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 待ち合わせをした浜辺で、ルイスは一人海を眺めていた。

 ここはこの前人魚の一件があった海だ。小さく、静かで、近くに住む子どもたちもたびたび遊びに来ている。

 あの一件から随分と長い時間がたったような、そうでもないような不思議な感覚がする。

 実際、時間は経っている。夏の盛りは終わりかけており、ひぐらしも鳴くようになった。暑さもだんだんと和らいできており、もうすぐコスモスが咲く頃だろう。

 

「……待った?」

 

 後ろから声をかけられ、ルイスは振り向く。待ち合わせ相手のスキュブだ。

 スキュブも最近は一人でも出歩くようになった。以前は必ずアヤネと一緒だったのに、今は平気になったらしい。

 

「いえ、先程着いたばかりで」

 

「そっか」

 

 スキュブはルイスの隣に座った。

 

「約束、遅くなっちゃってごめんね」

 

「いえ。お互い色々忙しかったですし」

 

「スケジュールがぎちぎちなのはこっちの方だね」

 

「それは仕方ないでしょう。仕事ができる人に仕事がくるのは自然なことですから」

 

「アヤネは速いからね。他の人を見て分かったよ。皆が遅いんじゃなくてアヤネが速すぎただけなんだって」

 

「アヤネを基準にされたら、皆遅いことになってしまいますね」

 

「アヤネ、タイムアタックが大好きだからね。よくリアルタイムアタックって言ってる」

 

 アヤネは効率よく仕事をするのが好き、という風にルイスは解釈した。しかし、稀にアヤネが主張する、怪我はしたけどアイテムが回収できたので問題はないという意見には賛同しかねる。タイムは命より重いも然りだ。この前、それに関しては説教してしまったので、考えを改めてくれているかとは思うが。

 

「そういえば、アヤネは今何を?」

 

「ユウが働いてるところがあるでしょ。あそこに匂い消しを渡しに行ってるよ」

 

「おや、最近行っていると思ったら、そういうわけでしたか」

 

「そうそう。アヤネ、なんか作るのもできるからね」

 

 アヤネはアイテム等の合成もできる。最近はユウが働いている店に品物を納めているようだ。

 

「そういえば、そのついででユウの踊ってるのも見たよ」

 

「おお、そうですか。あそこの店は皆、素晴らしいパフォーマンスをすると昔から評判ですからね」

 

「すごかった。人間の身体ってああいう風に綺麗にみせることができるんだなぁって。なんか事件の罰金とかも払い終えたみたいだし、順調なんだね」

 

 ユウが以前起こした事件に関しては、店主とその町の長等が色々と交渉したらしく、罰金は店主が立て替えて払ってくれたらしい。

 それをユウは店主に返済するために必死に働いていたわけだが、最近それが終わったようだ。

 ユウが相当な努力をしたのと、ダリアの協力あってこその急速返済だったと店主が話していた。

 

「ダリアとの生活も順調なようですしね。」

 

「ね。手紙にダリアへの感謝とか、こういうことがあって良かった〜ってことがいっぱい書いてあるからそうなんだろうね」

 

「文通しているのですか?」

 

 ルイスは目を丸くした。スキュブが身内以外と文通しているという点にも、事件で思うことがある相手だろうに、という点にも。

 

「ちょっと前にやりはじめた。話したらやっぱり悪い人じゃないなって思ったし、話すと面白いし。

 ファンがたくさんいるっていうのは、踊りが上手なだけじゃなくて、お客さんと話すのも上手だからなんだなって思った」

 

「……そう言われると、確かにそうですね。仕事仲間と食事していたところに会ったことがありますが、会話が盛り上がっていて仲が良さげでしたし」

 

「そうなんだよね。仕事仲間にもモテてる。この前ダリアに渡すプレゼントの相談してた」

 

「ああ、最近機嫌がいつもよりいいと思ったら……」

 

「防御向上のお守りなんだって。見た目はシンプルなペンダントだから、邪魔にもならないしね」

 

「随分と詳しいですね」

 

「作ったのアヤネだからね」

 

「そうなんですか!?」

 

 まさかそこにもアヤネが関わっていたとは思わなかった。先程から驚いてばかりである。

 

「依頼で仲良くなった装飾品売りの人と協力してやってたよ」

 

