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家族のかたち  作者: メデュ氷(こんにゃく味)
第一章 始まり
8/74

「衣服を盗んでくるモンスター……?」


 片っ端からギルドの依頼をこなしていたら、そんな記述のある依頼を見つけた。

 それだけぽつんと残されていた原因はこれなのだろう。金をかけた装備品が盗まれるのは良くない。お気に入りのが盗まれた場合も同じだ。

 装備品というのは素材や金がかかる。素材を集める時間や、金を稼ぐ時間だってかかる。資産と時間をかけて作ったものを盗られてしまうというのは損失でしかないだろう。誰もが嫌な顔をするに違いない。

 受付にいる従業員もアヤネが読み上げたのを聞いて、顔を曇らせている。

 問題のある依頼なのだろう。ギルド側でも対応に困っているように見える。


「丸っこい悪魔みたいので、3匹。非常にすばやくて対処が困難……ねぇ……」


 アヤネは想像した。マスコットのような小さい悪魔が装備品を盗んでいく光景を。

 うーん。ラブコメファンタジーにありそうなスケベな展開になるかもしれない。

 女であろうと男であろうと、盗まれた部位によっては成年向けまっしぐらだ。

 やめてくれ。これが小説だったら年齢制限をかけないとマズイ。某動画投稿サイトだと広告を剥がされる等の被害が出るし、個人的にそういうのはあまり好みではない。

 

 この世界の盗む技術は一般的なものから、スキル等を使用する物理法則を無視したものまである。

 スリや強奪も可能であるし、スキルで触れたものを自分の手へ瞬間移動させることも可能、ということである。

 つまり、高度なスキルを有する者であれば、着ている服を盗んでしまうこともできる。

 因みにそれを専門にする紳士淑女もいるのだが、そういった者たちは独自の美学、価値観をもっており、一般ユーザーに対しては盗みを働かない。多くは自分のパートナーの服をわざわざスキルで脱がしたりしている。それがもっとも興奮するらしい。恥ずかしがったり、怒ったり、デレたりと反応が最高、とのこと。

 ……パートナーのメイキングに凝っているが故である。この変態どもめ。

 そういった紳士淑女たちの奇行ではないとなれば、この依頼がこなされずに残るのがもっと分かった。

 みんな、絶対に受けたくないのだろう。

 脱ぐのが好きな人種は別であろうが、装備が盗まれるのはいただけない。

 しかし、こちらはスキュブがいるので、そういうことは気にならなくて済む。

 スキュブであれば脱がされる前に対処できるし、アヤネが脱がされるとなれば彼はいつも以上に本気を出す。

 しかし、依頼には「僕も装備を盗まれました腹が立ちます、このクソッタレ三匹は殺さず生け捕りにしてきてください。生け捕りにされてもがいてるクソッタレを指差しながら思いっきり煽りたいので」と書いてあるのだが大丈夫だろうか。

 スキュブが本気でやったら三匹とも潰れてしまうかもしれない。何かの拍子にアヤネが脱がされたら死亡ルート確定だ。

 この子のことだ、アヤネにえっちなことをしたな殺してくれると言ってきかないだろう。あっという間に3匹分のミンチのできあがりだ。

 それならもう何も脱がされないように真っ裸で行けば、スキュブを連れていくことは不可能となるものの、何も脱がされずに済むので良いのではと提案したが 、スキュブにものすごく拒まれた上に、それで行くなら離さないと寝技をキメられたので却下となった。

