か何かの上に居ることくらいだ。
……いや、岩と言うには随分とスベスベしている。
そして、平坦だ。
そして、この平坦な場所は見事なまでに重力に対して水平になっているということも分かった。
何故分かったのか説明は出来ないが何となく確信出来た。
平坦な所を触って自分の居場所を確認する。
平坦な場所が淵があり長方形になるように区切られている。
どうやら僕は、テーブル或いは何かしらの台の上にいるようだ。
果たして誰かの晩餐になるのかと思ったもののとくに何かをされることは無く時間は過ぎる。
体を限界まで淵に寄せて台の側面を触っていく。
何かしらの彫刻が施されているのは分かるが、どんな彫刻が施されているかは分からない。
しかし、それだけで、思い浮かぶものがある。
祭壇だ。
つまり僕がいるこの台は、何からしらの祭事に使われていた可能性が高い。
そして、僕が祭られるように置かれていたわけだけど……。
慎重に祭壇らしき物の彫刻を足場にしつつ降りていく。
登ることも出来そうな程度には足がかりがある。
まあ、戻ったところで意味が無いだろうけどもね。
祭壇から降り少し進むと今度は階段があった。
と言っても段差が小さいため階段という言い方には少しばかり抵抗があるが……。
階段を下りきるとザラザラした石の床になった。
どうやら少しばかり砂があるようだ。
気にしてもいられないので、そのまま進むこと数十分。
唐突に体に衝撃を受ける。
いや、痛くは無いのだが驚いた。
その後も何度か衝撃を受けたので衝撃の元となる物を掴んだ。
掴んだと言う表現が正しいかは、正直分からないけど何かしらの動きを止めたのは事実だ。
それは、棒のようなものだった。
僕が握った反対側に力が加わっているのが分かる。
しかし、大した力ではない。
僕は棒を振りました。
何度かほどほどに硬くしかし、無機質に硬いものではなく有機的なモノに当たる感触を得てそして少しすると何も当たらなくなった。
どうなったのかと触覚を伸ばす液体に触れた。
その液体にしばらく触れていると何故かとても美味しく感じ始めた。
それと同時に体の中にエネルギーが流れ込んでくるのも自覚し始めた。
少量ではあるもののそれは僕にとって必要なものだった。
無意識に何かを吸収したようだ。
吸収を続けると匂いが嗅覚を刺激してきた。
鉄の匂いとそしてなんだか食欲が刺激される匂いそれが混じり合った独特の匂いだ。
匂いの元に触覚で触れると柔らかい。
まだ、温かさが残るそれに寄って行きそしてエネルギーを吸収する。
よりエネルギーが得られる場所を探しながら吸収を続ける。
その柔らかい物体のさらに柔らかい部分を見つける。
中に通じる穴がある。
そこから入ればより大きなエネルギーが得られると確信した。
迷うことなく入り込む。
まだ、エネルギーが残っているであろう場所は近い。
……どうやらエネルギーを得たことによって僕が触れる範囲が増えたようだ。
柔らかい物体はまだある。
……エネルギーを吸収し続けて、急に光の線が見え始めた。
……いや、これは視覚だ。
眼が見えるようになったのか?
……目を見開くとそこには死体が四つ転がっていた。
……死体はよく知っている形をしている。
……人だ。
……人、なのか?
服(ベストのような鎧が付いている)を着て、武器を持っているその死体は、人にしか見えなかった。
しかし、どうも様子が変だ。
それらは、死んだというのにまるで感情を感じさせない。
無機質な顔だ。
更に全ての死体の顔が同じときたものだ。
クローン人間か?
……しかし、武器があまりにも原始的だ。
クローン技術は、遺伝子を確認できるレベルの文明が持つ技術だ。
クローン技術でできたであろう兵士が簡素な剣を武器にしているのはおかしい。
奪った剣は、何かしらの緻密な技術で作られた物でもなさそうで、ただの鉄塊と言っていいほど大きいだけだ。
……いや、普通に持てているがこの剣、意外と重量があるんじゃないか?
……残念ながら重量の参考にできる物がないからどの程度の重さかわからない。
死体より重いと言うことは分かる。
そのことを考えるとこの死体になった生物の膂力は、僕が知っている人のそれを遥に上回っていることになる。
それは、とても驚異になるだろう。
普通なら。
さて、折角視覚を得たのでこの場所の情報をより多く集められる。
どうやら建物の中らしい。
少なくとも文明があるのは確かだ。
壁と天井、そして床すべて金属で構成されているようだ。
手入れが入っていないためか、床は、砂埃が広く存在している。
どうやら通路になっているようで、この場所から向かえる方向は二つだ。
片方は僕が来たところに繋がっているだろう。
さて、このまま進むにはどうもこの体は非効率だ。
自分の手を見るとそれは明らかに触手と呼ばれるものだったからだ。
体は確認できないが、少なくとも人のそれではないだろう。
先ほどの死体を見てやはり人の体が動かしやすいものだと実感する。
どうにかできないかと思うものの体を入れ替えるなんてことは出来はしないだろう。
自分の触手からエネルギーが流れて来るのを感じる。
そのエネルギーの源である死体、そこから得られるエネルギーは徐々に減ってきている。
まだ、エネルギーが残る場所を手探りで探す。
すると何かを掴んだような感覚を得た。
いや、何かに繋がったような感覚だ。
繋がった先を動かしてみると死体がびくりと動いた。
これは、と思いさらに探りを入れてみるとより深くつながるのが分かった。
そしてまた動かす。
死体が意思があるかのようにのたうち回る。
死体をしばらく動かして動かし方に慣れが出てきた。
死体を立たせる。
バランスを取るのが難しいが、これなら歩かせることができるだろう。
しばらく死体を玩具にして自分の足を確実なものとするため色々試していると死体が崩れ落ちた。
どうやらエネルギーが切れたようだ。
こちらからエネルギーを供給することもできるが、そこまでの必要は感じない。
次は、生け捕りにして色々試してみる必要があるな。
自分が来た方の反対側へしばらく進むと人影を見つけた。
幸いなことにこの体は天井に張り付くのにとても便利だ。
下を歩く二人に天井から襲い掛かり直接一人は即座に絞め落としもう一人を拘束する。
抵抗を見せるが、膂力ではこちらが勝っているらしく何もできない様だ。
触手を彼、いや彼女か?