「アヤネも顔が広いですね……」

 

「いっぱい依頼をこなしてると、そうなるよ」

 

「仕事の出来が良いというのもあるでしょうね」

 

「そうだね。アヤネすごいから」

 

 スキュブは誇らしい顔で笑った。

 

「……あなたたちと出会ってから、色々変わりましたね。」

 

 ルイスは懐かしさを帯びた目で海を眺めた。波は穏やかだ。静かに寄せてはひいてを繰り返している。

 

「貢献できてるなら嬉しいよ」

 

「そういうのもありますけれど……あなたたちも何だか明るくなった気がします」

 

「それはそうだね。アヤネも死んだ顔してないし、わたしは色々どうでもよくなったし……

 どうでもよくなったって言うと自暴自棄になったみたいだな。気にしなくなったが良いか」

 

 スキュブの言う通り、アヤネは表情が明るくなった。常に暗い底を見ているような顔をしていたのに、今では目の下のくまもない。

 おそらく、スキュブとの日常が癒やしになっているのだろう。こころの傷というのは時間をかけて癒やす必要がある。穏やかな日常が彼女のこころをゆっくりと癒やしているのだ。

 スキュブもあれから随分と明るくなった。他者と話すようになったし、感情が顔に出るようになった。どこか怯えていた様子も見なくなったし、最近は冗談も言うようになってきている。

 アヤネに声をかける好色家を全力で床に叩きつけ、自分より強くなってから来るように、とおちょくるようになったのは良い変化かどうか分からないが、ルイス個人としては良い変化だと思っている。

 

「……誰しも、何かありますもんね。思い出せないほど、辛いことが」

 

 ルイスは目を細めた。遠い記憶が胸を刺すようで、鈍い痛みが走る。

 

「あるよね。わたしは親に捨てられて……アヤネも親に捨てられたようなものだし。」

 

「……親に?」

 

 ルイスは眉をひそめた。スキュブはルイスの顔を見て、困ったように笑う。

 

「そうだよ。わたしは生まれたと思ったら飽きたって言われて捨てられた。アヤネは親の役割を放棄されて、家族の輪に入れてもらえないからカヨの家にひきとられた。

 酷いよね。わたしの親なんて飽きたなんて理由だし、アヤネの扱いに関しては、そいつらのこと殺してやりたいって今でも思う」

 

 スキュブの手が砂を握りしめた。指のあとが浜に残る。

 

「親って何なんだろう。子どもって何なんだろう。一般のそれがアンヘルの家族みたいな感じなら、わたしたちへの仕打ちは何だったんだろう。……たくさん考えても、今ある幸せが一番だねって答えにたどり着くんだけどさ。

 ……人魚のあれも、どうして擬態してまでお母さんになりたかったんだろうね。死んだから分からないけど、親と子どもって色々難しいよね。関係が近いから、余計に」

 

 スキュブは海の遠くを見つめた。地平線の先を眺めるようなその目には複雑な色が浮かんでいる。が、暗く翳ったものではなかった。悲しみはあるけれど、澄んで晴れている。

 

「……ルイスも、色々あるんでしょ」

 

 ルイスははっとした。何か見抜かれているような気がして、恐ろしいような、期待してしまうような複雑な想いが胸にくすぶる。

 

「わたし、分かるよ。ルイスってわたしのことを見てるとき、アヤネみたいな目になるから。

 でも、それ以外もある感じがする。アルバムを開いているときみたいな顔もするから。

 わたしを通して、遠くを見てる。遠い記憶に繋がる何かが、わたしにあるんでしょ」

 

 スキュブは海の遠くを見つめたままそう言った。言葉がまっすぐだから、視線もまっすぐだったら少し怖かったかもしれない。スキュブなりの配慮なのだろう。

 

「……あなたは、ずっと前から周りの人をちゃんと見ていたんですね」

 

 ルイスはゆっくりとまばたきをした。胸の内を既に見抜かれているが、隠してもスキュブは優しく笑ってくれるだろう。

 だが、話すならここなのだろう。この子は強くなった。前を向いた。自分もそろそろ前を向かねばなるまい。

 

「……亡くなった息子に似てるんです」

 

 重く、詰まりそうになる言葉を押し出した。

 

