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アヤネはカヨの屋敷に戻り、情報共有をした。
カヨ、ディートリッヒ、スキュブの三人に話し合ったことを伝えると、スキュブは表情を曇らせた。
皆、予想はしていたが、その予想が的中したということは、これが本当に厄介事であるという証左である。
「……どうしよう」
スキュブは考え込むように俯いた。
「お兄様の友人なのでしょう?であれば、その女は処分しても良いのでは」
ディートリッヒは当然という口調で言った。
自分の兄に間接的に迷惑をかけている存在が気に入らないのだろう。
「言葉が通じないならひき肉にするしかないよね。」
カヨも同意見だ。おそらくアヤネに危害が及ぶ危険性からそう言っているのだろう。
「こういうのはね、手加減しちゃだめだよ。警告を無視してくるような相手にはどうなるか教えてあげなくちゃ、またやるんだから。」
カヨは椅子の背もたれに寄りかかり、人差し指を立てる。
「……わたしもそう思う。だけど、ルイスがどうしたいかも気になる。
会っても、嫌なことしかないと思うけど……」
スキュブは俯いたまま、目を細めた。
「まあ、私たちとしてはお兄様やお姉様に害がなければ良いので。
お兄様の友人がどうするかは自由だとは思います。しかし、お兄様やお姉様に害が及べば、私たちはどんな障害があろうとその女を排除しますよ」
「それは知ってるよ。ディートもカヨも、わたしたちのこと心配してくれてるからね」
スキュブが顔をあげてディートリッヒに微笑みかけると、ディートリッヒは照れくさそうに目をそらした。
「分かっているのであれば、いいのですよ。家族を想うのは当然のことですが……」
ディートリッヒがそう言い終えたあたりで、部屋のドアからノックの音が聞こえた。
カヨが入るように声をかけると、メイドに付き添われたルイスがいた。
昨日より顔色が良く見える。少しは体調が良くなったようだ。
メイドがディートリッヒの所までやってきて手短に何かを伝えると、ディートリッヒは軽く頷いてカヨにもメイドの話を伝えた。
メイドは一礼すると素早い足どりで去っていく。
「少しは良くなったようで」
ディートリッヒはルイスに声をかける。ルイスはメイドに礼をしてから、ディートリッヒに向き直った。
「ええ、おかげさまで。食事も美味しかったおかげでちゃんととれました」
「それは良かった。後でメイドに伝えておきましょう」
ディートリッヒはアイテムポーチからヴェールを取り出し、カヨの顔を覆う。
「ディーくん、この人わたしの顔面効かないから大丈夫だよ」
「そうだとしても誰かにカヨの顔を見せたくありませんからね」
「ルイスさん、気を悪くしないでね、ディーくん独占欲が強いだけだから」
他者に自分の妻の声を聞かせたくない、顔を見せたくない、というのを独占欲が強い、という一言では片付けられないとは思うが、ルイスは微笑みながら頷いた。
「大丈夫です。スキュブから聞いていますよ。家族思いの方だと」
「そうそう、ディーくんわたしたちのこと大好きだからね〜」
カヨがルイスに明るく微笑みかける。
完璧なその笑みをディートリッヒが横目で見ていた。
「……それで、もしかして皆さん、私の件でお話していました?」
ルイスは微笑んだが、言いづらそうに聞こえた。少し表情に影が見える。
「あなたに付きまとっている女の対処に関して話していました。
お兄様やお姉様に危害を与える可能性がありますからね」
ディートリッヒは淡々と答えた。ルイスの表情が曇る。
「申し訳ありません……私のせいで……」
「責任を取るべきはその女ですので、お構いなく」
ディートリッヒはきっぱりと言い切って、自分の席に戻った。
「……私が、話をつけてきます」
ルイスは顔をあげた。その目には恐怖の色と強い光が宿っていた。
「本当?大丈夫なの?」
スキュブは心配そうにそう言った。
「……やってきます。このまま逃げても、同じことの繰り返しだと思いますから」
ルイスははっきりとした口調で言葉を押し出すようにした。
「そうですか。話の通じる相手ではなかったとしても?」
「ええ。私が招いたものですし、やれるだけ、やらねば」
「分かりました。しかし、お兄様とお姉様に何かあるようであれば、こちらはどんな手を使ってでもその女を排除します。それだけはお忘れなきよう」
「ええ、何となくそうだとは思いました」
ルイスは一礼すると踵を返した。その背中に、スキュブは声をかける。
「待って、ルイス」
ルイスは振り返った。突然呼び止められたからか、相手がスキュブだったからか、驚いたようで、優しげな顔をしている。
「……無理しないでね」
「……ありがとう、スキュブ」
ルイスはスキュブに微笑みかけた。そのときだけは、恐怖の色が薄まって見えた。
「それでは、大変お世話になりました。後ほど、アヤネを通してお礼に参りますね」
ルイスはそのまま部屋を出た。
ここでの会話を聞いていたのだろうか、意志は固いように見える。
外に出ると風が髪を巻き上げた。
森の木々が揺れ、ざわざわと何かが迫りくるような音を立てている。
外にはメイドがいた。強い風の中で微動だにせず立っている。
「お客様を街までお送りするよう仰せつかりました。テレポートを使用しますので私の近くまでお近づきになってください」
メイドの声を始めて聞いた。屋敷にいるメイドは皆、口を結んで目さえ閉じている。
スキュブの弟がそうさせているのだろうか。それとも、笑顔の裏に何かありそうな彼女がそうさせているのだろうか。
どちらにせよ、深く考えない方が良いだろう。
ルイスは決意を固めるようにゆっくりとまばたきをしてから、メイドに礼を言って歩み寄った。




