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 ギルドから緊急の依頼があると知らされたアヤネは、スケジュールを開けてカウンターの前に来ていた。

 受付をしてくれている人には申し訳無さそうに謝罪をされたが、どうということはない。緊急時でも対応できるのがタイムアタッカーだ。

 それに、今はそこまで無駄のないスケジュールを組んでいるわけではない。余裕のあるスケジュールなので、そこらへんでお茶をしても予定通りに依頼を遂行できる。

 だから、この程度で困る程スケジュールを詰めていないと伝えたのだが、信じられないものを見ているような目で見られてしまった。心外である。

 

 ちょうど同じく呼び出されたへカテリーナに会ったところ、同様に心配されたので同じ話をしたら、更に心配されてしまった。どうして。

 

 皆心配しすぎだ。いや、病欠のようなものをしておいてそう言う権利はないかもしれないが、このくらいは朝飯前だ。

 スキュブのレベル上げをしていたときはもっとスケジュールが分刻みだった。効率的に作業を行うために徹底的に無駄を省いたスケジュールは、カヨにもドン引きされたくらいで、これにつきあわされたスキュブは客観的に見るとかわいそうだった。

 スキュブ本人はアヤネのことを守れるようになったといきいきしていたが、当時のスキュブの労働時間はブラックと言っても差し支えない状態で、アヤネもエナジードリンクを飲んでひたすらに走っていた。

 

 他人にオススメはできない。

 カヨにはもっとゆるやかなレベル上げ方法を提案した。そのため、一時期ディートリッヒにはどうしてこんなに兄とレベル差があるのか、どんな方法でやったのかと問い詰められたが、さすがに教えられない。

 その後スキュブから聞いたらしいディートリッヒはジトッとした視線をアヤネにくれた。そんな種も仕掛けも何もなく、誰もが思いつくが誰もがやらない方法でやっているなんて、呆れたのだろう。

 

「本当に大丈夫……?若いからって無理すると後でひびくよ……?」

 

 へカテリーナがそう言うと説得感がある。腰を痛めたときにロッパーに運ばれていたのを見たことがある。

 

「昔は今よりもっとキツいスケジュールだったから大丈夫だよ」

 

「あー体力が他の人より多いパターンかぁ……無理し続けて後で酷いことになるよ……?」

 

 今まで何人も見てきた、というような顔をされると分かったと言わざるを得ない。

 信頼できる年上のいうことは聞いておくものだ。

 

「私もよく物を持ち上げるときに注意されている。腰をやると。

 へカテリーナの意見はかなり参考になる。提案を受け入れることをおすすめしたい」

 

 へカテリーナと一緒に来ていたロッパーがモノアイをぱちぱちとさせた。

 

 ロッパーはここ最近人間のように話すようになった。機械生命体らしさのある口調ではあるが、声の調子や感情の入り方が人間らしくなっている。

 へカテリーナと一緒に過ごすようになった影響だろう。

 

「メンテナンスはわたしがやるとはいえ、なるべく無理はしないほうがいいからね〜。腰は本当にやるよ。持ち上げるときは焦らないこと。アヤネも気をつけてね?若いからって腰をやらないわけじゃないからね?」

 

「分かったよ……」

 

「あとスキュブもね?若くて体力あって強い人って仕事振られまくって睡眠時間少ないとかあるけれど、ちゃんと寝るんだぞ?

 仕事多すぎるときはわたしたちを頼ってね?わたしたちもまだまだできるんだからさ!」

 

 へカテリーナが軽く胸を張って、とんとんと手で叩く。

 スキュブはそれにこくりと頷いた。

 

「……分かった。物理的に無理なスケジュールになったら相談する」

 

「いやそうなる前に相談してね?それかなりやばくない?」

 

「そうか?」

 

「こーれは……アヤネがそうだったから的なアレだな……二人ともこの仕事が終わったら暫くゆっくりしなよ……?」

 

 へカテリーナが心配そうな顔でこちらを見てきた。

 スキュブのためにも休暇は必要かもしれない。社会には長期休暇というものがあるところもあるし、スキュブがゆっくりできる時間は必要だろう。

 

 ――などと言えば、へカテリーナに「アヤネも休みが必要なんだよ?!」とツッコまれそうなので、肯定する言葉だけ言って黙っておく。

 

「話は変わるがへカテリーナ、この依頼には五人で行く、という認識で間違いはないな?」

 

 ロッパーが小さく挙手するような動作を見せる。

 

「そうそう。ルイスだね。ルイスも色々と引っ張りだこだよねぇ、弓ではルイスが一番だからさ」

 

「他にも優秀な弓使いはいると聞いたが、難しい依頼となるとルイスの名前が挙がるようだな」

 

「そうなんだよねぇ……ルイスが特殊、というか普通大弓はあんなふうに扱えないはずなんだけど……」

 

