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 涼しい風が吹き、木々が色づく季節となった。

 果実は実り、穀物も収穫をむかえる。水田のある地域では新米の季節となるようで、市場は活気づいていた。

 道端には秋の花が揺れている。最近スキュブが待ち時間に花や虫を眺めていることが多くなった。

 

 あれから、スキュブは活発的になった。一人でも誰かと話していることがあるし、誰かと遊びに行くようにもなった。

 どうやら自分の年齢の自覚もなおったようで、今はちゃんと自分のことを十五歳だと思っている。

 やっと年相応になったのだ。いままで、少し大人びているようで、こどものころに置いてきてしまった幼さがあって、常に寂しさとどうしようもない辛さと隣合わせだった。

 過去から解き放たれ、自由になった家族を見たときの、たまらない愛おしさと嬉しさはどう言葉を尽くしても表現しきれない。

 アヤネは成長したスキュブの後ろ姿を微笑みながら見つめていた。

 

「……温泉、旅行か……」

 

「そうそう!スーちゃんもあーちゃんも安定したし、そろそろ家族旅行とかしてもいいんじゃないかな〜って思って」

 

 アヤネの家に遊びに来たカヨがメモや写真をテーブルに並べてそう言った。

 さっと目を通しただけで分かるが、これは最近思いついたから調べた、という情報量ではない。

 

「まあ、そろそろみんなでどっか行きたいよね。お金とかこっちで出すよ。カヨにもディートにも毎回お世話になってるからさ」

 

「え〜、こっちで出すよ。貸切だし?こっちが決めたし?」

 

「いつも助けてもらってるし、なんならお金稼いでも使う暇があんまりないから貯まってるし……」

 

 仕事量を減らしてもギルド内トップの依頼達成量を保ち続けている、ということはもちろんギルドで一番稼いでいる、ということにもなる。

 しかし、それを使う時間があるかというとあまりない。アヤネはスキュブのためならお金を使うが、それ以外はあまり物欲がないし、スキュブも活発的になってもお金を無駄使いする性格ではない。なんならみんなで日向ぼっこをするのが好きという、素朴で小さいけれどあたたかな幸福の方が好きなのである。

 

「あーちゃんを助けるのは家族なんだから当たり前でしょ?あともう予約しといたからお金とかもうこっちで払っちゃったし」

 

「相変わらず早いな……」

 

「わたしだも〜ん、そういうのは早いんだよ」

 

「いつもありがとうね、本当に」

 

「いいのいいの、主にわたしがやりたいっていうのもあるしね〜」

 

 カヨは紅茶を飲みながら、用意されたクッキーを楽しげにつまむ。

 

「それにしても、スーちゃん本当に明るくなったよね。蜘蛛に変身してもいつも通りって本当?」

 

「本当。この前森の中を散歩してたらさ、できるかもしれないからやってみるって言って、蜘蛛になったんだよ。そしたら特に暴走することもなくいつも通りで……鎮静剤、もう作らなくてもいいかもね、なんて思っちゃった。」

 

 アヤネは先日のことを思い返す。

 スキュブが普段通りのまま蜘蛛に変身できるようになったのだ。

 以前は感情が爆発したとき等に蜘蛛に変身していたが、今はそうでなくてもできるし、冷静なままでいられるらしい。

 どうしてかはスキュブ本人も分かっていないようだが、アヤネを食べなくても愛されていると理解できるようになったからではないか、という説が有力らしい。

 

 その日、白くもふもふとした背中に乗せてもらって、アヤネは森を駆け抜けた。

 涼しくなった空気が頬を撫でるのが気持ちよかった。

 アヤネが楽しげに声を上げると、スキュブも嬉しそうにしているのが本当に楽しかった。

 

「……やっぱ、人は変わるよねぇ……」

 

 カヨは窓の方を眺めながら、しみじみとした目でクッキーを口にした。

 

「何がきっかけかは分からないけど、時間と共に良くなっていくっていいよね。

 根本的な解決は難しいけど、その人なりの答えがでて、こころから笑える日がきたらさ、よかったって思えるもん」

 

「そうだね。まだ怖いこともあるけど、こうやって少しずつよくなってくのって、いいなって思うよ」

 