 ついでに通りかかったルイスがそれを聞いていたため、説教までうけた。

 彼曰く、


「女性が裸で歩きまわるなんて何を考えているんですか?本気でそう思ったんですか?その子のためとはいえ、いくらなんでもそれはないでしょう?」


 らしい。

 女性が、というので、男性はOKなのか、それじゃあシンデレラバストである自分が髪を短くして男性っぽくしたらセーフになるのではと言ったら


「男性もダメです。それより、あなたのその発言が冗談でなければ、分かるまでやりますがどうします?」


 と、恐ろしい笑顔で返されたので、裸戦法は永久に凍結されることとなった。

 分かるまでやる、の内容が絶対にヤバいに違いない。こいつサドの気があるのではないかと思うほど尻たたきとかされそうで怖い。

 因みにスキュブの寝技はキマったままである。

 首のあたりを腕で固定されて、腰のあたりに足が絡まっているので、もう少し力が入ると首が終わる。優しくしてほしい。月の民とて首コキャは辛い。

 というかルイスはこの状況にツッコミをいれてくれないのだろうか。

 アンヘルだったらツッコんでくれそうなのだが。


「ねえスキュー、そろそろ寝技といて?」


「アヤネが裸にならないならいい。あと、髪を切らないのも約束するならいい」


「ならないよ……もう……髪も切らないし……ガッツリお前を頼るわ……」


「……わかった」


 頼ると聞いてちょっぴり嬉しそうな顔をする――ほんの少し口角が上がっただけで、ルイスから見たらただの無表情だろう――スキュブはやっと寝技をといてくれた。


「にしても3匹かぁ……めんどくさ。なんで3匹もいるんだよ。出現のしかたによってはロスじゃん。まあうちのスキューは天才だからそこら辺はどうにかできるけど」


 アヤネはため息をついた。

 三匹まとめて出てきてくれるのなら一網打尽にできるが、一匹ずつ時間をかけて出てこられると大変時間がかかる。

 その際は索敵するのも手だが、結局時間がかかることには変わりない。


「その依頼、私が協力してもいいですか?」


 ルイスから協力の提案があった。別にスキュブがいれば余裕なのだが、万が一愛しいスキュブが脱がされるなんてことがあったら相手はウェルダンを通り越して炭になってもらわねばならないため、生け捕りが困難になってしまう。提案を受け入れるのもよいかもしれない。


「むむ。確か得意な武器は弓だっけ。相手はすばやいよ、狙えるかい?」


「ええ。狙いは外しません。今回は生け捕りとのことですので、急所は外しますが。」


 ギルドで「魔眼の射手」と言われるだけのことはある。浮かべた笑みはどこか自信に満ちている。


「……スキューだけでも十分だけど、万が一があるからなぁ……うん。よろしく頼もうかな……?」


「ありがとうございます。被害にあった子が相談しにくるものですから、私もどうにかしたくて。」


「あー。なるほど。そういうことか……報酬は山分けでいい?」


「ええ。それで構いません。」


「よっし。決まったな。それじゃあ早速目的地に……」


 ふとスキュブに目をやると、むすっとしていた。どこか異論がある部分があるのだろうか。


「スキュー?なんかあった?」


 声をかけられるとスキュブは不安げに指を組んだり、指先を擦り合わせたりする。


「……わたしでは、力不足だろうか」


 ルイスの協力を受けた原因が自分にあると思っているようだ。

 確かに、他人をチームに入れての戦闘は初めてだったかもしれない。

 スキュブが強すぎて、他の戦力がいらないからだ。

 友達とそのパートナー……スキュブにとっては弟にあたる子とは協力したことがあったが、接近戦担当は戦力過多となる。その際にはタンク役として活躍している友達は、サポートに回っているくらいだ。

 自分に注意を集中させたり、魅了で敵を行動不能にさせたり、という妨害系サポートでパートナーに攻撃させやすくするのが楽しいらしい。

 そして、友達のパートナーはガチのヤンデレなので、敵が魅了され、愛の言葉を吐くとキレる。それで何度か蛇に――彼は蛇モンスターと人間のハーフだ――変身している。

 そんなパートナーのことをスキュブは「わかるぞ……その気持ち……」と言って慰めていた。

 その後、「分かってくださいますかお兄様!本当に!あの害虫ども!!魅了されているからといって、私のカヨを誑かそうと!!」と続き、スキュブは「分かるぞディート……そういう奴は食べてしまえばいい」とキリっとした顔で応えていた。

 もしかしてスキュブはヤンデレなのだろうか。

 死ぬほど愛されて眠れないわけじゃないから違うと思うのだが。

 今日何かをできなかったのは邪魔な奴らを片付けてきたから!なんてことはなかった。そもそも片付けるのにそこまで時間はかからないし、無害の者を始末することはない。パーフェクトなセ●ムではあるが、それは害を殲滅する行為だ。問題ない。

