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ほのぼのも書いてて楽しいな

 今日は街でちょっとした祭りがある日だ。

 言うなれば、夏祭りというものだ。なぜこの時期に祭りがあるのか、という詳しいことは知らないが、夏というのは春に芽吹いた命たちが生の香りを振りまくような、輝く季節である。

 そのような時期に豊作を願ったりするのであれば、祭りがあるのはここでも同じ。

 信仰等を調べたこともなければ気にしたこともないので、どういった由来があるかは知らないが、露店には採れた野菜を調理したものや、近くの町や村などで作られた装飾品などが並ぶらしい。

 

 夏祭り、というと夜空の星や月より明るい屋台がずらりと並んで、浴衣で飾られた人々が雪駄の音を鳴らしながらその喧騒の中を歩いていくものを想像するだろう。

 ここの夏祭りも似たようなものだが、開催されるのは昼間である。

 

 皆、涼しい格好をして買い物や、友人、家族との時間を過ごすらしい。

 そのため、ギルドの仕事も今日は休みだ。

 

 アヤネは鏡の前でため息をつく。

 まさか役に立つ日がくるとは思っていなかったものが役に立ったからだ。

 

 いや、正確にはそれを着ないと面倒なことになるから、なのだが。まあ、それを回避できるのなら、役に立ったと言えるだろう。

 

 カヨが選んでくれた白いワンピースを着た自分の姿を見て、カヨの抱きつき突進をどう避けるか、と真っ先に考えたのを内心で笑った。

 部屋のドアが開いたら防御の魔法をかけねばなるまい。

 

「あーちゃーーーーん!」

 

 ドアが開け放たれる音とともにカヨの声が聞こえた。

 アヤネは軽く振り返って、カヨに目をやる。

 

 案の定、アヤネを見た瞬間、カヨはぱぁっとした顔で目を輝かせ、突進の体勢に入った。

 アヤネはため息混じりに魔法を唱える。

 

「バリア・ウー」

 

 最大レベルの物理防御魔法だ。アヤネの魔法であれば、強力な攻撃を食らっても、丸めた紙屑を投げつけられた程度に衝撃が軽減されるので、カヨの突進もバッチリ受けられる。

 

「あーちゃんわたしを牛かなんかだとおもってなぁああい?!」


 カヨは律儀にツッコミをしながら突進してくる。

 流石、特技は即レス。その頭の回転には脱帽する。

 

「牛だったら避けてるから」

 

 カヨの突進を抱きしめるように受け止める。


「闘牛みたいな?」

 

 カヨが上目遣いでそう言った。

 

「いいや、これじゃ相撲だね」

 

「そんなにムキムキじゃないし」

 

「鈍器を振り回してるやつが言っても説得力ないんだけど」

 

「デバフ担当してたときもあったんだけど?」

 

「本気のときはタンクでしょ?」

 

 カヨはにぃっと笑って腕をほどき、一歩下がってアヤネの姿を眺めた。

 

「……うんうん、やっぱり似合ってる」

 

 こくりこくりと頷く姿は、しみじみ、という言葉が聞こえてきそうだ。

 

「お前が選んだんだから、わたしに似合うのは当たり前でしょ」

 

「基本的にあーちゃんの私服、全部わたしチョイスだしね」

 

「わたしの方より、お前はその格好で大丈夫なの?」

 

 カヨはノースリーブのミニワンピースだ。

 いつものツインテールはアレンジが加えられており、ふんわりとしたお団子になっていた。

 

「ディーくんに許可とったもん。ここにベールつきの帽子とサングラスかけるから大丈夫!」

 

「後でディートに聞いとかなきゃ。窒息させられて脅迫されなかったかって」

 

「わたしは抱きしめてお願いしただけだもん」

 

「それを脅迫っていうんだよ、お前の場合は」

 

 カヨの『ディートリッヒを抱きしめてお願いした』というのは、自分の胸にディートリッヒの顔を埋めて窒息させながらお願いする、という意味である。

 寝るときも度々やられているというのに、起きてもやられるなんて、ディートリッヒは不憫である。

 

 彼の酷く疲れた顔が目に浮かんだ。

 この前のお礼に重ねて、ディートリッヒとは時間をたっぷり取らねばなるまい。

 

「脅迫だなんてそんなぁ、説得とかそういうのでしょ?」

 

「いいくるめどころかぶん殴って拷問に近いよ」

 

「わたしってそんなバイオレンス?」

 

