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 仕事を終わらせたカヨはそのままアヤネの家に来ていた。

 家の前に置いておいたメイドが一礼し、ディートリッヒがその報告を聞く。

 

 カヨはまっすぐアヤネのもとへ向かった。

 わずかな陽光だけが灯りになっているリビングには人の気配がない。おそらく寝室から出てきていないのだろう。

 

 予想通りだった。カヨは寝室のドアを開け、アヤネの背中に声をかける。

 

「あーちゃん」

 

 アヤネが振り向く。目の下にはくまができており、やつれているのが分かる。

 一睡もしていないのが一目瞭然である。

 

「……カヨ?」

 

「寝てないでしょ」

 

「当たり前でしょ、スキューのことが心配だもの」

 

「その顔みたらスーちゃんが心配になるでしょ」

 

「……それもそうだね」

 

 それでもアヤネは動かない。スキュブが起きるまでそうしているつもりだ。

 

「ちゃんと寝て。あとはわたしたちが面倒みるし、なんかあったら起こすから」

 

「お前にそう言われると、眠くなるよ」

 

「眠くなっていいの。ほら、スーちゃんの隣でなら寝られるでしょ?」

 

 カヨはブランケットをめくり、アヤネに来るように促した。アヤネは眉間を押さえて俯く。

 

「起きたときにわたしがいないと」

 

「そのために隣で寝させるの」

 

「顔色とか、調子とか、見なくちゃ」

 

「わたしとディーくんがやっておくから」

 

「とにかく心配で寝てなんかいられない」

 

「その顔みたらスーちゃんが真っ青になるって言ってるでしょ」

 

 カヨとアヤネが問答をしていると、ディートリッヒが部屋に入ってきた。

 ディートリッヒは二人の様子を見て、困ったように眉根を下げる。

 

「苦戦しているようですね」

 

「そうだよ、あーちゃんこういうとこ頑固なんだから」

 

 カヨは軽く振り返って、肩をすくめた。その顔は困ったように笑っている。

 

「お姉様、朝食などの準備は終わらせました。お兄様への説明も私たちが行いますので、カヨの言う通りにしてください」

 

「……ディートも来てくれてるの?」

 

 アヤネがディートリッヒの方へ振り返る。ディートリッヒはアヤネの顔色を見て、一瞬表情を曇らせた。

 

「お姉様とお兄様のためなら、いつでも駆けつけてきますよ。」

 

「あー……だめだ。眠くなる。ずっとここにいなきゃいけないのに……」

 

「それは私たちが引き受けます。カヨもそう言っているでしょう?」

 

 ディートリッヒがカヨの傍まで来て、そっと耳打ちした。

 

「……カヨの魔法、お姉様に効きますか?」

 

 カヨはアヤネの背をさすり、アヤネから視線をそらさずに首を傾げた。

 五分五分らしい。普段は絶対に効かないが、この状態なら眠気くらいは起こせそうだ。

 

「私もやりますので、タイミングを合わせてください」

 

 カヨはアヤネと問答を続けながら頷いた。

 器用なものだ。これで魔法のタイミングも合うのだから恐ろしい。

 

「「スリープ・ウー」」

 

 会話のちょうどいいところで二人は魔法を唱えた。

 相手を眠らせる魔法の最大威力のものだ。それが二人分なのだから、アヤネでなければ眠っているだろう。

 アヤネは魔法に対する耐性も凄まじい。戦闘中でなくても普段の彼女なら、ここまでやってもあくびすらしない。

 

「お前ら……わたしに効くはず、ないでしょ?」

 

 多少の効果はあったようだ。気合で起きているようなものだったから、とどめを刺したようなかたちになったのだろう。

 

「根性とスーちゃんへの愛情で起きてたんでしょ?それならわたしたちので効果あるはずだよ」

 

 目を半分開けたまま、顔だけ上げているアヤネを抱え、カヨはアヤネをベッドへ寝かせた。

 

「まだ……おきて、ないと……」

 