 話は逸れたが、以上のことを踏まえれば、彼が戦力不足ではないことは明らかだ。

 単にスキュブの服を脱がされたくないだけである。


「いや、戦力過多なくらいだよ。ただ単に、お前が脱がされるなんてことがあったら生け捕りにできないからね。念には念を、失敗はロスだから。」


「なぜわたしが脱がされると生け捕りにできないんだ?」


「そりゃお前、お前が脱がされたら相手は黒焦げ確定だから。うちのスキュー脱がしたら死罪でしょ。」


「む。お前もそう思うのか。わたしと一緒だな。」


「お。Me tooな感じ?やっぱお前へのセクハラって死罪だよね~」


「む?お前を脱がしたら殺すということだが?」


「ああ……そっち。うん。お前はそうだろうね……」


 やはりスキュブはパーフェクトな護衛能力持ちであった。

 理由はおそらく、アヤネにえっちなことをした、自分よりも先にアヤネの裸を見た、というところだろう。

 口づけのときもそうだったが、彼はアヤネの「はじめて」に敏感な傾向にある。

 何でも一番が欲しいのだろうか。そういえば過去に頭を撫でていたとき、他の人にもそうしたことがあるかと聞かれたことがあった。

 そうだとしたらかわいい。これを最初にしたのは誰か、という項目に自分の名前がたくさんあるのを見たら、彼は誇らしげな顔になるのだろう。

 それならたくさんの「はじめて」をあげたい。手を繋いだり、あーんをしてもらったのは友達が取っていってしまったけれど。

 だが、それでも、裸を見せることはできないのだろう。

 どうでもいい他人が見るのは気にしない。何を言われようが、何を思われようが関係ないし、そもそもこんな価値のない身体を見て思うことなど何もないだろう。

 しかし愛する相手は別だ。

 鏡で見た自分の体型は、ここに来る前のそれそのものだった。

 くそったれ、胸がないのも、あばら骨の形がわかるほど痩せているのもどうにかしてくれなかったのか。転移とは好都合だらけではないらしい。

 新しい父に気持ち悪い、化け物みたいだと言われた身体だ。

 新しい父のことなんてどうでもいい。どうせ娘じゃなくて女として見ていたのだろうし。

 だけど、巡りあった縁である。それなりに仲良くなろうと思っていた時期だってあった。そのいやらしい目線も、下着がたまになくなることがあるのも気のせいだと思うようにしていた時期だってあった。その時期に言われたのがソレだ。

 どうでもよかったが、がんばろうとはした。

 ごはんもちゃんとしたのを食べようと頑張った。何の味もしないのをひとりでお腹に詰め込んで。

 でも、吐いた。

 何度も吐いた。

 食生活は元に戻った。

 きっと、スキュブはこの身体をどうとも思わない。彼のことだ、肌がすべすべしてるとか、裸を見るのはえっちだろうか、なんて頬を赤くするに違いない。

 それでも見せることはできなかった。

 一緒にお風呂に入って、頭を洗ってあげたり、お湯をかけあったりしたいのだが。

 今は望みは叶いそうにない。



 ・ ・ ・

 


 モンスターの出現場所は、森の中にある泉だった。

 泉で水を飲みにくる他のモンスターもいるし、森林地帯ではとれない素材もあったりする。水中生物もそのうちの一つだ。

 魚などを釣るためにこういったところに訪れる者も多い。それを食べるのもいいし、素材にしてもいいし、使い道は様々だ。

 素材としてとる場合は、ちゃんとしたエサを用意しないと時間がかかったりして面倒である。アヤネも昔はタイムアタック動画などを見て工夫したものだが、今ではスキュブに直接とってもらうほうがはやい。

 最初こそ水中に飛び込んでとっていたが、そのうち槍等を使って仕留めるようになった。

 はやい上に確実だ。素材集めがグッと楽になる。

 ……関係のないはなしだが、魚を仕留める度にアヤネが「とったどー」と言っていたら真似するようになった。魚以外をとったときもたまに「とったどー……?」と言う。クッソかわいい。

 

