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ディートリッヒとの用事が終わったアヤネは、ちょうどこちらへ来たカヨと合流し、カヨの家へと来ていた。
皆で遊んだ後は皆でお泊り会をしようという話になったのだ。
何だかそれも計画のうちの一つであるような気がするのだが。
別に嫌なわけではないし、全く問題もなく、むしろ嬉しいのだが、二人で話していたとき、ディートリッヒがお泊り会がしたい、というのを遠回しに言っていたし、断れないような雰囲気にされたので、恐らくカヨとディートリッヒは始めからそうするつもりだったのだろう。
断るわけがないのに。素直に言ってくれて良いのだが、遠回しに言ったり外堀を埋めていくのは二人のクセなので仕方ない。
アヤネは小さなテーブルで頬杖をついて目を微かに伏せた。
「アヤネ、どうしたの?」
寝間着に着替えて髪を下ろしたスキュブが、てこてこと寄ってくる。
「いや……ディートと話してたときにさ、なんかこう、お泊り会したいって遠回しに言うから、直接言ってくれたって断らないのになって」
アヤネは隣の椅子をひき、とんとんと軽く叩いて座るように促す。
「うーん、照れるから、かな」
スキュブは促されるまま座って、顎に指を添える。
「まあ……いや、お泊り会だよ?割と普通に……いや、わたしの普通は違うからな……」
アヤネは少し唸った。カヨの家に泊まることが多すぎたので、そういう認識なのだが、普通の人はそこまで頻繁に誰かの家に泊まることはないはずだ。
「……遊んだあとも一緒にいたい、みんなで楽しい時間を終わらせたくないってことだから、ディートは照れるとおもう」
「そういう……ことか」
そう言われるとしっくりときた。
みんなで行った祭りの楽しさがどんどん過去になって、思い出になっていって、手に取ったら消えるような残滓になっても、もう少しだけ消えないで欲しい。せめて今日が終わるまでは、爽やかで弾けるようなその香りを残しておいて欲しい。
それはその人との時間が楽しかったから、その人が好きだから、ということの証左である。
計画でもあったが、ディートリッヒには照れくさい話だったのだろう。人の目がある場所だったから余計に顔に出したくなかったのかもしれない。
「そういえば、ディートとはどんなことしたの?」
「どこかで飲み物買って……人気が少ない日影でずっと喋ってたかな」
「そっか、ディートはふたりきりがいいもんね」
「ふふ、そうだね。二人になったら肩を寄せてくれてさ。かわいかったなぁ」
二人になった途端肩を寄せてきた、ディートリッヒの冷静さを保ったふりをした穏やかな顔を思い出す。
あの子はそういう子だ。甘えたいけれど、素直には甘えない。
照れくさそうに、遠回しに。だけども執着はちらつかせるように。
「ディートはかわいいよね」
「かわいい。良い弟を持ったなぁ……」
アヤネはしみじみと言うと、スキュブの頭に手を伸ばした。
白くてさらさらとした髪を指先で軽く梳いて、優しく頭を撫でる。
「……お前もかわいいからね?」
スキュブは頬を赤くしてうつむいた。
「……ありが、とう」
指を組んで、組み直して、足をもじもじとすり合わせる。
もごもごと何か口籠っていたが、撫でられるままでいるうちに、言葉が引っ込んでしまったようだ。
頬を手で包んだら、あたたかそうだ。
部屋のドアが開き、カヨとディートリッヒが入ってきた。
二人とも寝間着に着替えていたが、カヨの手には四角い板……タブレット端末のようなものがあった。
そんなもの、作れただろうか。作れたかもしれないが、必要になったことがないので記憶にない。
「二人とも〜!これ見つけたから一緒に見よ〜!」
四人でベッドに入りながら、何かを見ようということらしい。
「そんなのあったっけ」
「あるよ〜。あーちゃんは使わないから、そもそも作ってないだけで」
カヨは唇を尖らせた。
攻略に関する物と、スキュブに関する物しか作っていないことに何か言いたげな顔だ。
「必要ないものより、スキューに関するものを作りたいからね」
「あーちゃんは動画よりスクショ派だもんね。
まあ、ここに入ってるのは偶然見られるようにしておいたやつだけど……」
カヨがベッドに向かうのについていくような形でアヤネも立ち上がり、ベッドへ歩み寄る。
後ろへ振り向いて、スキュブとディートリッヒに手招きすると、二人は顔を見合わせて微笑みあった。
スキュブも立ち上がり、ディートリッヒに続く。
「何かのアレであーちゃんを撮影してたの見られるようにしてたみたいでさ」
「え……そんなのあったっけ」
「あったよぅ。ビデオカメラ回してたときあったでしょ?」
「ああ……子どものときのやつ?」
