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ミドリはいつもの三人で昼食をとっていた。
昼時で賑わうギルドは騒々しいが、それを気にするミドリではない。話すときは周囲の声にかき消されぬように通る声で話していた。
「それでさぁ、うちのお父さんったらそろそろ良い相手いないか〜とか言ってくるの!いるわけないじゃない、私そういうのより今の仕事に集中したいのに!」
ベニが大きく切り分けた肉を一口で頬張った。
「いろいろ心配なんだよ〜ベニちゃんのことが」
マシロはパンを小さくちぎり、スープに少しつける。
「娘の将来を思うのは親として当然のこと、とお父様も言っておりましたし、ベニちゃんのお父様も同じなのでは?」
ミドリはベニと一緒の肉料理をナイフで切り分け、上品に口に運んだ。
「それは分かるけど……ミドリのとこのお父さんもそういうはなしするの?」
「うーん……しませんわね。子孫繁栄に関しては他の兄弟に任せると言ってましたし、結婚することが必ずしも幸せとは限らないとも言ってましたわ」
「あー……そっか、ミドリの家、跡継ぎ問題とかもあるのよね……
でも、お父さんは別にいいよーって感じなんだ」
「ですわね。血ではなくとも技術は遺伝の如く伝わっていくとも言ってましたし」
「「なんかそれ素敵……」」
ベニとマシロが同時に言って顔を見合わせた。
「あら、またですわね!二人とも打ち合わせでもしてましたの?」
ミドリがくすくすと笑うと、ベニとマシロもつられて笑った。
「えへへ〜実はテレパシーでベニちゃんと打ち合わせを……」
「そうそう、マシロからしゃっ!ときたらせいっ!ってやるの!」
「まあ、二人ともわたくしに内緒でそんなことを?」
身振り手振りでふざけるベニとマシロに、ミドリは目尻に涙を浮かべた。
「お前ら、相変わらず仲いいな」
三人が談笑していると、ダリアが軽く挨拶をして、空いている席に座った。
ダリアが話に混ざってくることはよくある。彼女は様々な人と話ができるツワモノだ。
「あ〜!ダリアさんだ!会話強者!」
「誰とでも話せる人ナンバーワン!」
「誰と話しても会話が盛り上がることで定評のあるダリアさんですわね。ごきげんよう!」
「お前らあたしの印象も一致してんのかよ……」
ダリアは注文をとりに来た店員に注文を済ませながら、呆れたようにため息をついた。
「だって、ダリアさんすごいじゃないですか〜!あの人と話したい!って相談されたや否やその人と話をつけて会話を回してたとこ、わたし見てましたよ〜!」
「なんでそんなとこ見てんだよ……」
「ふっふっふー!わたしだって噂好きな女の子の一人なのです!」
マシロは意外と周囲の話や動きを見ている。射手の力が活きているのだろうか。
「そういえば!ダリアさんって――」
ベニがそこまで言って、口を手で押さえた。すぐに内緒話をするように身を乗りだし、口の横に手を添える。
「……最近、彼氏さんできたんですよね?うまくいってますか?」
ミドリとマシロはベニが声を小さくした理由が分かって、軽く頷いた。
恋の話は小声でするのが暗黙のルールだ。だって大声で話しては品がない。
「なんだ、小声で言うことじゃねぇだろそんなこと……」
「「だめです!こういうことは小声でこっそり!」」
ベニとマシロが同時に言うので、ダリアは「お、おう……」と気圧されたように頷いた。
「うまくいってるよ。ユウも仕事、うまくいってるみたいだしな」
「ちゃんとご飯とか一緒に食べられてます?お出かけとかは難しいでしょうけど……」
「飯は一日に一回は一緒に食ってるよ。仕事の時間が合わないからなかなかな……」
「手、繋いだりとかしてますかっ……?」
「してるよ。」
ベニとマシロは手を組みあい、嬉しそうにきゃー!と言った。勿論、静かに。
「お前ら何がそんなに面白いんだよ……」
ダリアは運ばれてきた肉料理をそのまま口に運んだ。
「恋の話は楽しいものですわ!誰かが話したら数分後には皆知ってますもの!」
「あー……それは分かるな。あたしのとこにも話がくるからな……」
「それに、ダリアさんといえば難攻不落ランキング上位の方と伺ってましたし……」
「一位はルイスだな。あいつはどんなアタックにも微動だにしないぞ」
「それはダリアさんも同じでしてよ?」
「そりゃあ、あたしにはユウとの約束があったから……」
そう言いながらパンに手を伸ばすダリアの側を、黒い影が横切った。
素早いその動きにダリアははっとして顔を上げたが、通り過ぎていった影は想像とは似ても似つかない形だった。
ダリアはアヤネたちの家がある場所を聞いておかなかったことを悔やんだ。誰もあの二人のところへ見舞いにさえ行けないのだ。
「あの二人、アヤネさんとスキュブさんの代理で来てる人だよね?」
ベニは食事の手を止めて、耳打ちするように言った。
「そうだって聞いたよ。あの二人もすごいんだってね〜」
「ね。あの鎧の人、モンスターを振り回して武器の代わりにしてたんだって!」
「す、すごい……武器がなくてもたたかえちゃうんだ……」
マシロが開いた口を手で覆った。
「それにね、隣にいる男の子いるでしょ?あの人、ひと睨みでモンスターを大人しくさせたらしいよ!」
