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 カヨとの旅行はかなり楽しい。

 旅行のプランはいつもカヨが考えてくれている。昔から、アヤネが好きそうな場所を教えてもいないのに選んでくれているのは嬉しいが、どうして分かるのかが未だに不明である。

 

 今回の旅行もそうだった。

 アヤネもスキュブも行きたい場所を教えたわけでもないし、聞かれてもいないのだが、アヤネが好みな雰囲気だったし、スキュブも気に入ったようだ。

 泊まる宿からは少し離れたところにあるが、自宅周辺にある森とはまた雰囲気が違う森で、木々の隙間から射し込む光が明るい、清流のある場所だった。

 今の時季は紅葉で葉が燃えるように染まっており、川を流れていく落ち葉をスキュブが楽しそうに眺めていた。

 

 アヤネはこういう静かな場所が好きだ。勿論、祭りのような人混みと活気の中をカヨたちと歩くのも好きだが、自然のなかでゆっくりするのも好きだ。

 スキュブもそうなようで、みんなでワイワイするのも好きで、静かなところで色んなものを眺めるのも好きらしい。

 蟻が行列を作って歩いていくのをじっと眺めているような子なので、目に映る新鮮で綺麗なものには惹かれるのだろう。

 

 ディートリッヒはひなたぼっこをしていた。日があたるところでカヨと一緒にうたた寝をしていた。

 カヨもディートリッヒも、こちらの好きなところばかりでいいのだろうか、と思うが、二人にとっては家族で過ごすことができればそれでいいらしいので、これが一番良いのだそうだ。

 

「いやぁ〜ゆっくりできたねぇ〜」

 

 宿に着き、まだ布団が敷かれていない部屋で、カヨがのびをした。

 

「おかげさまでわたしもゆっくりできたよ。いつもありがとうね」

 

「いいのいいの、あーちゃんが幸せなのがわたしの幸せだから」

 

「幸せならOKですってやつ?」

 

「そう!やっぱ好きな人が幸せなのが一番幸せだよね〜」

 

 カヨはふにゃりと笑った。

 こんな緩やかな姿を見せているが、今回の宿の手配から、旅行の計画まで全てカヨがやっている。

 しかも、宿に関しては貸切だ。邪魔されたくない、という理由らしいが、スキュブのことを考えて、というのもあるだろう。

 スキュブは確かに明るくなったし、人見知りもしなくなったが、初めての場所で色々と緊張したりすることもある。

 カヨには本当にいつも世話になっている。彼女は身内には気配りができる人間なのだ。

 

「そういや、ディーくんはスーちゃんと遊んでるんだよね?」

 

「うん、なんか宿の中見てまわってくるって」

 

 宿につくなり、スキュブはディートリッヒを誘って内部の探索に向かった。子どもらしいといえば子どもらしい。

 

「……まだ十五歳だもんねぇ、そういう時期だよね」

 

「そうだよね、ようやく年相応になったって感じ」

 

「大人びてることが、必ずしもいいこととは言えないよね」

 

 カヨが窓の方を眺める。日は暮れ始め、空は鮮やかなオレンジ色になっていた。

 

「あーちゃんも、あの頃は十五歳とは思えなかった。

 幼い頃は大人に憧れたけど、子どもは子どもらしくいるべきだなって、今は思う」

 

「……そうだね。スキューを見てると、わたしもそう思うよ」

 

 カヨはアヤネの方へ振り向いた。深い緑色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめている。

 

「久しぶりだよね、こうやって二人で話すの。

 昔はずっと二人だったけど、ずっと一緒にはいられないもんね」

 

 カヨが懐かしそうに目を細める。

 

「でも、あーちゃんのことは絶対に守るからね。スーちゃんのことも。

 二人のためなら、わたしもディーくんもなんだってできるんだから」

 

「……それに関しては、もう分かってるよ。いつもありがとうね」

 

 アヤネが困ったように笑うと、カヨもにこりと笑った。

 

「何かあったらすぐに連絡ちょうだいね。どこにいたってすぐに駆けつけるんだから」

 

 アヤネが頷くと、部屋の戸が勢いよく開いた。

 アヤネとカヨが同時に戸の方を見ると、目を輝かせたスキュブが立っていた。最近嬉しいことがあると、力の制御が下手になるようだ。

 

「二人ともきいて!」

 

 スキュブの弾むような声にアヤネとカヨは頷いた。

 

「すっごい綺麗な景色が見られるところがあったの!」

 

「それじゃあ案内してもらおうかな。ね、カヨ」

 

 アヤネが立ち上がり、カヨに手を差し伸べる。

 

「ふふ、そうだね。ディーくんもそっちにいるの?」

 

 カヨはアヤネの手をとり、立ち上がった。

 

「うん。どこだったか分かるように待ってもらってる!」

 

 スキュブが速歩で二人を案内する。時々後ろを振り返りながら、二人を置いていかない速度で。

 

 暫く歩くと、目的の場所についた。窓を眺めるディートリッヒを見つけると、スキュブは嬉しそうに笑って手を振った。ディートリッヒも笑みを返し、軽くお辞儀をする。

 

「お兄様、ちょうど夕焼けが綺麗ですよ」

 

 ディートリッヒが指を指す方向を見ると、夕焼けに染まった街並みが広がっていた。

 温泉街、というだけあって様々な建物が並んでいる。その全てが活気に溢れ、窓をあければ煮炊きの匂いが漂ってきそうなくらいだった。

 夕焼けの鮮やかなオレンジ色と、深い影の色がよく映えている。自然の景色も良いが、人の営みに溢れた景色も趣がある。

 

「何だか綺麗だから、二人にも教えたくて」

 

 街並みを眺めながら、スキュブは目を細めた。

 この子はこういう景色も好きだと言えるようになったのか。

 

「綺麗だね。いい景色。教えてくれてありがとう、スキュー。それと、ディートもね」

 

 アヤネが二人の頭を撫でると、スキュブは嬉しそうに笑い、ディートリッヒは気恥ずかしそうに視線をそらした。

 

「私はお兄様のあとを追いかけていただけですし……」

 

「ディートと一緒だから見つけられたんだよ!」

 

「そう、ですか……それなら、良かったのですが……」

 

 空の色が移ろいはじめ、夕焼けが夜を連れてくる。

 今日は快晴だ。徐々に星々が空に輝き、月が顔を出すだろう。

 今日の月はどんなかたちだろうか。皆で見るのも悪くない。

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