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アヤネとアンヘルはギルドに来ていた。
ギルドの人に言って応接室を借り、そこに信頼できるメンバーが集まっている。
へカテリーナは少し頬を膨らませ気味に頬杖をついていた。
「やっぱりあの女、怪しいと思ったんだよ。ああいうの、何度か見たことがある。たちの悪いやつさ。」
ここに集まるきっかけを作ったのはへカテリーナだった。やはり年長者の勘は頼りになる。
「あたしが見た感じもなんか嫌な感じがしたな。夜もうろついてるみてぇだから、ユウと鉢合わせにならないか心配だ」
ダリアも苦虫を噛んだような顔をしている。彼女もあの女とすれ違ったらしい。
「へカテリーナの元に集まった目撃情報は多数だ。皆、あまり良くないと感じている」
ロッパーはモノアイを細めた。
「皆さんも、あの女と会ってたんですね……この街をうろついてるなんて……」
アンヘルは唇を噛んで俯いた。
「さっさと追い出したいけど、ああいう輩は話が通じないからねぇ。
それで、ルイスは大丈夫そうなのかい?」
へカテリーナは心配そうに言った。
「大丈夫。安全な場所にいるよ。わたしの伝手にそういうとこがあってね」
「アヤネがそう言うなら大丈夫そうだねぇ。
ルイスがつけられてる理由は聞かないさ、そもそも様子のおかしいやつってのは考えられないような理由で行動を起こすものだしね」
「すれ違ったやつ全員呼び止めて、ルイスの居所を聞いてるからな。ミドリたちも絡まれてたよ」
「うーわ。将来有望な若者にそういうことしないでほしいんだけどなぁ……」
「ミドリもさすがに変だって分かったみたいでよ、断ってさっさと離れていったぜ」
「勘がいいからねぇ、ミドリ。いい判断いい判断。
でも、みんながみんな、そういうわけじゃないからなぁ……」
へカテリーナは眉間を手で押さえる。
「……もう、家は知られてると見たほうが良さそうだね」
アヤネは眉をひそめた。
女の言っていたことが頭を掠め、父の姿が思い浮かぶ。
あれに自分の住居がばれたとなったら即座に引っ越さねばならない。
あれを思い出すたびに、住居がばれないようにと必死に祈った。チャイムやノックの音が聞こえたとき、ドアスコープを確認しなかったことは一度もなかった。
それと近いことがルイスに起きている。
ひき肉にでもなればいい、と胸の内で思った。
「悪い事態だ。これではルイスが帰れない。排除すべきだ。」
ロッパーのモノアイがちかちかと点滅する。今は武装していないが、剣を構えるように腕を動かしている。
「追い出せたらいいんだけどねぇ。話が通じるかというと怪しいってのが厄介なところさ。
ロッパーみたいに賢ければ簡単なんだけどね〜」
「もう椅子にでも縛り付けて爪とか剥いでいくしかねぇんじゃね?ここに来ないって誓うまで濡れた布でも顔に被せとくとか……」
「その手段もありだけど、なーんかまた来そうなんだよな〜……
一人いたんだよ、散々な目にあったっていうのに約束を違えてまたボコボコにされるってやつ」
「本当にめんどくせぇな……」
全員、ため息をつく。
話の通じない者というのは厄介だ。言葉が通じなくても何となくでコミュニケーションがとれることはあるが、言葉が通じても話が通じない相手というのは非常に疲れる。
暖簾に腕押し、糠に釘、ということわざがあるが、まさにそれを感じるものだ。
「……わたしの方でも考えておく。最後の手段みたいなことになるとは思うけれど」
アヤネはスキュブのことを思い浮かべた。
ここで共有した情報を知っても知らなくても、スキュブは行動に出るに違いない。
自分の大切なものを守るための行為に関しては、カヨとディートリッヒの影響を強く受けている。
ディートリッヒとは兄弟だから仕方ないのだろうが、カヨの影響に関してはアヤネを守るために学んだからだろう。適切な人選だ。
「大丈夫?無理しないでね?」
「アヤネんとこ割と物理で解決するもんな。こっちも考えておくから本当に無理すんなよ?」
物理で解決とはまるでこちらが過激みたいではないか。
しかし反論できない。思い当たる節が少々ある。付きまとわれているのでどうにかして欲しいという依頼を受けたことがあるが、説得が失敗するや否や、混乱魔法を最大威力でかけて、半永久的に発狂させたことがある。
解除されることもないだろう。へカテリーナくらいの魔法使いがいれば解除可能だろうが、解除した後の記憶がはっきりしているかどうかは保証できない。
「……なるべく……穏便に解決したいなぁ……とは思ってるけど……」
「統計的に見て、それは難しい。他のギルドメンバーが解決困難な依頼をアヤネは割とボコって解決している。
人間は難しい。解決には穏便な手段だけでは不足な場合が多い。ボコることに関しては賛成する」
ロッパーに言われると更に反論できない。アヤネはぐさっと軽く刺されたような気分になった。
「まあ……皆の意見はスキューにも伝えて、それからそこそこの確率でボコるよ」
「やっぱりそうなりますよね!」
「素直に言ったねぇ……」
「まあそうなるよな……」
四人は顔を見合わせて呆れたように笑った。
その後、細々としたことを話し合って解散した。
帰るついでに今日の分の仕事を片付け、ふと空を見上げた。
雲が空を覆っている。だが、完全に、というわけではない。雲の隙間からは淡い青空が覗いており、それはルイスの目の色を想起させる。
二人の元へはやく帰らねば。アヤネは依頼対象のモンスターの素材を素早くはぎ取ってアイテムポーチに入れると、速足で次の目的地へと向かった。




