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「……っていうことがあったの」

 

 スキュブは淡々と語り終えた。夢での戦いを、己との決着を、読み終えた絵本を閉じるように。

 

「……怖く、なかったの?」

 

 カヨが心配そうに聞くと、スキュブは首を横に振った。

 

「怖かったよ。お母さんだから。でも、大丈夫、大丈夫って一歩踏み出してみたら、なんとかなった」


「そっか……そっか……よかった……」

 

 カヨは近くの椅子にへにゃりと座った。安心して力が抜けたのだろう。

 

「お兄様……なんだか、変わりましたね」

 

 ディートリッヒはスキュブの頬を手で包むようにした。ほんのりとしたあたたかさが伝わってきて、目頭が熱くなる。

 

「ずっと、あの女のことで苦しんできましたけど……もう、苦しまずに済むんですね」

 

 ディートリッヒは微笑み、涙を頬に伝わせた。

 

「思い出したら、ちょっぴり怖いけど……うん。もう平気。わたしには、みんながいるから」

 

 スキュブはディートリッヒの涙を指で拭って、そっと抱きしめた。

 頭を撫でると、ディートリッヒが抱きしめ返してくれたのが分かった。

 

「これは……あーちゃん泣くわ……」

 

 カヨはアヤネの方へ目をやった。相変わらず泣いている。

 ずっとスキュブに寄り添ってきたアヤネにとって、過去から解放され、心から笑うことができるようになったスキュブを見るのは、感動や嬉しさというものを通り越した、なぜかこちらが救われたような気持ちだっただろう。

 自分は愛されないという暗がりからようやく抜け出せたのだ。これからはきっと、自分を愛していける。

 

「あーちゃん、よかったねぇ……」

 

「よがっだぁ……よがっだぁ……」

 

 カヨがしみじみと言うと、即座に言葉が返ってきた。

 

「アヤネ、まだ泣いてる?」

 

 まだ目の赤いディートリッヒを撫でながら、スキュブは心配そうにアヤネの顔を覗き込んだ。

 

「まだな゛いでるぅ……」

 

 アヤネが涙声で答える。

 

「そんなに、嬉しい?」

 

「う゛ん……」

 

「そっか。そうだよね……」

 

 スキュブはアヤネに歩み寄り、アヤネを抱きしめた。

 いつもやってもらったようにアヤネの頭を優しく撫でる。

 

「あのときからずっと一緒だったし、あのときからずっと、愛してくれてたもんね」

 

 アヤネは頷き、スキュブを抱きしめ返した。

 

「ありがとう、アヤネ。わたしやっと分かった。愛されていいんだって。自分は愛されるべき存在だって。

 おかしいね。ずっと愛してくれていたのに、こんなに気づくのが遅れちゃった」

 

「……遅れたって、いいじゃないか……気づけたんだから、それで……十分だよ……」

 

 アヤネの涙声は籠もって聞こえたが、はっきりと伝わった。

 アヤネの肉や血を口にしていないのに、胸があたたかい。愛はこうして伝わるのだと、スキュブは改めて思った。

 

「ありがとう……ありがとう。まだお母さんのことは怖いけど……わたし、もう負けないよ。

 本当の帰る場所は、ここだって分かったから」

 

 スキュブの真っ直ぐな瞳に、強い光が宿った。

 その胸に星を宿したのが分かるような、芯のある強さだった。

 

 今を生きることができるようになったこころは、魂は、強い。

 風のなかでも空を掴んで飛んでいく鳥のように、冷たい風の中でも大きく堂々と開く花のように、生きていけるのだから。

今年の投稿はこれで最後です。

60話でようやく解放されましたね、スキュブ

ふと気づいてよかった、なんで自分だけこんなに苦しまなくちゃいけないんだって

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