 さて、目的地にはついたが、目当てのモンスターはまだ現れなかった。

 すぐに盗みにくるというわけではないだろう。獲物を狙うときはしっかり狙いを定めて、だ。

 かなりすばやいとのことなので、そこらへんは蛇の狩猟の様子と似ているのだろうか。相手は丸っこい悪魔、マスコットのような見た目と書いてあったが、かわいいからといって狩猟のしかたもかわいいとは限らない。クリオネのようにバッカルコーン!なんてこともある。

 しかしあまりに狙いを定められては時間の無駄だ。こちらとしてはさっさと今日のノルマをこなしてスキュブをなでなでしたいのだ。

 となれば行動ははやい方が良い。アヤネは顔を覆っていたベールをめくった。

 名付けて魅了で突撃させる作戦だ。顔を見てもらうためにくるくる回ればどこにいようが成功するはず。


「いまなら安いぞ~!!!いつもはコイン三枚が一枚だ~!!わたし安いぞ~!!!!」


 大きな声を出して回ると、水を飲んでいたモンスターがこちらに気付き、寄ってくる。

 でっかいスライムだ。興奮しているのか、元気に動いている。この様子だと求愛とかされるかもしれない。

 ……もしかして、そちらの方が脱がされるよりスケベなのでは?

 詳しく記述すると年齢制限なので大まかなことしか言わないが、全身を飲まれて窒息、その上にあんなことやこんなこと、等になりかねない。

 一部の界隈にとっては大好物のシチュエーションだろうが、こちらにそういう性癖はないのでやめてほしい。

 もう二十五歳だが、未だにそういうのは苦手なのだ。

 アヤネはスライムの挙動に不安を覚えていたが、そう思うよりはやくスキュブが動いていた。

 相手が即死するのを防ぐために武器を物干し竿にしているが、強さは変わらない。

 スキュブは殺気がみなぎっている表情で魔法を唱えた。


「デス・ウー」


 相手を即死させる魔法の最大レベルのものだ。

 殺意バリバリである。

 スライムは切ったり叩いたりすると分裂してしまう可能性があるため、燃やしたり感電させたりして倒すのがセオリーなのだが、即死魔法も効く。

 因みにスキュブの魔力とレベルからすると、スライムは確実に死ぬ。

 先ほどまで元気に動いていたスライムはどろどろと形を崩し、地面に染みていった。


「……アヤネに手をだそうとした、殺す」


「もう殺してるじゃん、はや……コーナーでも差をつけちゃう感じ?」


「む……敏捷ということだな。うん……うん。アヤネにペタペタするのは許せないからな……」


 分かりにくかったが褒められたということに気づいたようだ。少し頬が赤くなっている。


「……魔法まで使えるとは、本当だったんですね……」


 ルイスが驚いた様子でそう言った。

 

