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ダブルアルジュナPU、イド攻略、ドミナント周子ちゃんPU、推し降臨など、発狂しまくったので更新が遅れました。

 カヨと行く祭りは楽しいが、割と疲れる。

 目についた出店を指さしては走り、買ったものを半分こして食べながら次の出店目掛けて走る。

 出店めぐりのリアルタイムアタックでもやっているのかと思うほどだ。

 両手に何かを持っている状態にもかかわらず、速度を落とさず走る様は、まさにリアルタイムアタック走者そのもの。

 日本では夏と冬にイベントをやっているので、ぜひとも走者として参加してほしい。

 

 ちなみに、今回の夏祭りはディートリッヒも一緒なので振り回される度合いはカヨ一人より強い。

 カヨは腕を絡めて引っ張っていくタイプだが、ディートリッヒは気になる所へ自分を連れて行くよう仕向けるタイプである。

 

 弟にかわいくお願いされたら連れて行かないわけにはいかない。

 アヤネもスキュブもディートリッヒの手を引いて、あちこち出店を回ることとなる。

 

 焼きとうもろこしや、様々な果物を串に刺したもの。

 きゅうりの塩漬けや、片手で食べられる焼き菓子。

 昼ごはんはいらないのではと思えるくらいに、色んなものを食べて回る。

 

 こういうものは、いつでもこの街で買えるものだし、たくさん食べるようなものではないけれど。

 財布の口を閉める気にはならないし、足を止める理由にはならない。

 

「あーちゃんお腹の容量大丈夫?」

 

 口の端にあんこがついたまま、カヨはアヤネの方に振り向いた。

 

「割といっぱいになってきたけど、スキューがめっちゃ食べてるから大丈夫」

 

 アヤネは親指をぐっと立てた。

 

「わはひ、まは、いへう」

 

 スキュブは焼いた肉を薄く焼いた生地で巻いたものを頬張りながら喋る。

 多分、まだいけると言っている。

 

「お兄様、ちゃんと飲み込んでからお話してください」

 

 串焼きを手にしながら、ディートリッヒはスキュブの口の周りをハンカチで拭う。

 

「あれ、さっきまでディートももぐもぐしてなかったっけ」

 

「あ、失礼。丸呑みしてしまいました」

 

「ちゃんと噛んで?」

 

「喉に詰まることはありませんよ」

 

「知ってるけど心配でしょ」

 

 アヤネはディートリッヒの頬を軽くつついた。

 

「あ!あそこのお店かわいいろうそく立て売ってる!」

 

 カヨがお菓子を頬張りながら出店を指さす。

 

「カヨ、頬に食べ物を詰めたまま話さないでください。あと口の周りが汚れてますし、ろうそく立てはうちに必要ありません」

 

「じゃあその隣のかわいいブックマーカー」

 

「行く前に口の周りを拭いてください」

 

「やった〜!」

 

 カヨはディートリッヒに顔を寄せて、ディートリッヒはカヨの口の周りを拭く。

 慣れた仕草でそれが終われば、カヨはにこにこ顔で走りだした。

 

「さすがタンク職、体力無限だね」

 

 アヤネがカヨを追いかけながら呟くと、ディートリッヒが深く頷く。

 

「しぶといのは蛇のイメージなんですけどね」

 

「ディートも体力あるよ?」

 

「お兄様に言われると安心しますが、お兄様は私以上でしょう」

 

 ディートリッヒは呆れたような、だがそれ以上にどこか満ち足りたような笑みを浮かべてスキュブの手を引いた。

 

「いらっしゃいませ」

 

「こんにちは〜!これかわいい〜!飾りの石、色んな色があるんですね~!」

 

 一足先についたカヨが店員と話し始める。

 

「当店では様々な色の商品を取り揃えております。お客様は何色がお好みでしょう?」

 

「わたしは緑で……」

 

 カヨが選んでいるところで追いついた。

 さっと出店の店員を見ると、顔に見覚えがあったので軽くお辞儀をする。

 

「こんにちは。この前はどうも」

 

「あら、アヤネさんではありませんか。当店おすすめの耳飾り、似合っております」

 