「子どもっていうほど子どもじゃないけど……」
四人でベッドに上がり、カヨを中心に三人はタブレット端末を覗き込んだ。
いくつかの動画があり、日付はアヤネとカヨが中学生あたりのときを示していた。
どれもがアヤネを映したものであり、カヨが撮ったものであることが容易に想像できる。
「わたしが中学生のころ?」
「そうそう。スーちゃんと同じ……じゃないか。ディーくんくらいの年齢かな?」
「ちゅうがくせい、って……アヤネがすごい辛かったころの名前、だよね?」
スキュブが首を傾げた。
中学生のころの話が、ほとんど暗いものだったからだろう、アヤネが辛かった時代の名称だと思っているようだ。
「その時代のことは、カヨからも良い話を聞きませんね。」
ディートリッヒは顎に指を添えて眉をひそめた。
「その年齢の人間って誰でも辛いと思うよ。周りの話聞いてると、悩んでる子多いな〜って思うもん。
あーちゃんは本当にアレだったけど、さ」
「お姉様のためとはいえ、駒の話を親身に聞けるとは。本当にあなたは我慢強いんですね」
「あーちゃんのためだもん。女社会の繋がりは、結構役にたつんだよ?あーちゃんにちょっかいかけてきたヤツのわるーい噂を流すとさ、あっという間だもん」
「妨害工作、ですね」
「そういうこと〜♪」
カヨは一番最初の動画をタップし、再生する。
誕生日のときの動画だ。
ろうそくが立っているホールケーキ周りには、パックの寿司が並べられており、カヨがお小遣いを貯めて用意してくれたものだということをはっと思い出させた。
おめでとう、と声をかけられている画面の中のアヤネは、無表情ながらも目を見開いて固まっていた。
カヨからリボンのついたプレゼントの袋を受け取り、それが何か分からないようにカヨの顔と袋を交互に見ている。
開けて、とカヨに言われてようやく袋を開けると、中からシンプルなデザインのワンピースが出てきた。カヨとは色違いのおそろいの服だ。引っ越すときも一緒に持っていった、大切な思い出の品である。
あーちゃん似合うよ!とカヨが言うと、アヤネはぽろぽろと泣き出した。
突然のことに慌てだすカヨがなだめても、涙は止まらず、堰を切ったように頬を伝っては落ちていく。
カヨがビデオカメラをテーブルにおいて、アヤネの背中をさすっていた。
その姿は僅かに遠く、画角におさまっていない。
「……これさ、服買ってもらえたの久しぶりすぎてさ、何か嬉しくて泣いちゃったんだよね」
アヤネは穏やかに目を細めた。
夕日がたっぷりと射す部屋で、偶然見つけたアルバムのページをめくったときのような色が、その目に宿っている。
「それまでわたしのおさがりだったもんね。」
「そのうち、一緒に服買いに行くようになったけどね」
「高校生のときバイトとかしたよね。二人で買い物するためにさ」
「お前、わたしとおそろいの買うためにご飯軽めにしたりとかしてたよね」
「あーちゃんより食べてたけど?」
「わたしより食べないと死ぬよ?」
「隙あらばご飯抜くもんね、あーちゃん」
誕生日の動画はアヤネが泣き止んでから再開された。
ビデオカメラはテーブルに置かれてはいるが、アヤネがしっかり映っている。
寿司をゆっくりと咀嚼するアヤネは食べ慣れていないものを食べているような、そんな様子だったが、口元はどこか緩やかだった。
おいしい?と聞かれれば頷き、何が好きかと聞かれれば、首を傾げながら、たまご、と呟いた。
その喋り方はスキュブに似ている。
声を精一杯押し出すように、途切れ途切れに言葉を出す。
喉に詰まった言葉をゆっくりと、少しづつ出している喋り方だ。
「……出会ったころのアヤネ、こんな感じだった」
スキュブがぽつりと言った。
「今よりぼろぼろで、たくさん傷ついてたけど……この頃からずっとやさしかった」
手を差し伸べてくれた日からずっと、アヤネはやさしかった。
食事の仕方から、髪や身体の洗い方も教えてくれた。
自分も酷く傷ついて、痛みの残るその胸に抱かれた夜は数え切れない。
「そうですね。私がつれない態度のときからずっと優しかったです」
ディートリッヒは顔を上げたスキュブに微笑みかけた。
スキュブの少し悲しげだった表情がほころび、開きかけた桜の花を思わせるような微笑みに変わった。
「ね!皆気づいてないだけでさ、なんでかんで優しいんだよね〜」
カヨはアヤネの頬をつついた。
「いや……みんながわたしに元気をくれるからさ、恩返ししたいだけだよ」
アヤネは照れくさそうに笑って、眉尻を下げた。
息抜きに、新しい一次創作を始めたりしました
冷やし中華を始める勢いで。
投稿はまだですが、自分の性癖にしか配慮しないようなものを書くつもりです
……え、これと変わらない?そうだが?
これの更新は続きます