「本当だとも。うちのスキューは万能だからね。」


 アヤネは胸をはった。無い胸を張っても分かりにくいかもしれないので、鼻息も荒くしてみた。


「……アヤネには劣る」


 スキュブはぼそりと呟いた。


「それでも素晴らしいことです。なかなかできませんよ、私も魔法であれば多少はできますが、おまけ程度のものです。」


「君、魔法もできるのか。遠距離戦力として心強いなぁ」


「本当に少しですよ。ヒールとスパークだけです。」


「回復もいけるんだ。どのくらいまで治せるの?腕もげても大丈夫?」


「腕がとれては治せません。それをどうにかできるのは本職の方でしょう。」


「スキューはいけるよ。」


「この子が万能すぎるんですよ……たくさん頑張ったのでしょう、普通の子ではそこまで至ることはまずない」


「ふふん、スキューはがんばり屋さんだからね。天才でがんばり屋さんとか最強だよね」


「……あなた、子煩悩とか言われません?例えですが」


「…………う、いや。ん?うーん……そう、かも……」


 口を開けばスキュブのことばかり、スキュブ自慢。隙あらば自分語りならぬスキュブ語り。そう思われても仕方ないのかもしれない。

 しかし彼が天才且つ努力家というのは事実である。他の誰よりも優れていて、顔も良く性格も良い。褒めるところしかないのだから仕方ないだろう。

 この子に非の打ち所とかあるのだろうか。

 粗を探しに探せばあるのかもしれない。確かに他人とのコミュニケーションや感情表現は苦手だが、最近はよくやっている。

 普段は相手の言葉の心理を考えすぎる上に、警戒もしすぎるあまり、言葉を返すのにかなり時間がかかっていた。

 それが最近はどうだろうか。出会った人物も良かったのだろう、警戒に値しない者にはワンテンポ遅れて、くらいのはやさで会話することができている。


「それにしても、出てきませんね。」


 そういえば目当てのモンスターが出てきていない。

 メンツが高レベルすぎたのだろうか。レベル差がありすぎるとモンスターが怯えてでてこないこともある。顔面チャームは効いていると思うのだが。


「遅くない?ここあたり一帯にチャームかけまくる?」


「ダメだ。そんなことしたらアヤネに変なのがいっぱいくる」


「それも面倒だなぁ……やっぱそこらじゅうに攻撃しまくるか!」


「それならできる。」


「よっし!じゃあやるか!ルイスもそこらへんに射っといて!」


「それだとうっかり仕留めてしまうのでは?!」


 ルイスはアヤネたちの急な脳筋作戦にツッコミをいれてくれた。ナイスツッコミだ。やればできるではないか。

 まあちょっとだけだ。ちょっとだけ。更地にするとかではないし、隕石だって降らせない。風の魔法を唱えまくるだけだし、スキュブは物干し竿を投擲しつづけるだけだ。

 大丈夫だ問題ない。

 風の魔法は燃えたりしないから大惨事にはならないし、物干し竿はアイテムポーチにこれでもかと入れてある。


「大丈夫大丈夫!うっかり心臓とか射貫いてもヒールでなんとかするし!」


「相手の弱さによっては死んでしまうでしょう?!」


「いやいけるかもしれない!三秒以内だったら……」


「ダメじゃないですか!そんな床に落ちたお菓子を食べる口実みたいなことを言ったってダメですからね?!」


「あれは何時間でも大丈夫じゃん?」


「ダメです!ばっちいのは食べたらいけません!」


 だからお前はパパかよ。

 そう言おうとしたときだった。

 近くの生い茂った草の中で何かが動いた。

 耳を澄ますと、鳴き声のようなものまで聞こえる。

 声はイルカの鳴き声に似ていた。それはきゅーきゅーと甲高い。

 間近で聞いたら耳障りかもしれない。スキュブがイライラしないか心配だ。あの子はきっと我慢できるだろうけれど。

 暫くすると、鳴き声ははっきりとした言葉になって聞こえた。

 それと同時に声の主は草の中から姿を現す。

 三匹だった。

 丸っこくて、紫色の、悪魔のマスコットキャラクターのような見た目だ。