「息子は、珍しいことが起こったようで、血縁者たちとは全く違う髪色と肌の色で産まれました。

 真っ白な髪に、真っ白な肌でした。雪のように綺麗でしたよ。日光に弱い体質でしたが、あまりに綺麗だから太陽に嫉妬されたのでしょう、って思っていました。」

 

 ルイスは目頭が熱くなるのが分かった。それでも続ける。

 

「かわいかったです。お腹が空くと大声で泣くんですよ、普段は大人しいのに。

 ……そんなあの子の成長が、見たかった。」

 

 涙の膜で視界が霞む。ごまかすようにまばたきをした。

 

「あの子は……ミシェルは、ほんの少し目を離した隙に……殺されました。

 ミシェルは……自分の、母親に……」

 

 その時の光景が脳を走り、言葉を詰まらせる。謝ると、スキュブは優しく背中をさすってくれた。

 

「……すみません。あの子は……私が目を離したせいで、殺されたんです。それなのに、あなたを見ると思うんです。もしも生きていたら、こんな風に……と」

 

 白い髪の毛を揺らして、やわらかな日光の下で笑うその姿は希望を体現しているようだった。

 自分のせいで亡くなった未来なのに、蜃気楼のような夢がそこにあるような気がして、どうしようもなかった。

 スキュブはミシェルではない。ミシェルは既に死んでしまった。分かっていても、見る度にかわいくて仕方がなかった。

 

「ごめんなさい、分かっているんです。あなたはミシェルではない。そんな風に思われても迷惑でしょう。

 ……でも、少しずつ成長していく姿も、優しく笑う姿も……どうしようもなく、かわいいと、思ってしまうんです。」

 

「……そうだったんだね。だから、だったんだね」

 

 スキュブはそっと肩をよせた。体温をわけるように、やさしく。

 

「……まずね、わたし、ルイスは悪くないと思うよ。

 だって、お母さんなんでしょ、殺したの。ルイスはお父さんだったのに、そいつはお母さんじゃないことをした。ルイスもお母さんならそんなことしないって思ってたでしょ。そんなの予想できないと思うよ。

 ……わたしも、同じことが起きたら、自分を責めるけどね。」

 

 スキュブは悲しげに目を伏せた。ルイスはきっと何回も同じようなことを言われているだろう。だけど、そう言葉をかけずにはいられなかったし、それはルイスにも伝わっていた。

 

「それと……わたしはわたし自身を愛してもらえたら、それでいいよ。ルイスがわたしをミシェルだと思って愛してるのは嫌だけど、ルイスはそうじゃないでしょ。

 ルイスはわたしがわたしだって分かってる。重なる部分はあるけれど、わたしが好きな理由は、それだけじゃないよね」

 

 スキュブは一つに結った髪をほどいた。ルイスが驚いた表情で顔を上げる。

 

「……この髪、お母さんには目障りな色って言われたけど、アヤネには綺麗って褒められたんだ。肌の色もね。おもちみたいでかわいいって。

 わたしも好きだよ。きらきらしてるもん、わたしはわたしの見た目が好き」

 

 スキュブは指で髪を梳いた。日の光をきらきらと反射して、星の粒がきらめいているようだった。

 

「……難しいよね。ルイスのも、時間をかけるしかないんだと思う。わたしは悪くない、なんて言ったけど、自分の答えは自分でしか出せないから。

 だから、わたしは今まで通りにルイスに接するよ。何が良いのか、何が正しいのか……白黒つかないことはたくさんあるけど、自分の答えはこれだって分かる日がきたよって、ルイスが話してくれる日を祈りながら」

 

 ルイスは目を覆い、天を仰ぎながら笑った。この子はやさしくて強い。

 自分の答えは何なのか、ここで回答は出ない。だけど、すこし晴れやかな気持ちだった。

 

「……ありがとうございます。あなたは……本当に優しい子ですね」

 

「こう育ててくれたひとのおかげだよ」


「……あなたが自分と向き合い続けたからですよ」

 

「そうできたのも、皆のおかげだから。

 だから、わたしは家族に、友達に、ありがとうって生きていくの」

 

 スキュブの肩の重さが心地よかった。ルイスは目を閉じ、頬に涙を伝わせる。

 暫くそのままでいた。涙がこころを洗い流してくれるまで、ぬくもりを感じていた。

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