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 スキュブに連れられて来た場所は、墓地だった。

 アヤネには誰の墓か分からなかったが、スキュブには心当たりがあるらしい。

 いつの間にルイスに教えてもらったのだろうか。

 

 静寂の中を歩いていくと、ルイスとアンヘルの姿が見えた。アンヘルが戻ってこなかったのは、手向ける花を用意していたからだろう。あの子はそういう優しさのある子だ。

 ルイスがこちらに気づいて振り向く。少し驚いたように目を見開いたが、すぐに納得したような顔をして一礼した。

 

「……心配をおかけしたようで」

 

「大丈夫。なんとなくここかなっては思ってた」

 

 スキュブは墓碑に視線を落とした。多少、苔のあとのようなものは見られるが、綺麗にされているその様を見て、目を細める。

 

「……忘れることも、変わることもできませんが、少し話がしたいと思って」

 

「……自分とも?」

 

 スキュブにそう言われて、ルイスは瞼を震わせた。一瞬、息を飲んだようにも見えた。

 

「そう、かもしれませんね。

 どうしようもないことでも……折り合いをつけなければならないことは、あるのかもしれません」

 

 二人の物悲しい背中をアヤネはただ眺めていた。

 二人だからこそ分かり合える何かがあるのかもしれない。悲しみも苦痛も孤独なものだが、寄り添うことはできる。傷の痛みは本人にしか分からないが、その傷を見て包帯を手渡したり、背中をさすって話を聞いたりすることはできるのと同じだ。

 ルイスの過去に何があったのかは知らないが、スキュブとパズルのピースが合ったようになったのは良いことと言えるだろう。

 その場所に立つことは、他の誰でもできるかもしれないが、その場所に立ってこうやって寄り添えるのはきっとスキュブしかいないのだ。

 

「……大丈夫そう?」

 

 アヤネがそう声を掛けると、ルイスが振り返って微笑んだ。

 

「大丈夫です。スキュブには色々話を聞いてもらっているんです。そのおかげで、最近少し良くなった感じがします。

 アヤネにも、話していいかもしれませんね」

 

 墓碑に手向けられた花がやさしく風に揺れている。

 静かなその場所は、アンヘルの花もあって少し賑やかになっていた。これだけ花があると、そこだけ春の息吹が漂っている気がする。

 

「無理に話さなくたって大丈夫だよ。秘密の一つや二つ、誰にでもあるものだから」

 

「……そうですね。皆、誰にも話せないようなことを背負って生きているものですから。

 でも、うちあける相手は間違えませんよ」

 

 ルイスがそう言い終えたとき、急に強い風が吹いた。落ちた枯れ葉が舞い上がり、刹那、目を閉じる。

 すると、後ろの方から季節はずれなデザインの帽子が風に乗って飛んできた。ちょうどアヤネの側に落ちたので、アヤネはそれを手にとって後ろを振り返る。

 

 視線の先に、女がいた。

 後ろで息を飲むような音と、音もなく立ち上がる気配がする。

 

 女は散歩でもしているような足どりでこちらに向かってきた。

 女の姿がだんだんと明らかになっていき、アヤネもその正体に気づく。

 スキュブが警戒していた女だ。

 足どりこそ人間のそれだが、どこか虚ろに見える目と不気味な微笑を浮かべているその様を見ると、人間に化けたモンスターと対峙したときと似た危機感を覚える。

 

 スキュブが素早くアヤネを後ろに下げ、アヤネの手から帽子を取った。

 急に皆の様子が変わって、アンヘルは一瞬動揺していたが、何か感じたのか、すぐにアヤネの前に出る。

 

「そちらの帽子、ありがとう」

 

 女はスキュブのことを見ているようで見ていないような様子で手を出した。

 スキュブは何も返事をせず、帽子を女に渡す。

 夏の日光をいっぱいに浴びて映えるような帽子だった。別に気に入った帽子をかぶるのはいいが、女の場合はそうでないように感じられた。まるで時がそのままにでもなっているかのようで、過去を歩いているような様なのだ。


「久しぶりね、ルイス。何年も探したのよ」

 

「……どうして、あなたが、ここに」

 

 ルイスが一歩さがる。目が動揺で揺れていた。

 

「あなたとの子供を産むためよ。

 ……あら、まだそれに執着しているの?」

 

 女は墓碑に目をやった。

 

「あんなの失敗作だったって言ったじゃない。あなたとわたしを混ぜてちょうどにしたような顔つきじゃないとだめなのに。」

 

「あなた、まだ……そんなことを……!」

 

 ルイスの声が震え、ふらりと身体が揺れる。

 スキュブが素早くそれに気づき、ルイスの身体を支えた。

 目眩をおこしたようだ。その感覚には覚えがある。

 

「ねえ、ルイスが嫌がってる。お前がどんな関係か分からないけど、どっかに行って」

 

 スキュブが強く言ったが、女はスキュブのことを意に介さず、そのまま話を続けた。

 

「あなたとわたしの愛を証明するための生き物なのよ。あんな白い肌じゃ使い物にならないわ。

 だからもう一度産ませてちょうだい。……それとも、お姉ちゃんの言うことが聞けないっていうの?」

 

 ルイスが硬直し、口を手で押さえた。えずくような動きをしてしゃがみ込もうとしていたので、スキュブはそれを支え、ルイスをゆっくりと座らせる。

 

 女はルイスを冷たい目のまま見下ろす。

 

「あら、やっぱりまだ気にしてるのね。大丈夫よ、父親が違うだけなんだから。

 一回はやったんだから、二回目だって変わらないでしょう?何が問題なの?」

 

 そこまで言われてようやく女の言っていることが分かり、アヤネは血の気が引けるような感覚に襲われた。

 首の後ろから意識をつままれて抜かれていくような目眩がして、地面をしっかりと踏み直す。

 

「もう一度抱いてちょうだい、ルイス。

 わたしの愛しい弟。わたしの愛しい夫。わたしたちの愛の証明を今度こそ産み落とすのよ」

 

 女は服のボタンに手をかけ始めた。

 女の肌が露わになるのが見え、アンヘルがぎょっとするのがはっきりと分かった。

 

 スキュブは女を鋭く睨みつけ、目にも止まらぬ速さで砂を掴むと、すぐさま女の顔めがけて投げつける。

 砂が目に入ったのか、さすがの女も怯んだ。スキュブはそれを確認すると、ルイスをさっと抱えてアンヘルとアヤネの元へ駆ける。

 

「テレポート!」

 

 スキュブの唱えた魔法によって、四人の姿は光に包まれ、消えた。

 目を拭った女が顔を上げると、そこには墓碑と花だけがあった。

 

「……まだこんなものを」

 

 女は花を踏みにじり、ごみを除けるように蹴飛ばした。

 

「本当に変わらないのね、あの頃から」

 

 墓場から女が去っていく。

 秋風は肌を刺すような冷たさを帯び、周りの木々をざわめかせていた。

近親相姦を読むのは好きですが、今回のケースは最低ですね。

徐々に明らかにしていきますのでドン引きしてもらえたら嬉しいです。

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