 アヤネの耳できらきらと揺れる、小さな雫をあしらったような耳飾りを見つけた店員は、どこか強かな笑みを浮かべた。

 

「え、あーちゃんのそれ、ここプレゼンツ?」

 

 カヨも耳飾りに目を留め、顔を近づけた。

 

「そう。依頼の報酬で特別にもらったの」

 

「普段は装飾品を取り扱っておりますので。ええ、アヤネさんには大変お世話になっております」

 

「貴重な鉱石とか、宝石とかは危険なとこにあったりするから、初心者の子には大変だからね」

 

 カヨは納得したようにふむふむと頷く。

 

「なるほど……うちのあーちゃんがいつもお世話になってます!」

 

 カヨは店員の方へ向き直り、輝くような笑顔でぺこりとお辞儀をした。

 

「こちらこそ。これからも末永く、お付き合いいただければと思っております」

 

 店員も丁寧なお辞儀をして返した。

 

「今度一緒に行く?」

 

 ここの装飾品はデザインも良いので、カヨがつければ輝いて見えるだろう。

 

「行く!約束ね。あとディーくんも連れてくから!」

 

 カヨは目を輝かせる。

 

「……というわけで、後日伺いますね」

 

 アヤネが店員に微笑みかけると、店員は強かな笑みを深めた。

 

「それはそれは。大変ありがたいことでございます。お待ちしておりますね」

 

 店員の目がきらりと光った。

 新たな顧客を呼び込むチャンスを見逃さないその気質は、磨かれた金属のような鋭い光を宿している。

 

 カヨも色々と紹介された物を買ってくれるだろう。

 彼女がつけるのならきっと似合うので、是非とも見繕ってほしいものだ。

 

 

 

 ・ ・ ・

 

 

 

「いやぁいっぱい買ったなぁ〜」

 

 カヨはブックマーカーの石飾りを太陽の光にかざし、揺らしながら足をぶらぶらとさせる。

 緑色の透きとおった石が光を踊らせて、カヨの頬に若葉色の光の鱗を落とした。

 夏の太陽のもとに出てきたときのカヨの瞳の色に似ている。

 深いように見えるその色は、アヤネと一緒に出かけるとなると、快活な少女のように明るい。

 

 たくさん食べて歩いたおかげで、カヨは満足したようだ。

 こちらの世界に来てから、こんなに長く皆で遊んだことがなかったので、おそらくずっとこうしたかったのだろう。

 身内としてはこちらもそろそろ時間をとりたかったところだ。

 確かに疲れはするのだが、気分の良い疲れだ。友達とめいっぱい遊んだあとのベッドの上のような感覚に似ている。

 今日は夢見が良さそうだ。

 

 ひさしの下にあるテーブルで冷たい飲み物を飲むと、今まで汗ばんでじめじめと暑かったのが、多少心地のよいものになる。

 爽やかな柑橘系の香りはさらりとした甘酸っぱさで、渇いた喉に良い。

 

 スキュブはもう三杯目を飲み終わりそうだ。

 そんなに急に飲むとお腹を壊さないか心配だが、飲み物に関してはいつも勢いよく飲んでいるので、問題ないだろう。

 

「久しぶりだよね、こういうの」

 

「ね、みんなでお出かけってやっぱ楽しいよね〜」

 

 カヨが伸びをした。

 

「久しぶりにお兄様とお姉様を連れ回せましたしね」

 

 ディートリッヒがコップを傾け、氷を回す。

 

「みんなとたくさん歩くの、楽しかった」

 

 スキュブは飲み物を飲み干し、微笑んだ。

 

「お兄様も足取りが軽かったですしね。たまにはこういうのもいいでしょう」

 

「みんなとだったら、もっとでも、いいかも」

 

「駄目ですよ。体力無限のカヨにしょっちゅう連れ回されたら、お姉様が干からびます」

 

「うーん、それはだめ」

 

 スキュブは少しばかり肩を落とした。

 

「そうだ、あーちゃんさ、ディーくんと時間取りたいって言ってたよね」

 

 カヨが思いついたようにアヤネへ振り向いた。

 

「うん。お前たちには色々と面倒かけたし……」

 

