旅の始まり
360度から、けたたましい歓声が鼓膜を突き破って脳に直接振動してくる。
歓声の中心には二人の少年が向かい合っている。
一人は黒髪で生気が全く宿っていない目の少年。
もう一人の少年は、目の前の相手に尋常ではない殺気を放っている銀髪の美少年。
よく耳を澄ますと、歓声のほとんどは彼に向けた黄色い声援で、残りはそんな彼に嫉妬した野郎どものうめき声で形成されている。
つまり、黒髪の少年への声援は皆無だった。
「あー、どうしてこうなった」
覇気のない声でつぶやいた言葉も周りの歓声にかき消されるが、誰かに伝えるために発した言葉ではないので問題はない。
地鳴りのような歓声と、今にも飛び掛かってきそうな相手を前に、黒髪の少年は数週間前からの記憶を振り返っていた。
~数週間前~
「ここ、どこだ」
施設の敷地内で迷子になってしまった黒髪の少年。
先ほどチャイムのような音が鳴っていたため、遅れてしまうことは確定しているのに少年に焦った様子は見えない。
「たく、こんな広く作る必要があるのかねー。生徒が迷って教室にたどり着けないんじゃ本末転倒じゃないか」
自分の状況を棚にあげ、好き放題話す少年の頭部に鈍い痛みが走る。
痛みの原因を確認すべく、後ろを振り返ったが目の前には廊下が続いている。
なんとなく下のほうに目線を移すと、見事に和服を着こなす金髪の幼女が下からこちらを睨んでいた。
手にはおそらく痛みの原因であろう、生徒名簿が握られている。
「おぬし、雨宮蒼介じゃな?」
「いえ、違います」
俺が嘘の情報を伝えると幼女の目がまんまるになっていく。
「それはすまんかった!てっきりワシのクラスの生徒じゃと!頭大丈夫じゃったか?」
「嘘です。俺が雨宮です」
ネタばらしとほぼ同時に幼女が跳ね上がり、先ほどより強い痛みが頭に届いた。
「頭、大丈夫か?」
うずくまる俺を見下ろしながら、先ほどと同じ言葉を投げかけられたが、込められている意味が違うことは容易に理解した。
「わざわざ迎えに来てもらった相手を偽るとは一体どういう神経しとるんじゃ。おぬし以外とっくにそろっておるぞ。早く立て」
まだ鈍い痛みが残っている頭を押さえながら、進みだした幼女の後ろをついていく。
5分ほど歩いて目的地の教室にたどり着いた。
(おもいっきり逆方向だったな。先生が来てなかったら放課後までにたどり着けたかどうか)
目の前の幼女に心の中で自分なりの感謝をしながら教室の扉を開いて中に入っていった。
「待たせてすまんかった。こやつとんでもないバカじゃからこれからみんなでよろしく頼む。ほれ、おぬしの席は廊下側の一番前の席じゃ」
待たせてしまっていた皆に謝罪の気持ちを込めた会釈をして自分の席に着く。
「これで全員そろったな。わしの名は唐獅子茜じゃ。今日からこのクラスの担任を任された。容姿と年齢について質問したい者はあとで教官室に来るといい。二度と質問したいと思わないように指導してやる」
教室のいたるところから言いかけた言葉を飲む音が聞こえた。
(あそこで幼女とか冗談でも言わなくて正解だったな。別の意味で教室までたどり着けなかったかもしれん)
治まっている頭を無意識になでていた。
「今日からおぬし達はこの養成学校に入隊した訳じゃが、初日から気を張ってもおもしろくない。施設の説明の後に自己紹介をしてもらおうかの。そのあとは各自寮に戻って明日からの訓練に備えるといい。ではまず施設について説明するぞ」
そういうと学校の敷地内にある施設や規則の説明を淡々と話し出した。
昔からそういう話を聞くと睡魔からダンスのお誘いが来る俺は序盤で誘いに応じ、慣れた姿勢で目を閉じた。
「ま、こんなもんじゃろ。詳しい内容は暇なときに生徒手帳に目を通しておけば良いじゃろ。ワシはこういう話をするのは性に合わん。生活しながら覚えていけばいいんじゃ。疲れたわい」
教官らしからぬ発言をしながら小さい肩を回し、近くにあった椅子(大人用)に腰をかけた。
「それじゃ、自己紹介といこうかの。廊下側から順番に、一人30秒以内での。始めじゃ」
足をプラプラさせながら俺を指している。
(一番最後に来た俺がトップバッターって皮肉が効きすぎだろ)
複雑な気持ちだが、もたもたしてこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないため、整理しながらその場で立った。
「雨宮蒼介です。今日はいきなり迷惑かけてすみませんでした。こんな感じなので、世話好きの方がいたらぜひ仲良くしてください。座右の銘はなんとかなるです。これから2年間よろしくお願いします」
我ながら腑抜けた挨拶をしてしまったと思っていたら、
「一番手から力が抜ける挨拶じゃのー」
と教官から指摘が入り、クラスのところどころからクスクスと笑い声が聞こえた。
その後、順番に自己紹介が終わり、あとは各自解散となった。