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紅葉の時期は過ぎ、枯れ葉が目立つ頃合いになってきた。
冷たくなってきた風が吹くと、からからと乾いた音が走り去っていくのが聞こえる。
人気のない墓地ではそれが一層よく聞こえる。
ルイスは手に持っていた花を墓前に置き、しゃがみ込んだ。
ここに通うようになってから何年たっただろう。長いようで、後悔や悲しみはすぐ手元にあった。
「……季節ももうすぐ冬だね、ミシェル」
風と枯れ葉の走る音だけが聞こえる。ルイスの声もそれに紛れて消えてしまいそうだった。
「あなたを忘れたことなんて、一時もない。あの日、一緒にいればと、今でも思う。けど……」
草木の色が眠りについたなかで、墓前の花は鮮やかに映えた。
花屋で買ったコスモスだ。走り回った後の血色のいい頬の色のようなそれは、ささやかに揺れている。
「ずっと後悔してばかりでも、あなたを苦しめるのではないか、そう思うようになってきたよ」
そうは言うものの、後悔のざらつきは未だに胸に残っている。
瞼をとじれば、ミシェルの笑う姿が浮かんできた。
「二度と会えないし、触れられない。あの日のことは変えられない。けど……あなたが私の悔いている姿を見たら……きっとやさしいあなただから、泣いてしまうのだろうね」
ルイスは顔を上げ、墓碑を真っ直ぐに見た。
ところどころに苔が生えている。何度も掃除したのだが、自然は自然のままで、時間と共にあるらしい。人間のこころとは大違いだ。
「見えないけれど、感じられないけれど、あなたがどこかで私を見ているのなら、笑っていてほしい。
たとえ、私のことが見えなくても、どこにもいなくなってしまったのだとしても、同じこと。そう……誰かに生まれ変わったのだとしても……」
ルイスは立ち上がり、目を細めた。さよならの挨拶をして手を振り、名残惜しそうに踵を返す。
誰もいなくなった墓地で、墓前のコスモスだけが静かに風に揺れていた。
全てが枯れゆき、眠りにつくなかで、そこだけは春のように色味があった。
・ ・ ・
アヤネはカヨとの旅行から帰ってきて、仕事に明け暮れていた。
少し休んだだけだが、誰も対応できない依頼や強すぎるモンスターの討伐は達成できる者が少ない。
ルイスやへカテリーナ、ダリアが対応していたようだが、一つの依頼を一人でこなすことは不可能だ。そのため、溜まっていた依頼をアヤネが一気に引き受け、今日中に全て終わらせるのである。
「アヤネさん、本当に大丈夫なんですか……?」
最近は後輩の指導もしているアンヘルが心配そうにアヤネのもとへやってきた。
「大丈夫だよ。半分はスキューがやってくれてるし」
「そういえばそのスキュブさんは?」
「もうすぐで帰って来るはずだよ。」
アヤネは書類や証拠の素材を両手で抱えながら、ギルドの出入り口の方に目をやる。
すると、証拠の素材を大量に担いだスキュブがちょうど帰ってきた。アヤネの姿に気づくと、スキュブは目を輝かせ、光の速さでアヤネの元へ駆けつけてくる。
そのときの風圧でアンヘルの髪が揺れ、アンヘルが驚きであたふたしていたが、まあスキュブなので仕方ない。
「おつかれさま!アヤネ!あとアンヘルもおつかれ!」
「おつかれさま、スキュー。もしかして午後の分もやってきた?」
「うん!なんかちょうどいいとこにモンスターがいたからやってきた!」
スキュブが担いでいた素材を見せる。全てが手練れの者ではないと討伐できないモンスターのものだ。
「えぇ……スキュブさんも楽々!って感じなんですか……?」
アンヘルは見せられた素材を引きぎみに眺める。アンヘルはこのギルドのなかでも中堅くらいの腕前を持つようになってきたのだが、そのアンヘルでもこの反応は妥当である。スキュブが強すぎるだけなのだ。
「らくらくだよ!昔はもっといっぱいやってた!」
「まあ……そうですよね……僕が苦戦してたモンスターを一瞬で輪切りにしたり、僕とミドリさんたちでも難しかったモンスターを一瞬で輪切りにしたり……」
アンヘルがへにゃり、としながら指を折ってスキュブのトンデモ討伐数を数えだす。
異常事態が起きたら助けに行っていたので、それなりの回数にはなるのだろう。
「あとアヤネさんも……急に後ろから現れたモンスターを一瞬で炭にしたり、炎が効かないモンスターを一瞬で凍らせて砕いたり……」
おや、どうやらアヤネの行為もトンデモ討伐数に入るらしい。少し心外だ。素早く確実にキメているのはスキュブの方だ。自分ではない。