「今までの行動を振り返ってみて?」


「うーむ」

 

 カヨは顎に手を添えて考える素振りをした。

 

「同じこと言える?」

 

「わたしってそんなバイオレンスぅ?」

 

「あー分かったよ。お前の記憶にあるあれやこれやは正当なものだって言いたいのね」

 

「分かってるなら今更、でしょ?」

 

 カヨがニヤっと笑う。

 アヤネはため息をついて、カヨの額にデコピンをした。

 

「いったーい!」

 

 カヨは自分の額を押さえながら、口を尖らせる。

 ぷんすかだよ!と言いたげな表情だが、アヤネは腕を組んで、そんなの効きません、という意思を示した。

 

「確かに助かったことも数え切れないほどあったけどさ、たまにやり過ぎじゃない?ってこともあるって毎回言ってるの、覚えてないとは言わせないよ」

 

「結果的にあーちゃんのためになってるんだからいいじゃん」

 

「わたしのことを話題にしたってだけなのにシューズに画鋲いれたりしたの誰?」

 

「だってそいつ女癖悪いって情報があったし……」

 

「わたしの肩にぽんってした先生の車のタイヤをパンクさせたの誰?」

 

「だってそいつ不倫してたから、あーちゃんにもってなったら最悪だし……」

 

「……そうなったら最悪だし、触られたのは怖かったけどさ」

 

「でしょ?わたしはあーちゃんを守るって言ったら守るんだからね?」

 

 カヨは腰に手を当てて胸を張る。

 

 確かにカヨはアヤネのことを守ってくれた。

 それはもう、徹底的に。

 男子が話しかけようとするのならすかさず間に入り、近づこうものなら偶然入り込んだ体を装って遠ざける。

 普通なら嫌がられそうなものだが、カヨはクラスの人気者で会話も上手く、アヤネを守る彼女の姿は、クラスで孤立している女子とコミュニケーションをとる優等生、というように見えていたので、誰も違和感を覚えなかった。

 

 いや、カヨが覚えさせなかった、という方が正しいだろう。

 彼女の演技は完璧だった。幼い頃から仲の悪かった両親の間で、いい子を演じてきた彼女のそれは、よく見なければ分からない。

 

 クラスの人気者、人の群れで一等に輝く星の乙女。

 

 その内心は深夜の空の如く、吸い込まれるほど深く暗い。

 

「そいえば、スーちゃんたちもそろそろ着替え終わったかな?」

 

 サングラスを手に、カヨはドアの方へ目をやる。

 

「いつもならこんなに時間はかからないんだけどね」

 

「ディーくんがファッションショーのお願いしてるだろうからねぇ」

 

「お前と似て、ね」

 

「仕方ないでしょ?好きな人がかわいい服着てたら見たいじゃん」

 

「まあスキューのは見たいけど」

 

「あーちゃんのも見たいでしょ?」

 

「それはお前と……ディートとスキューくらい……」

 

「あーちゃんを除く全員ってことね」

 

 アヤネはベールのついたつば広帽子を被って、カヨとおそろいのブレスレットをつけた。

 

「もしかして、スキューたちが終わるまでこっちもファッションショー?」

 

「いや、ここは写真撮ろうよ写真!月の技術あるからカメラくらい作れるし!」

 

「現像する方法なんて知らないんだけど」

 

「チェキみたいに出てくるっぽいから大丈夫だよ」

 

「……お前、ここに来てから何枚撮ったの?」

 

「そんなのいちいち数えないから分からないよ〜

 あーちゃんは自分がどれだけスクショ撮ったか覚えてるタイプなの?」

 

「スキューのだけでSDカードの容量使い切ったくらいはあるかな」

 

「え……なにそれ怖……」

 

「お前も似たようなものでしょ?」

 

「まあそうだけど……」

 

 カヨはカメラをアヤネに手渡し、腕を絡ませてきた。

 アヤネの方が身長が高いので、こういうときはいつもアヤネがシャッターをきる。

 自分の写真を撮るのは気が乗らないが、もう慣れていることなので気にしない。

 

「ほら、撮るよ」

 

「え、ちょっと待って。前髪変じゃない?」

 

「いつも変じゃないから大丈夫」

 

「何その服選んでるときの何でも似合うから大丈夫だよ〜みたいな」

 

「お前何でも似合うでしょ」

 

「そういうときはさぁ、あーちゃんがかわいいって思うのを選んでほしいから言ってるの」

 

「お前が着れば何でもかわいいでしょ」

 