 三匹とも仲間割れでもしているのだろうか、取っ組み合いの喧嘩になっており、手を掴んだ、尻尾を掴んだ、頭に生えている小さな角を掴んだ、という状態だ。


「お兄ちゃんはいつもズルいッキュー!あの子はボクに譲るッキュー!」


「嫌だッキュー!弟なら兄に譲れッキュー!あの子はボクのおよめさんにするッキュー!」


「二人とも落ち着くッキュー!そういうのは互いの気持ちが大切ッキュー!しっかり関係を築いてからじゃないとダメだッキュー!!」


 どうやら顔面チャームが効いていたようだ。

 お目当てのモンスターが三匹まとめてお出ましだ。しかも隙だらけというオマケつき。

 鴨がネギを背負ってきたようなものだ。それなら鍋にしてやらねばなるまい。アヤネは黙ってアイテムポーチから捕獲用のケージを取り出した。

 このままうまくいけば三匹まとめて確保できる。適当に甘い言葉でも吐いてケージに入れればそれで済むだろう。

 しかしそうは問屋が卸さない。

 スキュブだ。

 スキュブの様子がおかしい。

 激おこというやつだ。殺意を肌で感じる。さっきまで近くでうろうろしていた小鳥たちが一斉に逃げ出したのが音で分かった。

 見なくても分かる。十年程一緒にいれば先ほどの言葉の中で何が彼の地雷であったか察しがつく。


「……およめ、さん……にする……?およめさんに……そうか、そうか……」


 ほぉらそこだ。やっぱりそこだ。

 絶対そこでキレていると思った。

 ちょっとだけ独占したい気持ちが強いのだ、彼は。

 まあよくあることだろう。親が他の子ばかりを構っていると、実の子どもが膨れっ面になる心理のようなものだ。

 ルイスと二人きりになる時間があったあの日の夜なんて、いつも以上に甘えてきたくらいだ。

 そういうとき、彼は「わたしのアヤネなのに……」という言葉を繰り返す。だからこちらも、おうおうわたしのスキュー、今日もかわいいぞと言うのだが、最終的には糸でぐるぐる巻きにされる。

 こうされると身動きがとれなくなるのだが、翌朝にはほどいてもらえるので問題ない。


「わたしから……アヤネを奪おうというのか……」


 スキュブが物干し竿を投擲しようと構える。

 マズい、三匹とも串刺しにするつもりだ。怒りの勢いでそれをやると物干し竿でもグングニールだ。確実に相手は死ぬ。止めてやらねばならない。


「スキュー!大丈夫!わたしは一生お前一筋だから!」


「……でも、あれは奪うつもりだ。奪うなら殺す……!」


「殺しちゃダメなんだよそいつら!」


「わたしからアヤネを奪うなら殺す!」


「お願い我慢して~!」


「いやだ!!!!三匹とも殺す!!」


「今日のほっぺにちゅー三倍にするから!!!」


 半ばヤケで言ったが、スキュブはそれに反応した。

 殺気がだいぶ薄れて、目が少しだけキラキラしている。


「……本当?」


「勿論だって!ほら、昨日はほっぺ吸いたくて三回はやったから……九回!オマケでもう一回で合計十回!!な、いいだろ?!」


 そこまで言いきると殺気は完全に消えた。

 表情がぱぁっと明るくなり、目はキラキラ輝いている。

 遊園地に行くことが決まったときの子どものようだ。かわいい。


「本当だな?!」


「本当だよ!!お前が恥ずかしがってもやるからな!!」


「それなら我慢する!」


「よっし!!いい子!天才!日当たり最高、駅から五分!」


「ゆうりょうぶっけん、だな!」


「正解!!!」


 怒りはおさまったようだ。これであの三匹は死を免れた。

 これで依頼の成功はほとんど確定したようなものである。後は捕まえるだけだ。

 アヤネは何て言ってケージに誘導しようかと考えながら、三匹の方へと目をやると、取っ組み合いになっていたはずの三匹は何故かのびていた。

 仲間割れの末に相討ちとなったのかとアヤネは首をかしげたが、原因はすぐに分かった。

 三匹の側にルイスがいる。

 手が握られている。げんこつだ。

 三匹の様子をよく見たら、頭にたんこぶができていた。

 

 殴ったなこいつ!

 矢を射らずに拳でいったな?!

