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あれから午後の仕事を片付けながら探したが、ルイスの姿は見当たらなかった。スキュブは目が良いので、いるなら見つけられるはずなのだが、そのスキュブも肩を落としている。
こういうときは大抵仕事終わりに会ったりするものなのだが、今日ばかりは少し心配だ。スキュブの嫌な予感というのはおおむね当たる。厄介事に巻き込まれているとか、大怪我をしただとか……ミドリたちが普通ならそこにいないはずの強力なモンスターに遭遇したとき、駆けつけられたのもそれだった。
受付に提出する書類や素材を確認しながらギルドに帰る道中、辺りをきょろきょろと見渡しながら、スキュブは心配そうに歩いていた。
どうやら街の中にもいないらしい。
「ルイス、やっぱりいない?」
「……うん。変なことに巻き込まれていなければいいけど……」
スキュブは俯いた。
「お前の勘は当たるからね。ギルドに帰ったら周りの人にも聞いてみよう。この時間帯ならダリアもへカテリーナもロッパーもいるだろうし」
「うん……わたしもちょっと聞いてみる。手分けして――」
スキュブがそう言いかけ、はっと顔をあげる。どうしたのかと思い様子を見ると、すぐ横を歩いていった女性が気になったのか、その女性の背中をじっと見ていた。
「……あの人、なんかあった?見たことない人っぽいけど……」
アヤネはそう言いながら記憶の引き出しを開けてみたが、彼女のような人物をこの街で見かけたことはなかった。
ギルドがあり、人の出入りがある程度ある街だが、そういう人間は武器やら防具やらを身に着けているので装いですぐに分かる。
しかし彼女の装いはそれではない。魔法使いだったとしても、もう少し厚手のローブを着ているはずだ。
「……なんか、怪しい気がする。なんとなく」
スキュブがアヤネにしか聞こえないように囁き、庇うようにアヤネの胴に腕をまわした。アヤネもスキュブの合図に気づき、早足でギルドへ向かう。
「直感っていうのは侮れないからね。そう思うと、何だかきな臭くなるような予感がするね」
「気のせいで済むといいけど」
「そうだね。でもお前の直感は大抵当たる。少し忙しくなるかもね」
「……うけてたってやる、今ならそう言えるね」
秋風が頬をかすめる。最近寒くなってきた。アヤネは目を細めて髪を耳にかけた。
・ ・ ・
ギルドに着き、受付の職員が処理をしている間、アヤネとスキュブは手分けしてルイスのことを聞いた。
この時間帯なら誰かしら見ているものだが、情報を掴むのが早いへカテリーナも、人間より確かな視覚と記憶をもつロッパーも、情報の中心にいるダリアも、ルイスを見ていなかった。
その上、あれからアンヘルが帰ってきていないようで、めったにないこの状況にへカテリーナは眉をひそめていた。
「おかしいねぇ。ルイスが休むなんて聞いてないし、熱でもない限り出てくるんだけど」
「こちらの記憶にも休みの連絡、体調不良の連絡はない。
そもそも、体調不良ならアンヘルが報告に来ているはず」
「そうなんだよねぇ。お昼には探しに行ったんだろう?そしたらとっくに風邪でも食べられるものがないか聞きに飛んできてるはずなんだけど……」
へカテリーナとロッパーは一緒になって考える素振りをする。ロッパーからは内部機器が忙しく回るような音すら出ている。
「なんか……嫌なことが起きそうだな」
ダリアが嫌な臭いを嗅いだような顔をする。
「ルイスのことだから、モンスターに襲われた、なんてことがあっても生きては帰って来るはずだから、朝に行ったんだとしてももうとっくに治療を受けに来てるはず……
あぁ〜こういういつもと違うことがあると心臓に悪いねぇ。老人にはこたえるよ……」
へカテリーナが眉間に手をやった。
「へカテリーナはまだ老人ではない。そして、こういうときの勘というのはあてにしたほうがいい」
ロッパーがへカテリーナの背中をさすりながら、モノアイを赤く点滅させた。
「そうだな。しかもスキュブが言ってるんだよな……ほぼ確定って言っていいだろうな……」
ダリアが頭を掻き、決意したように息を吐いた。
「よし。あたしもこれから仕事ないから探してみるよ」
「いいのかい?これから旦那さんとの時間もあるのに」
「まだ結婚してねぇよ。今結婚だなんて言ったら色々悩むだろうが。
ユウを置いていくのは気がひけるけどな……」
ユウはアヤネが職場に卸している消臭薬のおかげで、だいぶフェロモンを抑えられているようだが、それでも人気のあるところを歩くのはまだ怖い。
職場のステージと客席では距離があるが、街では人とすれ違うこともある。ユウが外に出られるのは夜くらいだ。
「ちゃんと連絡してからいくんだよ?一言あるだけで違うからさ」
「分かってるよ。ユウには心配かけたくないからな」
ダリアはそう言いながら去っていった。
「さて、わたしたちも探してみるか。うちには自慢のロッパーがいるからね」
へカテリーナもロッパーに目配せしてから二人一緒で去っていく。
ギルドの喧騒は相変わらずだが、ひとまわり静かになったような気がした。
「……わたし、ちょっと思い当たるところがある」
三人の背中が見えなくなったころ、スキュブは何か考え込むようにそう呟いた。
「分かった。わたしは――」
「一緒に来て。アヤネも一緒。」
最近は一緒についていなくても不安になるようなことがなくなっってきたので、手分けして探そうとしたが、言い終わらないうちにそう言われて、胸の内で目を見開いた。
顔には出さなかったが、スキュブは少し申し訳なさそうに話を続ける。
「……そのね、前みたいに一緒にいないと不安ってわけじゃなくてね……不安といえば不安なんだけど、そういう不安じゃないというか。
変なのとあったらアヤネを守らないといけないでしょ、っていう不安」
そう言われてアヤネは先程の感情を呪った。苦虫を噛み潰したような顔になりそうだった。
「ああ……ごめん。そうだよね。ありがとう」
「大丈夫。わたしもまだ怖いこともあるから」
受付の職員に呼ばれて、アヤネは受付の方へ振り返った。
処理が済んだようだ。アヤネはスキュブと顔を見合わせ、頷いてから受付へと向かった。