 言い合っているうちに写真を撮る。パシャリ、という音の後に写真が出てきた。

 カヨは写真映りが良い。笑うのが下手な自分と並ぶと、余計にそう感じる。

 

「うんうんバッチリ!今度は帽子を取って撮ろう」

 

「もういいでしょ」

 

「あーちゃんは夏服バージョンの推しと冬服バージョンの推しを同じじゃんって言うタイプ?」

 

「そう言われると撮るしかなくなるじゃん」

 

「さすがあーちゃん、話が分かるぅ」

 

 アヤネは帽子を取ってもう一度、写真を撮る。

 あまり変わらない写真が出てきたが、カヨはそれを手に取ると、満足そうに頷いた。

 

「よし、これでアルバム肥やせるぞ〜」

 

「墓地肥やしみたいに言うじゃん」

 

「ドローするのも、墓地から特殊召喚されるのもあーちゃんだよ」

 

「え、わたし専用のアルバムあるの?」

 

「そうだけど?」

 

 平然とした様子でカヨがそう言った時、部屋のドアからノックの音が聞こえた。

 スキュブとディートリッヒだろう。気づいたカヨが入るように言うと、涼しげな格好をした二人が入ってきた。

 どちらもよく似合っている。スキュブの髪は編まずに後ろで結っているせいか、少しすっきりとしたように見えた。

 

「こちらも準備が整いました。いつでも行けますよ」

 

「ディーくん似合ってる〜!スーちゃんも似合ってる〜!かわいい〜!」

 

 カヨはディートリッヒに突進し、抱きつく。

 立っている時ならディートリッヒの方が身長が高いので、窒息の心配はない。

 

「カヨも良く似合ってます。だからくれぐれも容易に帽子を取らないでくださいね?」

 

 ディートリッヒは後半の語気を強め、念を押す。笑顔で言ってはいるが、目の下あたりがピクリとしていた。

 

「何か目的がなければはずしませ〜ん!わたしの顔を見た人、大抵死んじゃうし」

 

「誰が処理してると思ってるんです?」

 

「わたしとディーくん!とメイドの人たち!」

 

「あなたは面白くて乗っかっているだけでしょう」

 

 ディートリッヒはため息をついた。

 

「困ったひとでしょ」

 

 アヤネは少し困ったように笑ってそう言った。

 

「ええ、困ったひとです。夜は隣にいないと眠れないくらいに」

 

 ディートリッヒも同じように笑う。

 

「ところでお姉様、私たちに言うことがありますよね?」

 

 ディートリッヒがスキュブの方をちらりと見て、少し唇を尖らせた。

 こういうところはカヨに似ている。

 

「スキューもディートも似合ってるよ」

 

「ですって、お兄様」

 

 ディートリッヒは満足そうに笑みを浮かべる。

 スキュブは頬をほんのり染めてもじもじとしていた。

 

「……ありがとう」

 

「まあ、お前は何でも似合うけどね」

 

「……それは適当にはぐらかすときのセリフだってカヨが言ってた」

 

「違う。スキューは本当に何でも似合うの」

 

 アヤネは強めの口調で言って、ジトッとした視線をスキュブに向けた。

 

「お前はこの世で一番かわいいんだから、何でも似合うの。かわいいんだから、何着てもかわいいの。分かる?」

 

 大事なことなので二回言った。

 詰め寄るように言ったのが効いたのか、スキュブは頬を押さえながらこくりと頷いた。

 

「ていうかカヨ、何教えてるの?」

 

 カヨをじろりと見る。カヨは口笛でも吹いて誤魔化そう、というような顔をしていた。

 

「いや、何でも似合うって言われたら、お前がかわいいって思うのを選んでほしくて聞いてるの!って言えるように会話を持っていけると、悩んだり即決したりするのを見られるからさ〜」

 

「昔からそうだよね。そういうとこ好きだけどさ、うちのスキューにお前が教えたって分かるようなこと吹き込まないで」

 

「え、別にいいじゃん」

 

「お前の姿が脳裏に浮かぶんだよ」


「え、別にいいじゃん」

 

「まあそれは別にいいけど、色々吹き込まれるうちに、わたしに触ったやつはひき肉にしていい、とか思っちゃったらどうするの?」

 

「え、問題なくない?ひき肉にしたらうちに持ってきてよ、ディーくんが家畜の餌にするからさ」

 

「お前さ……」

 

 アヤネは眉間に手をやった。

 

 

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