 アヤネがスキュブを鎮めている間に何があったのか。


「……おや、そちらは済みましたか?こちらもケージに入れるだけです」


 こちらの視線に気づいたルイスが振り返った。

 笑顔だが怖い。いつの間にやったんだ。巷では「魔眼の射手」とか呼ばれていたが、これじゃあ魔拳ではないか。

 アンヘルが怒ると怖いと言って青ざめる理由はこれなのだろうか。

 ここまでいかないとしても、尻叩きくらいはいくのだろう。おお怖い怖い。

 食生活が改善されなかったら自分もああなっていたのだろうかと思うとゾッとする。

 アヤネはたまに朝食をヨーグルトだけで済ますのをやめようと思った。


「……ありがとう……その、君……拳もいけるの?」


「いえ。簡単な格闘技だけですよ、できるのは。」


「……のびてるけど、モンスター。」


「ああ。これですか。面倒をみていた子たちに装備を盗まれたと相談されていましたから。そういう悪いことをし続ける子にはお灸をすえないと、でしょう?」


 のびた三匹は口々に「ごめんなさいッキュー……」「もうしないッキュー……」「ゆるしてッキュー……」と言っていた。

 その声はだいぶ弱っている。しっかりボコボコにされたのだと察するには十分な程に。

 これは詳細を聞かないほうがいいかもしれない。

 三匹の先ほどの発言から、げんこつだけではない可能性がでてきた。

 お叱りの言葉という正論パンチを次々と食らったのかもしれない。アンヘルもボロボロになっていた正論パンチだ。三匹のこころが折れても仕方ない。


「何て言うか君……そういうところあるよね……」


「そういうところ、とは?」


「えぇ……どう言ったらいいかな。パパ感があるって言ったらいいのかな……」 


 ルイスは瞼をぴくりとさせ、驚いたように身体を硬直させたが、それは一瞬のことだった。すぐに困ったような笑顔を浮かべる。


「……お兄さん、と言われないあたり、やっぱり私も歳ですかね。」


「歳?わたしよりちょい上ってくらいでしょ?」


「あなたが何歳か正確には分かりませんが……私は三十五ですよ。」


「ぐぇえええ?!?!うっそぉ?!わたしより十歳上じゃん?!」


「二十五歳ですか。やはり、まだ若いですね。スキュブはいくつですか?」


 ルイスはケージにモンスターを入れながら聞いた。

 それにアヤネが答える前に、スキュブが呟く。


「……十歳」


 ケージに鍵をかけ、ルイスの動きが止まる。

 その顔は困惑に染まっていた。


「……十歳?まさか。」


「違わない。わたしは、アヤネと出会って産まれた。」


「出会って、産まれた?」


「…………ああ。わたしは、アヤネが手をとってくれたあの日に産まれた。」


「それでは、彼女はあなたの母親なのですか?」


「違う。母親じゃない。母……は、おかあさんは……」


 話が混乱してきた。

 スキュブの年齢には複雑な事情がある。本当は十五歳なのだが、彼は自分の年齢を十歳だと思っているのだ。

 そこを説明するためには、彼の思い出したくない記憶を掘り起こす必要がある。それは彼がそうしようと思ったとき以外にはしたくない。

 かなり精神に負担がかかるのだ。最悪パニック状態に陥って、泣きながら謝罪の言葉を繰り返すようになってしまう。

 その言葉はアヤネの胸を抉るようなものばかりだ。聞いていると苦しくて、どうしても耐えることができない。

 自分の存在を否定するものばかりなのだ。こんなふうに産まれてしまってごめんなさい、と言っているのを聞いたときは思わず大声で叱ってしまったのを覚えている。

 そして、その思い出したくない記憶の重要人物が「おかあさん」だ。

 そのため、彼にとって「おかあさん」はわりとトラウマワードである。

 いつもは「母」「母親」等のワードで「おかあさん」までたどり着くことは少ない――これは彼が「おかあさん」の存在をなるべく忘れようとしているせいだろう――のだが、今回は自分の母が誰なのか、という問いに答えようとして、「おかあさん」の記憶に軽く触れてしまっている。

 忘れたくても忘れられない存在なのだ。

 はじめて愛した人なのだ。はじめて愛してくれた人なのだ。

 そして、はじめて絶望した人で、はじめて裏切られた人だ。

 忘れろというほうが無理だろう。

 だからアヤネはこれ以上スキュブが「おかあさん」を思い出さぬよう、話の間に入った。


「まあ年齢の話しはここらへんでいいでしょ。依頼も達成したんだし、ギルドに戻ろう。

 ほら、テレポートするからわたしのとこに集まって」

 

 そう言うと二人は会話を中断し、アヤネの近くへ集まった。

 テレポートする際は、ある程度近くにいれば一緒にテレポートすることができる。

 必ずしも密着しなければならないわけではないのだが、スキュブはそっと手を繋いできた。

 おかあさんのことを思い出しそうになって、精神が少し不安定なのだろう。その手は不安へ落ちていかないようにと、自分を繋ぎ止めるようなものだった。

 アヤネは大丈夫、という代わりに優しく手を握り返してからテレポートを唱えた。

 森の泉から三人の姿が消える。

 不安げに伏せられた目に薄いカーテンのようにかかる白い睫毛を、ルイスはどこか遠い目で見ていた。

 その瞳の色に気づいた者は、未だいない。

 

 

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