まあいいや、それの鼻から触手を入れ込んでいく。
抵抗が激しくなるが、それも虚しく蹂躙される。
さっき死体を操ったように何かに繋げることができた。
すると抵抗が弱くなる。
僕は更に奥へと繋がりを強めると抵抗がなくなる。
『ヤメロ!』
声が聞こえてきた。
いや、声と言っても今はまだ聴覚がないため音声での声ではない。
テレパスの類のものだ。
『ヤメテ!』
繋がりの奥から聞こえてくるような気がする。
『ソレイジョウ、ハイッテコナイデ!』
死体にもあったそれを見つける。
エネルギーの塊だ。
とても濃厚で美味そうではあるが、そのエネルギーを全て吸収するとこの声の主は死んでしまうような気がする。
それは少し勿体ない。
今は情報が欲しいのだ。
しかし、どうすれば良いだろうか?
声を出すことができないため話しかけることは出来ない。
『コロシテヤル!』
繋がりが押し戻されるような感覚が来た。
駄目だ。
意思疎通をするには一旦あのエネルギーの塊に繋げるしかなさそうだ。
一気に奥まで入り込む。
『イヤアアアァァァ!
クルナアアアァァァ!』
エネルギーの塊の中にあるよくわからない塊。
それを見て我慢という言葉はなくなった。
それを吸収する。
ああ、なんて美味しさだ。
体中にエネルギーがあふれるのが分かる。
それが何なのかは分からないが、それを吸収した途端、声が無くなった。
どうやらこの体の意志の塊だったのかもしれない
まあいい、今はまだ検証を進める段階ではない。
しかし、意志の塊では少々長いため…………そうだ魂とでも名付けておこう。
そして、どうやら手に入ったのは、魂だけではないようだ。
どうも死体の時とは違い体を手に入れたような感覚だ。
そして、恐ろしく感覚が馴染む。
まるで自分の体を取り戻したかのような錯覚に襲われる。
自由に動かせる体、これがあればもう少し移動は楽になるだろう。
しかし、もう一つ確保したこれはどうしたものか。
……せめて体がもう一つあればな。
……せめて体がもう一つあればな。
?
?
なんだ?
なんだ?
意識が、ダブっている?
意識が、ダブっている?
……
……
どうしてこうなった?
どうしてこうなった?
少し黙ってくれないか?
少し黙ってくれないか?
……
……
分かった。
分かった。
このままでは埒が明かない。
このままでは埒が明かない。
繋がりを切るか。
繋がりを切るか。
……繋がりが切れた。
声がなくなった?
「声がなくなった?」
目の前のそれが声を出す。
奇しくも僕の思考と同じ言葉だ。
「その姿が僕の姿なのか。
じゃあ、僕は分離したのか?」
自問するように尋ねてくる。
「ああ、その状態では言葉を発せないのか
でも聴覚は獲得していたようだな」
そう言えば声が聞こえる。
そして、衣擦れの音も……。
「そっちの体にも同じことをしてみてよ」
その言葉に応じるように気絶させたそれに入り込む。
途中から目が覚めたそれの抵抗を抑えつつエネルギーの塊に手を伸ばす。
エネルギーの塊と魂。
魂は、吸収する。
そして、再び声が分離する。
しかし、それではまた自分が支配した体から離れないといけない。
どうにかならないかと思っていると意識が混ざった。
意識同調、と言う言葉が頭に浮かぶ。
意識の分離と同調ができることを確認した。
これなら体から離れなくて済む。
「何が起きた?」
「意識の同調と分離だ。
そちらの意識と同調する」
触手を最初に分離した意識と繋げ同調する。
「ああ、なるほど。
しかし、有線接続は面倒くさいな」
「有線接続か。
なんともらしい表現だ」
「しかし、これなら手分けが出来るな」
「ああ、祭壇の方も気になっていたんだ調べてくれるか?」
「ああ、この体の戦闘力も未知数だからな。
運良く本体より弱かったから良かったが」
「それを言っても始まらないだろう。
まずは情報集めだ」
「ああ、あの彫刻らしきものだが、いや大丈夫だな。
記憶媒体が無くとも何とかなるのは有難いな」
「そうだな。
僕の方は更に奥へ進む」
「ああ、頼んだ」