 へカテリーナは腕を組んでため息をついた。

 

「逃走の際に、ルイスが人間二人を抱えて走ったと聞いたことがある。

 とても良い筋力があると推測する。」

 

「そんなことやったら普通は足腰死ぬよ……わたしだったら暫く立ち上がれないよ……」

 

「へカテリーナがやった場合は足腰が故障する。人間の身体は私のように取り替えができないのだから、へカテリーナが同じ状況におかれた場合は、私に抱えられると良い」

 

「任せるわ……テレポートも使えないくらいにヤバかったら本当に頼るよ」

 

 へカテリーナはロッパーの肩にこつん、と触れた。

 軽く握ったその手は、フィストバンプと似ている。ゆるくいうならグータッチと言ってもよい。

 ロッパーは胸を張るようにし、モノアイをにこりとさせている。

 

 そう噂をしていると、入口から歩いてくるルイスの姿が見えた。

 彼はすぐにこちらに気づき、一礼して駆け寄ってくる。

 

「すみません、待たせてしまって」

 

「気にしない気にしない〜。ルイスも忙しいんだろう?わたしはそろそろ隠居だからスケジュールゆるいけどさ」

 

 そう言うへカテリーナのスケジュールも同年代のそれと比べると忙しい方だ。彼女は若い魔法使いの育成もやっている。

 アヤネが多少手伝ってはいるが、人当たりはへカテリーナのほうが断然良いし、教えるということにおいてはかなわない。

 才能を見抜いたり、それぞれに分かりやすいように教えたりする技術はやはり年の功というものか。彼女がずっと重宝されてきた理由が分かる。

 

「へカテリーナ、同年代の魔法使いより、へカテリーナのスケジュールの方が辛い」

 

「え、そうなの?」

 

 ロッパーに指摘されて、へカテリーナは開いた口を手で覆う。


「そうですよ。あなた、人のこと言えないんですよ?」

 

 ルイスが困ったように眉尻を下げる。

 

「えー……わたしちゃんと休憩とか適度にいれてるしー……」

 

「足腰の痛みを訴えている状態を、適度に休憩を入れていると言っても良いのか?」

 

 ロッパーがモノアイをぎらっ、と光らせる。

 

「ロッパーさ、最近ズバっと言ってくるね?」

 

 へカテリーナがジトッとした目でロッパーを見る。

 

「へカテリーナの健康とやるべきこと、やりたいことを両立させるとなると、健康を優先させるべき部分が多々あるが、それは私感が導く計算結果だ。今の状態を健康的に保つようにするのが一番だと考える。

 しかし、感情と私感で何かを言いたいこともある。矛盾しているようだが、それがこころというものなのだろう。よってこのようにしている」

 

「応援はしているけれど、心配なのでつい言ってしまう。そういうことですね?」

 

 ルイスがウインクをしてロッパーに目を向けると、ロッパーはこくん、と頷いた。

 モノアイがこころなしか輝いているように見える。

 

「そう言われると何も言い返せないじゃん……嬉しいし?ぐっとくるし?」

 

 へカテリーナは悔しそうに眉をひそめているが、口元はやわらかい。

 

「良いパートナーだね」

 

 アヤネがそう言うと、へカテリーナはぱっと目を輝かせて笑った。

 雲の切れ間からのぞく太陽のようなその笑みに、ロッパーが惚れたのも納得がいく。

 

「みんなー!忙しいとこごめんねー!」

 

 受付の奥からレーナが小走りで出てきた。

 手には何枚かの紙がある。ぱっと見た感じ、今回の依頼に関する資料だろう。

 

「レーナも忙しそうだねぇ。仕事ができる女は大変だろう?」

 

 へカテリーナがそう言うと、レーナがため息をついた。

 

「効率が上がれば仕事が早く片付くと思ったら逆だったわ。早く片付けるほどまわされる仕事が多くなるんだもの」

 

「ちょっとできないフリをするくらいでちょうどいいんだよ」

 

「人生の先輩の言葉は身にしみるわね。特にうちのトップに居続けてる魔法使いさんの言葉は」

 

 レーナは持っている紙をぺらりとめくった。

 

「さて、そんなできないフリができない皆にお集まりいただいてるわけだから、さっさと伝えないとね。今回の依頼、かなり厄介よ」

 

 レーナはカウンターに資料を並べた。

 聴取したことをまとめたもののようだ。

 

「先日、海に謎のモンスターが現れるから調査してほしいって依頼がでたの。

 そこの海、普通に子どもとかも遊びにくるし、モンスターの発見報告もなかったからね。

 それで、アンヘルとミドリのチームが調査にあたったんだけど、幻覚とか、精神汚染みたいな状態になっちゃったみたいで、撤退してきたの」

 