「私はお姉様のお願いなら、どうということはないのですけど……お姉様が私とどこかに行きたいのなら、喜んで」

 

 ディートリッヒは笑みを浮かべ、空になったコップをカヨヘ手渡す。

 

「少し気になったのですが、素通りしてしまったところがありましたので、そちらに」

 

「それじゃあスーちゃんにはわたしの相手させるから行っておいで〜」

 

 カヨとディートリッヒが手ばやく動き始めるので、アヤネは頬杖をついていた身をぴくりと起こした。

 

「なんかお前らスムーズすぎない?図った?」

 

「君の身内がいけないのだよ……」

 

「それは謀った、でしょ」

 

「まあ善は急げって言うでしょ?」

 

 カヨはディートリッヒに目配せし、ディートリッヒはそれに頷いて席を立つ。

 流れるような動作の連鎖は、流石というか、二人らしい。

 

「それでは行ってまいりますね。カヨ、お兄様をよろしく」

 

「まかせてまかせて〜。スーちゃんと色々話したいこともあるしさ〜」

 

 あっという間にアヤネの横についたディートリッヒはアヤネの手をとり、立つように促す。

 カヨは手を振りながらも、二人を眺めるスキュブに話しかけ、視線を自分の方へと向けさせた。

 

「二人とも顔が良いんだから気をつけてよ?」

 

 アヤネはディートリッヒの手をとって立ち上がる。

 風が髪を梳いて流したが、心配そうなその表情を隠すには力が足りない。

 

「大丈夫だって〜わたしのコミュ力、舐めんなよ?」

 

 カヨはウインクをする。

 

「それは分かるけど、ディートが嫌でしょ。いつもみたいにしないで、さっさと追い返してね」

 

「薬指、チラチラさせるから心配しないでって〜」

 

「それでも食い下がってくるやつがいるから言ってるの」

 

「え〜?そこまでわたし、魅力的?」

 

「分かってるならしっかり追い返して」

 

 アヤネはディートリッヒに手をひかれながら、振り向き際にそう言った。

 

 アヤネとディートリッヒの背中が遠く、小さくなっていく。

 仲睦まじい姉弟のようなその影を、スキュブはなんとなく眺めていた。

 

 ディートリッヒはカヨの影から産まれた人格なので、二人に血の繋がりはないのだが、カヨとアヤネはもはや身内のような、姉妹のような関係だ。

 二人の間には、長い時間をかけて紡ぎあった精神的な血縁がある。

 それならディートリッヒがアヤネを姉と慕うのは自然なことだろう。

 あの子もどろりと粘つく愛をこころに秘めている。

 そういうところは、カヨに似ていて、自分にも似ている。

 

「スーちゃん、やっぱり不安?」

 

 ぼーっと、二人の影の跡を眺めていたスキュブに、カヨは滑らかな声でそう訊ねる。

 

 はっとして見ると、そこにはどこか妖しい笑みを浮かべるカヨが頬杖をついていた。

 やさしくやわらかな皮の内側に、獲物を狙う蛇のような鋭さを秘めたそれは、ディートリッヒがこちらを探ろうとしているときを思い起こさせる。

 

「……ディートがいるから、不安じゃないよ」

 

「そう?まあ、ディーくんだったら寄ってくる虫はさっさと払ってくれるから、安心だけどね」

 

 カヨは空のコップを指先で傾け、弄ぶ。

 綺麗に塗られた爪が、コップのふちについた薄紅色と溶け合いそうだった。

 

「あれから、あーちゃんどう?うなされたりしてない?」

 

「たまに、くるしそう」

 

「うーん……そっか。とりあえずは……スーちゃんがいれば大丈夫そうだね」

 

「わたしが、ちゃんと守るよ。カヨが大切な、アヤネのこと」

 

 カヨは弄ぶ指を止めた。


「……ふふ、ほんと、スーちゃんはあーちゃんにどんどん似てくるね。

 そうやって、わたしが遠回しに言ってること、しっかり突いてくるの」

 

 ベールで翳った瞳が、睫毛の間から光って見える。

 