 頷くアヤネにカヨはちらりと視線を送り、眉を上げてみせた。

 

「そういう意味でも、やっぱ似てるんだね」

 

「……誰が?」

 

 アヤネが首を傾げると、外の方からスキュブの笑い声が聞こえてきた。

 窓に目をやると、ちょうどスキュブがディートリッヒを肩ぐるまして走っていく姿が見える。

 

「ありゃりゃ、ディーくん大丈夫かな、あれジェットコースター並みじゃない?」

 

 様子を見ていたカヨが窓の方を指差す。

 

「大丈夫、あれゆっくりめに走ってるときの速度だから」

 

 アヤネは炭酸水を一口のんだ。ぱちぱちとさわやかな感触が口に広がった。

 

 

 

 ・ ・ ・

 

 

 

 スキュブとディートリッヒは遊び終わって帰ってきた。森の中を走り回ったり、ひなたぼっこしたりしてきたようだ。

 

「お兄様、ほんっとうに元気になりましたね……」

 

 ディートリッヒは紅茶を飲んで一息ついた。髪の毛は先程直してきたようだ。

 

「元気元気〜すごく元気〜」

 

 スキュブはクッキーをもぐもぐと食べながら、にこにこと笑う。

 

「肩ぐるましてもらうのは嬉しいのですが、もう少し速度を抑えていただけると」

 

「もうちょっと遅いのがいい?」

 

「もうちょっとちょっとちょっとくらいですね」

 

「それだと普通だよ?」

 

「お兄様の普通は十分な速度ですよ?」

 

 ディートリッヒは人差し指を立てて説明する素振りをする。

 

「お姉様と走るときの速度くらいが丁度いいのです。今回の速度はあれですよ。吹き飛ばされたときくらいの速度です。普通の人間では耐えられませんよ」

 

「ディートは普通より強いじゃん」

 

 スキュブは首を傾げる。ディートリッヒは口元が緩まるのを我慢して、咳払いをした。

 

「まあ、そうですが。それはそれとして。速いのも嫌いではないのですが、ほら、すぐに走り終わってしまうのも問題ですし」

 

「大好きなスーちゃんにかっこ悪いところ見せたくないんだもんね〜」

 

 カヨがディートリッヒの言葉に被せる。ディートリッヒは微かに眉をひそめ、視線をそらす。

 

「まあでも大丈夫!わたしもあーちゃんと速いやつに乗ったときとかやばかったからね!叫ぶわ鼻水出るわで人に見せられるような顔じゃなかっ――ってイタタタタタ!」

 

 ぺらぺらと喋るカヨの頬を、ディートリッヒがつねる。

 

「そんな顔してませんからね?」

 

「ディーくんは絶対やらないよね!だって大好きなスーちゃんの前でそんなイタタタタタ!」

 

 カヨの頬がお餅のように伸びる。そんなにのびるものなのか、とアヤネは感心した。

 

「余計なことを言ういけない口ですねぇ。どうしてやりましょうか」

 

「あー絞め技耐久はやめて?」

 

「絞め技耐久にしましょう。私は毎晩耐えてるので」

 

「え、わたし締めてるっけ?」

 

 けろっと言うカヨにアヤネは呆れたように肩をすくめた。

 

「ディートは毎晩お前に窒息技をかけられてるけど、耐えてるんだよ」

 

「え〜?……あ、あれか。思い当たる節がイタタタタタ!」

 

 初めて気付いた、というようなカヨの言いように、ディートリッヒはつねりを強くした。

 

「ディートは愛で耐えてるよ!わたしはできないよ!」

 

 スキュブがサムズアップをした。何がグッド!なのか分からないが、かわいいので良いだろう。

 

「そうです。温泉旅行のときはお姉様やお兄様を窒息死させないようにしてくださいね」

 

「つまりディーくんならいいんだ!イタタタタタ!」

 

 開き直るようなカヨを、少し頬を膨らませながらつねる。

 

 因みに、絞め技耐久はちゃんとやったらしい。カヨ曰く、愛の抱擁だぜ……とのことだ。ディートリッヒがため息をつく姿が目に浮かんだ。

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