「僕もだんだんと強くなってきたなぁ〜って思いますけど、やっぱり上には上がいますよね……精進します……」
「無理せずがんばって!毎日少しずつやれば強くなるよ!」
スキュブは爽やかな笑顔でそう言うが、スキュブの言う『少しずつ』というのは勿論お察しの通りである。常人には毎日できる量ではない。
「そうですね!僕もちょっとずつがんばります!……スキュブさんの言うちょっとずつより少なめで!」
アンヘルはサムズアップしてこたえた。どうやらアンヘルもスキュブの基準が分かってきたらしい。
「あら、ごきげんよう。皆さんお仕事は一区切りつきましたの?」
一仕事終わった様子のミドリたちが、アヤネたちのところへ歩み寄ってきた。
ミドリのチームも仕事には慣れてきたようだ。
「あ、ミドリさん!マシロさんとベニさんも!僕は依頼を終わらせてきちゃったので、これから休憩ですよ!アヤネさんたちもそうだと思います!そうであってほしい!」
アンヘルが祈るようにむぎゅっと指を組んでこちらを見た。
大丈夫だぞ。午前の部が一区切りついたという認識は間違っていない。
「わたしたちも一区切りついたよ。後は午後の部だね」
「午後の部って、午後もこれくらいやるんですか?」
アンヘルがスキュブの素材に視線を向ける。
「そうだよ。当たり前でしょ?」
「無理しないでくださいね!?いくらアヤネさんたちが強くてすごいとはいえ、急に倒れちゃったりしたら僕たち泣きますからね!」
「心配してくれてありがとう〜、アンヘルいいやつだね〜」
スキュブがのほほんと言う。
「スキュブさんも最近いい感じみたいですけど、無茶しちゃダメですよ!通りがかりに目的のモンスターと会ったからって、拳で一撃!とか割と無茶ですよ!」
「あのおっきい蛇の?もっと強いのと何回もぼこぼこしあったことがあるから余裕だよ!」
「あれよりもっと強いのって何なんですか〜!?」
アンヘルが頭を抱える。アンヘルがそうするのも無理はない。スキュブが話している蛇はディートリッヒのことだからだ。
たまに二人で手合わせをしているようだ。たまにカヨの屋敷近くの森で、地面が抉れている箇所があるのはそのせいだろう。
「そういえば、ルイスさんってこっちにきてます〜?」
マシロが周囲をキョロキョロと見渡しながらそう聞く。
「ルイス?見てませんね……アヤネさんたちは見かけました?」
「見かけてないよ。すれ違ってもないかな。スキューは?」
「……いないと思う」
スキュブは注意深く周囲を見渡す。本当にいないようだ。
「そっかぁ〜……ルイスさんも弓がすごい上手だから、ちょっと聞きたいことがあったんですけど……」
マシロが残念そうに肩を落とす。ベニがその背中をさすって元気づけていた。
「きっと午後あたりに会えるって。ルイスさん忙しいから、色々と予定がずれちゃうこととか今までもあったでしょ?」
「ん〜そうだよねぇ。よし!午後に探そ〜!」
「わたくしも一緒に探しますわ。そのためにもまずは、昼食をお腹いっぱい食べなくてはいけませんわね!」
三人は笑い合ってからアヤネたちに挨拶をし、食堂の方へ向かっていった。
その背中をスキュブがぼうっと眺めている。
「スキュー、どうかした?」
アヤネが声をかけると、スキュブは振り返り、表情を曇らせる。
「……なんか、嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
スキュブは頷き、俯いた。
「ルイスは強いから、モンスターに襲われることはないと思うけど、なんか嫌な予感がする」
「それなら、行動は早い方がいいですよね!」
アンヘルが胸の前で拳をぎゅっと握った。
「嫌な予感って、当たるものですよ。スキュブさん勘が鋭いですし。
僕、実はもうちょっとお仕事があるのでついでに探してきます!アヤネさんたちは依頼の報告をしててください!」
「いいの?申し訳ないけど……」
「いいですよ!二人にはいっぱい助けてもらってますし!」
「じゃあ頼もうかな。スキューもそれでいい?」
アヤネが目をやると、スキュブも頷いた。
「うん。ごめんね、アンヘル。こっちもいっぱい助けてもらってる。ありがとうね」
「ふふふ!お互いさまですよ〜!」
アンヘルはそう言う終わるや否や駆け出していった。
小春日和と言えるほどに日が燦々と差していたが、アンヘルが駆け出していったときにはもう空は曇っていた。
日が厚い曇に隠れ、眩しい空色がくすむ。スキュブは目を細め、アンヘルの背中を眺めていた。
死後の認識については宗教観を決めてないのであんな感じになりました
お墓のかたちはご自由に想像くだせぇ、宗教観決まってないので