「でも、スーちゃんはあーちゃんじゃないから、似てはいるけど、ちょっと違う。

 あーちゃんが年相応らしくいられたなら、スーちゃんみたいになれたかな」

 

 声が俯いて聞こえた。半ばひとりごとのようで、誰かに聞いてほしいような響きを持った、静かに投げられた言葉。

 

「……アヤネは、カヨじゃなきゃ、死んじゃってたよ」

 

 スキュブは目を細めた。俯いた言葉に、アヤネがやってくれるような、頬を包むような声をかけたくて。

 

「他のひとだったらとか、そういうのはないと思う。わたしも……アヤネ以外はなかった。

 だから、あのときのアヤネの手を掴めたのはカヨだけだし、それ以外は、ないの」

 

「……それが縁ってやつ、ってことでしょ?」

 

 カヨがスキュブの言葉に続けた。

 カヨが懐かしげに言ったそれに聞き覚えがあって、スキュブははっとする。

 過去に、二人で肩を寄せ合って景色を眺めていたときの、アヤネの横顔を思い出した。

 すこし照れくさそうに笑ったその頬を夕日の色で誤魔化した、あたたかな思い出だ。

 

「……ほんと、そういう性格してると、人生損しちゃうよ。

 なんでかんで優しいから、いっつも傷ついちゃうの」

 

 カヨは小さなため息をつくと、揺れる目を細め、遠くを見つめる。

 

「ま、それがスーちゃんだから、残酷になりなさい、なんならサイテーなヤツになりなさい、なんて言えないけどね」

 

 スキュブを見つめたカヨの瞳は、いつも通りの明るさに戻っていた。

 笑みはどこかほろ苦いが、雨上がりの朝を思わせる。

 

「ところでスーちゃん、最近明るくなったんじゃない?」

 

 カヨはまたコップを弄りはじめた。

 底に微かに残ったオレンジが、三日月のように形を変える。

 

「……そう、かな」

 

「明るくなったよ?さっきの言葉だってスラスラ言えてたし。昔だったらもっとビクビク言ってたもん」

 

「それは……とっさにでたやつ、だから」

 

「咄嗟の前に怯えが立たなくなったの。それって何かが前を向いたってことでしょ?」

 

「……そう、かも?」


 スキュブは首を傾げた。カヨの言葉が、すんなりと入ってくるのがどこか不思議だった。

 

「……友達でも、できた?」

 

 カヨの瞳がぬらりと光る。

 上目づかいに覗き込む視線は、弟のディートリッヒによく似ている。

 

「ともだち?」

 

「そう。よく話したりする子とかさ」

 

「あんまり、話さない」

 

「それじゃあ……文通してる、とか?」

 

「……それなら、ひとり」

 

「へえ、だれ?」

 

 スキュブは一つ瞬きをして、視線を微かに下げた。

 

「カヨ、知ってるでしょ」

 

「何を?」

 

「最近、おつきのものども、いるの分かるよ。だから、アヤネのことも、わたしのことも知ってる。」

 

「……」

 

「その子のことがある前から、少しずつやってた。その人のことはわたしも分からないから、何も言わなかったけど」

 

「……わたしがダメって判断したら、うちの家畜の餌にしてもらおうって?」

 

「……その前に、わたしが殺す」

 

「まだ殺してないってことは、大丈夫そうかな。

 なんせはじめてだもんね。あーちゃんが平気な男なんて」

 

 カヨが指先でコップのふちを軽く弾いた。

 

「で、文通してる相手はどちらさまかな?」

 

「知ってるでしょ」

 

「びっくりだよ。スーちゃん殺しちゃうと思ってたのに」

 

「……話を聞いてたら、どうかなって」

 

「自分の境遇と重なる?」

 

「……わから、ない。でも、多分……そう、なのかな」

 

 スキュブが俯いて、途切れ途切れに呟く。

 言葉に詰まったような、声をようやく押し出しているような言い方だった。

 

「そっか。まだそこは……スーちゃんには早いよね。ごめんね」

 

 カヨは優しく微笑んだ。

 

「それにしても、スーちゃん話せるようになってきたね。あーちゃんもそうだったけど……だんだんと良くなってきたのかな――」

 