 そう言いながら身体は起こさないので、カヨたちが言っていることには納得できているようだ。

 

「だめ。あーちゃんが倒れちゃったらスーちゃんに良くないんだから」

 

「なんとか……する……」

 

 アヤネの瞼が閉じ、眠りについた。魔法がなんとか効いたようだ。

 カヨとディートリッヒは同時にため息をつく。

 

「やっと寝たよ……もう、せっかく眠れるようになったのに寝ないなんて、あーちゃんったら」

 

「私たちを頼りにする気はあるのに、こうですからね」

 

 カヨとディートリッヒは顔を見合わせ、くすりと笑った。

 

「……それで、報告は?」

 

 カヨがさらりと話題を変えた。ディートリッヒはメイドから聞いたことを端的に伝える。

 

「まず、お姉様とお兄様に関しましてはご覧の通りですので、省略します。

 依頼の件は大方、こちらが予想したとおりの質問しかこなかったようですから、心配はありません」

 

「そう、良かった。会話してる暇なんてなかったから、代わりにやってもらって助かったよ。あとでディーくんからお礼を言っておいて」

 

「メイドにとっては身に余る光栄でしょうね。」

 

「それにしても、やっぱ気になるものなんだね。ディーくんに言われなきゃ分かんなかった」

 

「ああ、あの胎児に擬態したものですか」

 

 ディートリッヒの脳裏に人魚の腹から引き出されたものが浮かんだ。

 人間の胎児の形をしていても、容赦なく引きちぎれる自分の妻が誇らしい。目的のためなら非情にも、鬼にもなれる人だ。

 

「まあでもあれ、あの人たちからしたら胎児に見えるもんね。普通、人魚とミミックの混血なんて、わざとやらなきゃありえないから」

 

「ミミックの擬態能力で自分の下腹部を人間の母胎に擬態させている、だなんてもっと分からないでしょう」

 

 あの人魚は随分と変わったことをしていた。水への変身がはやかったのもミミックの擬態能力が働いていたからかもしれない。

 

「それにしてもよく気づきましたね。徹夜してモンスター図鑑を読んでいた甲斐があった、というところでしょうか」

 

「絶対に潰したかったからね。ディーくんも手伝ってくれたから助かったよ」

 

 アヤネから話を聞いたその夜のうちに、カヨは全種類のモンスターが載っているという『モンスター図鑑』を読み、人魚がどのモンスターとの混血か調べ上げていた。

 雄の人魚は妊娠できない。海には雄が自分の袋のようなところで卵を育て、子どもを出産する例もあるが、それは人魚ではない。

 ましてや、人魚が人間の子どもを孕むなんてことはないのだ。

 

 あの人魚は居もしない胎児が己の身に宿っていると思い込んでいたのだろうか。

 空の腹を愛おしげに撫でている人魚の姿が目に浮かぶ。

 

「……でも、なんで人間を襲おうとしてたんだろ」

 

 カヨは頬杖をついて、目を細めた。

 

「さて。何故でしょうね。もう海に還してしまったので聞くこともできません」

 

 ディートリッヒが薄っすらとした笑みを浮かべた。

 カヨははっとしたようにディートリッヒの方を見る。

 

「そうだ。その人魚の死体、どうしたの?気付いたときには無かったけど」

 

「先ほど言った通りですよ?海に還したんです。

 きっとそこの魚とお友達になっているでしょう」

 

 カヨは納得したように元の姿勢に戻って、にやりと笑った。

 

「ああ、なるほど。わたしもそうするもん。食べたくもないもんね」

 

「ええ。サイコロステーキにしても、ミンチにしても、食えたものではありません。この身はお兄様に味わってもらうこともあるのですから。」

 

「いつの間にやってたの?」

 

「貴方がやるように、手際よくやっておいただけですよ」

 

 ディートリッヒもにやりと笑った。蠱惑的な笑みは、カヨにそっくりだった。

人魚死んじゃった(;∀;)死ぬ予定じゃなかったのに

お魚の餌になっちゃった

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