「すご~い……!なんでもペットにできちゃうの……?」
「ぺ、ペット……?」
マシロの突飛な話にベニは困惑した。この子はたまにこういうところがある。
「そんなに気になるのか?あの二人」
ダリアは受付で依頼の処理を待っている二人の背を親指で指した。
「もちろん!だって強いんでしょ?アヤネさんたちの代理っていうくらいだし!」
「かっこいいですよね〜二人とも〜」
ダリアは二人の笑顔を見てニヤッと笑った。
「じゃあ呼んでやろうか?」
「「えっ」」
ベニはフォークを落とし、ベニはパンを落とした。
ダリアはそんなことお構い無しに、カヨとディートリッヒに声をかける。
「おーい!そこの二人!」
通り過ぎようとしていたカヨとディートリッヒが足を止め、ダリアを一瞥する。
「これから昼飯か?」
ディートリッヒは暫く黙っていたが、平坦な声色で答えた。
「そうですが」
「こっち来いよ。アヤネとスキュブも駄弁りながら飯を食う時間はあったぜ?」
ディートリッヒは一瞬眉をひそめたが、すぐにカヨの方を確認して、テーブルの方へ歩いてきた。
「お兄様とお姉様であれば、当たり前です。」
「へぇ。自慢のきょうだいってわけか?」
「当然でしょう。」
「ふぅん。それじゃあその代理で来てるお前らも手練れってことでいいよな?」
「そこら辺の人間と一緒にされては困ります。私はお兄様とお姉様には及びませんが、二人に稽古をつけてもらったのですから」
ディートリッヒは椅子を引いてカヨに座るよう促してから、その隣に座った。
「なるほど。じゃあ隣の連れも?」
「……貴方、以前お会いしたときにお兄様が説明してましたよね?覚えていないのですか?」
ディートリッヒは不快そうにダリアを睨んだ。
「いいや?覚えてるぜ。聞きたいのはこっちの若いのだよ」
ダリアは臆することなく片眉を上げ、ベニたちの方を指した。
視線が移って三人はぴくっと肩をすぼめる。
「あっ、その!結構お二人のこと噂になってるから気になって!」
ベニがあたふたと身振り手振りでごまかそうとした。
「そうなんです〜!わぁ〜!近くで見られて嬉しいです〜!」
ベニとは裏腹に、マシロは身を乗り出して目を輝かせた。
尻尾を振ってあそぼう!とキラキラとした目で訴えてくる犬を見たような気分になって、ディートリッヒは少し身を引いた。
「わぁなにから聞こう〜!ええとですね〜……そうそう!お二人って夫婦なんですよね?ハンマー使いの奥さんに、槍使いの旦那さん!奥さんのほうが力が強かったりしますか?お姫様抱っことか、奥さんのほうがしたりとか……!」
「……カヨは私を抱き上げることが可能であっても、私に抱き上げさせますが……」
「わぁ〜!やっぱりかっこいい旦那さんに抱っこされたいですもんね!」
「いえ、私がそうしたいというのをカヨが分かっているからで……」
「すご〜い!以心伝心なんですね~!いいなぁ〜目と目で通じあう、みたいな夫婦……憧れちゃう〜……」
「……この方、いつもこうなのですか?」
ディートリッヒは呆れたようにジトッと目を細めた。
「割と……そうかな……ね、ミドリ?」
ベニはミドリの方へ振り向いた。
しかし、ミドリはじっと一点を見たまま動かない。見えないものが見えているような、冷たい恐怖を目の当たりしたような様に、ベニは首を傾げた。
「ミドリ、どうしたの?」
ベニに声を掛けられて、ミドリは我に返った。ぶるりと寒気を振り払うように首を振り、すぐに上品な笑顔を作る。
「ごめんなさいね、強い方がいらしたから、わたくしったらつい……」
「噂の二人だもんね!私もドキドキだもん!」
ベニが笑顔でフォローしてくれて、ミドリはほっと胸を撫で下ろしたくなった。
「……そちらこそ、お姉様には及ばないものの、なかなかの強者とお見受けしますが?」
ディートリッヒが怪しげな笑みを浮かべた。
その目にぎらりとした光があるのを見逃さなかったが、ミドリは姿勢を正しつつも笑顔を崩さなかった。
「……適切な教育をしてくださったお父様のおかげですわ」
「ほう。指導者が良いと上達も早いというのは納得できます。私の槍はお兄様仕込みですので」
「まあ、そうですの。ベニちゃんとマシロちゃんもスキュブさんにはお世話になりましたのよ」
「そうそう、そうなんですよ〜!」
二人の間にあった緊張の糸をふわりと切るように、マシロがふにゃりと笑って間に入った。
「すごいんですよ、スキュブさん!弓も剣も使えて……って槍も使えちゃうんですか〜!?」
「……そうに決まっているでしょう。お兄様は全ての武器を使えるのですよ」
若干呆れたように眉をひそめたディートリッヒは渋々答えた。
「すっごいですね〜!そこに魔法の天才のアヤネさんがいたら敵なしじゃないですか〜!」
キラキラと目を輝かせるマシロに、ディートリッヒはカヨへ視線を向けた。
カヨはフルフェイスのヘルムの口のあたりをコツコツと指で叩く。
「……本当に不本意ですが、本当に本当に仕方がないので声を出すことを許します。」
ディートリッヒは心底嫌そうな顔でカヨにそう言った。
カヨはガッツポーズをすると、鼻歌でも歌いそうな勢いで指を組んで、身を乗り出した。