 そう言いかけて、カヨはピタリと言止んだ。

 鋭く視線を向け、近寄ってきた影に偶然目をやったようで、睨むような光で影を射止める。

 

 影は歩みを止めた。

 視線に気づいて、つい足を止めたような。

 ふらりとしていた足音が、横切った何かにふと顔を上げて、目を見張ったような。

 

 スキュブも気づいてはいたが、目を向ける。

 

 見知った影は、カヨの視線に気づいたはずなのに、こちらを見ている。

 空の色に、一雫の雲を差したような目の色。

 

 未だに、眼差しに揺れる色がどうしてそんなに優しくも、どこかほのかに苦いのか分からない。

 穏やかに笑っているのに、落ちる影が濃いそのかんばせの奥に、何があるのか。

 

「……ルイス」

 

 名前を呼ぶと、物思いから覚めたようにはっとした。

 一瞬、惑うような眼差しが揺れたが、すぐに穏やかな表情に戻る。

 

「こんにちは。あなたもここに来ていたんですね。

 そちらの方は――」

 

「はじめましてこんにちは!わたしはスキュブの……スーちゃんの義理の姉です!」

 

 ルイスが言い終わる前にカヨが立ち上がり、歩み寄る。

 

 夏の強い日差しにも負けない程の明るい笑顔は、ベール越しでもまばゆい。

 透き通る声色は誰が聞いても心地良く、異性でなくても心を奪われそうだ。

 彼女が後ろ手に凶器を隠していたとしても分からないだろう。

 

「ルイスさん、ですよね?スーちゃんとあーちゃんからいつも話を聞いてます!いつもお世話になってるって!」

 

 カヨが楽しげな足取りで距離を詰める。

 ステップのような弾みの皮を被った忍び足は、無意識なのだろうか。

 

「あーちゃん……アヤネのことですね?」

 

「ああ、そうですそうです!ごめんなさい、ずっと一緒にいるから、つい癖で……」

 

 カヨは照れ笑いを浮かべてみせる。

 

 アヤネがここにいたら目を細めて、カヨのことをじとっと見ているだろう。

 彼女のこういう言葉は縄張りを主張するような……ディートリッヒらしくいうのなら、虫よけのための発言である。

 

「アヤネからもたまに話を聞きます。頼りある身内がいると……」

 

「えへへ、あーちゃんったらいつも素直じゃないのに……他の人にはわたしのこと、良く言ってくれるんですよね……」

 

 カヨは嬉しそうに頬を押さえようとして、手を止める。

 

「そうだ、あーちゃんがいつもお世話になってる方に、ベール越しじゃ失礼でした。ごめんなさい、今取りますね!」

 

 カヨが帽子に手をかけた。

 スキュブは思わず手を伸ばす。カヨの素顔が他人に見られるのはディートリッヒに良くない。

 カヨの種族によるものもあるが、彼女は自分の顔の良さを活かして他者に好かれる言動や行動をする。

 そのため、ちょっと話しただけで好意を持たれたりするので、ディートリッヒにとっては悩ましいことなのだ。

 

 そもそも、他者と話すことも禁止しているはずだ。

 この行動をディートリッヒが許すはずがないし、そのことはカヨも分かっている。

 何が狙いなのだろうか。

 

 手を伸ばしたスキュブに、カヨが目配せする。

 細めた目に、剣の閃きのような光があるのが分かった。

 邪魔をするな、ともとれるし、大丈夫だから見ていて、ともとれる。

 おそらくカヨのことなので、後者の意味だろうが、どのみち口を挟むのは良くない。

 

 スキュブは手を引っ込めた。

 静観するしかない。カヨがどのようにルイスを対処するのか心配だが、殺しはしないだろう。

 カヨもアヤネに関わる男がどのようなものなのか気になるのだ。

 おつきのものどもの報告だけでなく、自分の目で見た情報で判断したいのだろう。

 

 カヨは帽子を外し、サングラスをテーブルに置いた。

 

「座って話しましょう、わたしも色々とお話してみたかったんです!」

 

 座るように促した手に、拒絶の意を示すことはできない。

 断る理由もないルイスは、鎌首をもたげた蛇の元へ導かれるままだった。

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