 皆が眉を寄せた。アンヘルたちは比較的初心者と言えるが、それでも信頼できる腕をもっている。

 アンヘルは素早い身のこなしができる剣士で、ミドリたちはバランスの良いチームだ。

 近距離、遠距離共に対応ができる上に、チームワークもいい。

 そんなチームが失敗するとは、相当厄介な相手と見える。

 

「ミドリは無事だったんだけど、他の子は結構疲れちゃってさ。アンヘルは何とか幻覚を破れたみたいだけど、疲労が酷くて熱出しちゃったのよ。」

 

「アンヘルが駄目だったとは……」

 

 ルイスが呆然と呟いた。

 

「ああ見えて芯がしっかりしてるっていうか……惑わされないのにねぇ、あの子」

 

 へカテリーナも意外そうな顔をしている。

 

「そうなんです。そうなると、思った以上に強いモンスターなのかもしれません」

 

「気を引き締めないとだね。うちのロッパーは機械生命体だから、誤作動でも起こさなきゃそういうの効かないけど、わたしたちはそうじゃないからさ」

 

「へカテリーナの腕を信じている。私にはどんな幻覚、精神汚染も通用しない。

 いざというときは適度に殴打を行って対処しよう」

 

 三人はそれぞれ頷いた。

 

「わたしとスキュブは幻覚の内容によるけど……」

 

 アヤネは申し訳無さそうに手をあげる。

 

「……そうよね。一応報告には、そういうのは上がってないんだけど……」

 

 レーナが報告書をじっと見つめながら捲ったり、戻したりを繰り返す。

 

「みんな夢から覚めたみたいな感じで、内容はあまり覚えてないみたいなんだけど、ベニとマシロは懐かしい感じとか……こころから安らいだ感じがしたとは言ってたわ。

 アンヘルは……とにかく必死に拒絶した、どうにも嫌だったっていうことしか覚えてないみたい。幻覚のなかではすごく頑張ってたのに、夢みたいに忘れちゃったって落ち込んでたわ」

 

 具体的な報告ができずに肩を落とすアンヘルの姿が目に浮かぶ。

 

「うーん……そういえば、相手はどんなモンスターだったんだい?」

 

「おっと、まずはそれね。人魚だったらしいわ。男性だけど、妊婦さんみたいにお腹が大きかったって」

 

「むむむ〜?人魚にタツノオトシゴみたいなのいたっけ?」

 

 へカテリーナがロッパーに目を向ける。


「記憶に該当がない。変異種のようなものだろうか。病気の可能性もある」

 

「まあ一応人魚って考えた方がいいか。

 と、なると歌声で……っていうのが一般的な幻覚のかけ方だねぇ。」

 

「海の底に自分の帰る場所があるという幻覚を見せて、船の人間を海へ飛び込ませるという話を聞いたことがあります。

 実際、幻覚を見ている人に声をかけて止めたら、あそこに帰るんだ、と言われた経験がありますし」

 

「ふむふむ、もしくは単なる魅了とか、そういうのもあるけど……今回のは幻覚とかのほうだからねぇ。

 それにしても、アンヘルがどうにも嫌だったっていうのが引っかかるなぁ。仕事が終わらないうちに家に帰れない、っていう気持ちだけで幻覚ってやぶれるものかな?もっと確固たる意志が必要じゃない?相手が強いとなるとさ」

 

「……謎が多い相手ですね。精神汚染もあるとなると……」

 

「うううう……これ!っていう内容は特定できないけれど、家に帰りたくなるとか……そういうのが一番危険性というか、可能性があるといった感じだねぇ……大丈夫そう?」

 

 アヤネはスキュブの方を見た。

 スキュブの帰る場所はアヤネのいる場所だ。それに、スキュブ自体が強いため、多少の幻覚なら効かない。

 完全に安心とは言えないが、大丈夫だろうか。

 

「……大丈夫、だと思う」

 

 スキュブが小さく頷いた。

 

「まあ……緊急事態になる前に、何とかするのが一番かな。スキューは雷系の武器を持って対応しよう。歌わせる暇を与えなければ幻覚の心配はないはずだから」

 

「……それができるの、アヤネとスキュブがいるからだからね?普通はそんなことできないんだぞ?」

 

 へカテリーナは眉間を指で押さえた。

 

「……うん……それが一番だろうねぇ。できるなら。しっかり頼るよ?二人とも」

 

「後方からの支援は任せてください。多少強引に行っても問題がないようにしないとですね」

 

「歌声の打ち消しが可能ならやってみる。大音量の音声も出力が可能だ。いざというときはやってみる」

 

 三人の眼差しがアヤネとスキュブに向けられる。

 真剣なそれに、アヤネは頷いて返した。

 

「皆、ありがとう。全力を尽くすよ」

 

 

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